
★★★☆
本ブログは、タイムトラベルファンのために、タイムトラベルを扱った小説や論文、そして映画やマンガなどを紹介しています。ぜひ気楽に立ち寄って、ご一読ください。
著者:カルロ・ロヴェッリ 翻訳:冨永星
下記のような丁寧な構成になっていて、読み易いのだが、読めば読むほど難解になってきて、ほぼギブアップ状況のまま無理矢理完読してしまったかもしれない。
もっとも大きな謎、それはおそらく時間
第一部 時間の崩壊
第1章 所変われば時間も変わる
第2章 時間には方向がない
第3章 「現在」の終わり
第4章 時間と事物は切り離せない
第5章 時間の最小単位
第二部 時間のない世界
第6章 この世界は、物ではなく出来事でできている
第7章 語法がうまく合っていない
第8章 関係としての力学
第三部 時間の源へ
第9章 時とは無知なり
第10章 視点
第11章 特殊性から生じるもの
第12章 マドレーヌの香り
第13章 時の起源
眠りの姉
日本語版解説
訳者あとがき
原注
著者はイタリア生まれの理論物理学者で、現在はフランスのエクス=マルセイユ大学の理論物理学研究室で量子重力理論の研究チームを率いている。
本書では、「時間はいつでもどこでも同じように経過するわけではなく、過去から未来へと流れるわけでもない」という驚くべき考察を展開している。だがそれにもかかわらず、私たちが時間が存在するように感じるのはなぜなのか。
その答えを物理学ではなく、哲学や脳科学などの知見を援用しながら論じているところがユニークである。だがその辺りが本書を難解にしている源なのかもしれない。
評:蔵研人
著者:梶尾真治
なんとも言えないくらい、ロマンチックで幻想的なタイトルである。そのうえサブタイトルは「時空をかける恋物語への招待」なのだから、梶尾真治ファンならずとも、喉から手が出るほど欲しくなる本ではないだろうか。
ところでこの本は小説ではないのでお間違えなきよう。だからと言ってSF論というほど振りかざしてはいないし、SF入門というのか、SF小説とSF映画の紹介を通してSFを語る本とでも言うのだろうか。
もちろんSFなのだから、タイトルのタイムトラべルだけではなく、当然ロボットやエイリアンの話も出てる。でも半分以上はタイムトラべルについて語っているので、どうぞタイムトラベルファンの方々もご安心のほど。
さて本書はハードカバーなのだが、わずか157頁の小さめの本なので、通勤時の行き帰りだけで、あっという間に読み終わってしまうだろう。また著者の梶尾真治はあとがきで、この本を『SFへのラブレター』かもしれないと語っているのだが、まさに彼のSFへの大いなる愛情を感じた1冊であった。
主な時間SFに関する評論内容は次のとおりである。
1.時間を超える
リリカルSFはいかが/スローガラス/昭和三年への旅/ジャック・フィニィの「愛の手紙」/映画「ある日どこかで」/ロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」
2.タイムマシン
H・G・ウェルズ「タイムマシン」/ロバート・A・ハインライン「夏ヘの扉」/ロバート・F・ヤング「たんぽぼ娘」/梶尾真治「クロノス・ジョウンターの伝説」
評:蔵研人
著者:二間瀬敏史
相対性理論を非常に判り易く解説してくれているのだが、物理オンチの私には今一つ理解出来ない。だが読み易い本なので、2日間で一気に読み終ってしまった。
さて現在の理論では、光より早く進む物体はあり得ないと考えられている。光速に近づくと質量が膨張してしまうからであり、質量の増加に伴って、速度が落ちるからだという。
また双子のパラドックスやウラシマ効果という言葉を知っているだろうか。つまり、静止しているものよりも、動いているものの時間のほうがゆったりと進むのである。
結局、相対性理論では未来には行けても、過去に戻ることは出来ない。過去に戻るためには、光速を超えるか次元を曲げるしかないという。机上の理論では、ワームホールとか、タキオンを利用することによって可能だという。だが現在の科学では、これらを利用するための空間やエネルギーが得られず、当面の間は、とうてい実現不可能であろう。
また、そもそも未来に行けるといっても、テープの早送りと同じで、過去をスキップしているに過ぎないのだ。バック・トゥ・ザー・フューチャーのように未来の自分に逢ったり、現在に戻って来たり出来ない限り、タイムトラベルしたとは言い難いだろう。
それほど古くない本なので、もう少し新しい理論の発見などを期待したのだが、結局判り易く書き直しただけで、数10年前の理論から一歩も出るものではなかったのが残念である。
評:蔵研人