タイムトラベル 本と映画とマンガ

 本ブログは、タイムトラベルファンのために、タイムトラベルを扱った小説や論文、そして映画やマンガなどを紹介しています。ぜひ気楽に立ち寄って、ご一読ください。

小説

からくりアンモラル3

からくりアンモラル

著者:森奈津子

 「信じられるのはこの快感だけ」と腰巻に記され、切なく凛々しい性愛SF短編小説が9編収められている。いずれにせよ性を真っ向から描いたSF小説は珍しいのだが、タイトルと童画風の怪しいカバーイラストを見ればなんとなく中身が想像できるだろう。
 とりあえず簡単だが、本作に収録されている9編の紹介をしておこう

からくりアンモラル
 表題作で少女とロボットの恋、いやセックスを描いている
あたしを愛したあたしたち
 全くタイトル通り、未来や過去から来た自分自身とのセックスストーリーである
愛玩少年
 吸血鬼が人間を支配し、人間たちはセックスドールになっているという話
いなくなった猫の話
  正確には猫ではなく「猫人間」なのだが、猫の時間と人間の時間差がまるでタイムトラベルのように切なくなる話なのだ
繰り返される初夜の物語
 全裸でベッドに縛りつけられ大股開きの姿勢に固定され、客のやりたい放題にじっと耐えている少女。実は彼女は人間ではなく、毎日記憶を書き換えられているAI人形だった
一卵性
 双子の姉妹の異常性愛を描いているのだが、かなり暴力的で不愉快な雰囲気が漂ってくるのが気に入らない
レプリカント色ざん
  レプリカントとは精巧なアンドロイドのことだ。前作の一卵性と同じく、コピーされたレプリカントが共に愛した人間女性への復讐談である
ナルキッソスの娘
 13歳違いの父親は、女好きのするジゴロである。そんな内容の割には珍しく性描写がなく切ない話だった
罪と罰、そして
  子供のころ、美園を岩の上から滝壺に飛び込むように無理強いし、彼女を車椅子生活に追い込んだアサギの罪、そして10年後に美園からその罪に対する罰を受けるアサギの物語

 とにかくほとんど全編セックス描写が生々しく凄まじい。だから逆に全く興奮しないのだろうか。いまだかつて余り大手出版は扱わなかった作品であり、どちらかといえば同人小説とかネット小説の臭いがする。まあ著者が女性であることと、斬新なSFとして描いているということで出版できたのかもしれないね。

評:蔵研人

思い出エレベーター

時ひらく
★★★☆
著者:辻村深月

 子供の頃、家族と過ごしたデパートでの楽しかった瞬間が蘇る。デパートの食堂のお子様ランチや屋上の遊園地が懐かしい。それになぜか今は亡き、大好きだったじいちゃんまでいるではないか。
 なんと摩訶不思議でほんわりとする感覚が漂ってくる。このデパートのエレベーターは、タイムマシンだったのだろうか。知らない間にじわっと涙が滲んでくるではないか。

 そう今でこそ衰退しているが、昔のデパートには夢と希望があった。そして老若男女全員の憩いの場だったのである。本作の舞台になったデパートは日本橋三越百貨店であるが、ぼくは世田谷に住んでいたので、バスで行ける渋谷の『東横デパート』に家族揃って出かけたものである。その時代の東横デパートの屋上はなんと遊園地どころか渋谷駅前の空中を横断するロープウェイまであった。

 なお本作は短編であり、三越を舞台にしたアンソロジー集『時ひらく』の中に収録されており、その中には本作のほか、伊坂幸太郎、阿川佐和子、恩田陸、柚木麻子、東野圭吾の短編も収められている。またカバーデザインが、三越の包装紙と同じなのがなかなかユニークではないか。

評:蔵研人

幻告3

幻告

★★★
著者:五十嵐律人

 著者は弁護士の傍ら創作活動を続けている小説家である。従ってその作品のほとんどが、法廷をバックバーンに描かれているようだ。本作も三つの裁判とその相互関係を紐解きながら、自殺した父親に関わる謎を紐解いて行くという話に終始している。
 ただ法律家のためか専門的な話が多く、文章も堅いのでかなり読み辛かったことも否めない。さらに法廷ものにしては珍しいタイムスリップの要素が絡んでくるため、さらに難解になっている。

 主役は裁判所書記官の宇久井傑で、ある日突然法廷で意識を失って目覚めると、五年前に父親が有罪判決を受けた裁判のさなかだった。という設定ではじまるのである。そこで父親の冤罪の可能性に気がついた傑は、タイムリープを繰り返しながら真相を探り始めるという流れになっている。それは多分、確定した判決は再度審理ができないという『一時不再理の効力』に疑問を感じた著者が、タイムスリップを利用することによって判決を覆すという離れ業を繰り出したのだろう。

 さすが弁護士だけあって、法廷での細かい仕組みや慣習についての描写は巧みであり、いろいろ勉強させてもらった。ただとくに複雑な人間ドラマに深入りすることもなく、パズルを解くような話の流れと予測した範囲での結論で締めくくられているので、のめり込んだり感動に打ち震えることはなかった。それで途中退屈感のため、何度も眠気に襲われてしまったのだが、結末が知りたくてなんとか読破することができ、義務を果たしたと言う満足感だけは得られたようだ。

評:蔵研人

時空旅行者の砂時計

 時空旅行者の砂時計
★★★☆
著者:方丈 貴恵

 序盤は主人公の加茂が瀕死の妻を救うため、謎の人物マイスター・ホラに導かれてタイムスリップするまでの経緯と、タイムスリップについてのいくつかのありきたりな蘊蓄が並ぶ。そのあとは加茂が探偵になりすまし、竜泉家で起こった二人の殺人事件について調査するという流れになる。舞台は1960年の竜泉家別荘で、登場人物は竜泉家の一族とその関係者という構成になっている。広い敷地と複雑な人間関係が絡む話なのだが、人物相関図や建物の図面などが挿入されているので分かり易くありがたかった。

 SFやファンタジーの匂いを振り撒いてはいるが、横溝正史 の長編推理小説『犬神家の一族』のオマージュ作品と言っても過言ではないだろう。ただ本作は真犯人を暴くだけではなく、閉ざされた館の中で起きた不可能犯罪の手法や犯行理由、さらにマイスター・ホラとは何者なのか、果たして加茂の妻は助かるのか、加茂は2018年に戻ることができるのか、といった諸々の謎の解明にも興味を惹かれてしまうはずである。

 もちろん終盤になれば、全ての疑問や犯人の動機などが明かされることになるのだが、タイムトラベル絡みのトリックはやや反則臭いし、次々に殺人が起きているのに、「全く警察に連絡しない」といった現実離れした展開にはやや馴染めなかった。まあ密室殺人をタイムトラベル手法を使ったパズルゲームに仕立てたミステリーと割り切って読めば、その巧みに準備された構成力には脱帽するしかないだろう。また爽やかで優しさの滲んだ締めくくり方にも、大いなる拍手を送りたい気分である。


評:蔵研人

僕が殺された未来3

僕が殺された未来

著者:春畑 行成

 ある日のことである。僕こと大学生の高木のアパートに、60年後の未来から、大塚ハナという名の中学生がやってくる。彼女がはるばる未来からやってきたのは、3日後に高木が何者かに腹を刺されて殺されると言うことを伝えて、それを回避させるためだと言うのだ。そしてその犯人は、数日前に高木の片想い彼女である小田三沙希を誘拐した犯人と同一人物ではないかと言う。だからもうこれ以上小田三沙希誘拐事件には関わらないでくれと頼むのであった。だが高木は言うことを聞かないで、小田三沙希探しに奔走するのである。

 それにしてもなぜ小田三沙希が誘拐され、関係のない高木までが殺されなければならないのだろうか。登場人物は余り多くないのだが、そのほとんど全員が犯人候補である。まずは小田三沙希の父親、実姉、婚約者、ストーカー、さらにはなぜか高木の親友・健太郎までが含まれているのだ。

 とにかく軽いノリで読み易く、遅読派のぼくでもあっという間に読破してしまった。だからと言って凄く面白かったわけでもない。つまりストーリーが余りにも陳腐で、片想いの彼女に命を懸ける高木の行動にも全く共感できないし、テーマも犯人探しとその目的、そして大塚ハナの正体の三点だけに絞られているだけで、余りにも薄味過ぎて物足りないからだ。まあいずれにせよ、子供向けの作品なのだと承知すれば、腹も立たないかもしれないね。

評:蔵研人

-時の回廊- 昭和は遠くなりにけり4

昭和は遠くなりにけり

著者:辻真先

 本書の冒頭には、下記のような記載がある
「この拙作を、亡き広瀬正さんと亡き藤子・F・不二雄さんに捧げます。 かつて『マイナス・ゼロ』と『ノスタル爺』に感動した---辻真先』

 『マイナス・ゼロ』と『ノスタル爺』を読んだことのある人なら、本作を読み終えればすぐに「なるほど」と納得できると思う。つまりタイムマシンで昭和の懐かしい時代を回遊しながら、恋人を追いかけるラブファンタジーと、終盤のノスタルジックでもの悲しい結末がブレンドされているオマージュ作品なのである。ただしタイムマシンではなく、事故を利用したタイムスリップで時間を移動することになる。

 作者の辻真先氏は、1932年に名古屋市生まれ、名古屋大学文学部卒業後NHKに入社している。さらにテレビ初期のディレクター、プロデューサーを務めたのち脚本家に転身し、『鉄腕アトム』、『エイトマン』、『ジャングル大帝』、『サザエさん』、『巨人の星』、『デビルマン』など、1500本超のアニメ脚本を執筆している。
 そして本作の主人公である鈴木太郎は、まるで著者の分身のような経歴で昭和時代を生き抜いてゆくのだ。また太郎が追いかけ続けるヒロイン江木速美は、華族出身ということから、もしかすると先日亡くなった久我美子がモデルなのかもしれないね。

 本書の目次を開くと、第1部 太郎、第2部 次郎、第3部 三郎というネーミングと、それぞれが前後した昭和時代に分類されている。はじめは何のことかと考えていたのだが、第2部を読み始めた時点でその意味が理解できるはずである。
 ラストはかなり駆け足になり、想定外の展開となってしまったが、この終わり方にはいろいろな感じ方があるだろう。ただ私自身は、やや暗い『ノスタル爺』色は排除しても、明るい『マイナス・ゼロ』色だけに染めまくって欲しかったかな……。

評:蔵研人

夏のダイヤモンド3

夏のダイヤモンド

著者:高瀬美恵

 ダイヤモンドとは野球のグランドのことを指す。したがってタイトルの由来は、『夏の野球場での出来事』と言ってもいいだろう。ということで、本作は小学生の頃に野球チームで活躍した本宮、一条、大滝、久坂の4人のストーリーと言うことになる。もっとも話は大人になってからの彼等と、少年時代の彼等の時代を往復するドタバタSFという構成になっているのだが……。

 主役は一人称で語る本宮と親友のイッチこと一条であり、野球がテーマになっているにも拘らず、著者はなんと女性なのである。その影響かどちらかと言えば脇役で登場する二人の女子小学生のほうに、著者のこころが乗り移っているかのようであった。この二人は正反対の性格なのだが、著者のあとがきを読むと、大学になってから急変した著者の性格を反映しているような気がする。まあ女性というものは二面性を持つ生き物であり、年を重ねるにしたがって本性が現れるものなんだね。

 タイムトラベル小説なのだが、タイムマシンの自転車が酷すぎるし、時間論やタイムパラドックスもいい加減だ。まあどちらにせよ真剣に読む小説ではないし、ストーリーも浅くて退屈なのだが、読み易さだけは抜群で、あっという間に読破してしまった。とにかくフワフワして軽い作品なので、病院で順番待ちするときに、斜め読みするにはもってこいの小説かもしれないね。

評:蔵研人

4

道

著者:白石一文

 ニコラ・ド・スタールが描いた『道』という一枚の絵画をじっと見つめていると、時間を超越して過去や未来にタイムリープしてしまい、そこで人生をやり直そうというお話である。だからと言ってSFという雰囲気ではなく、人間が生きる真理のようなものを描きたかったのだろうか。
 本書の主人公である唐沢功一郎は、大手食品メーカーで品質管理を統括する優秀な男である。だが残念なことに3年前に愛娘の美雨を事故で亡くし、それ以来、精神を病み自殺未遂を繰り返す妻を介抱しながら暮らしている。

 そんな苦しい世界から抜け出したくなった功一郎は、ある方法を使って美雨が事故に遭う直前に戻り、彼女を救出することを決心する。その方法とは、彼が高校受験に失敗した時に、過去に戻り受験をやり直したときと同じやり方であり、『道』という絵画を使って過去に戻ることであった。

 このあたりまでは、タイムマシン代わりに絵画を使うということ以外は、タイムトラベルものによくある展開なのだが、実はタイムトラベルというよりは、時間を遡るパラレルワールドの世界と言ったほうがよいのかもしれない。彼は3回タイムリープを繰り返すのだが、移動するたびに別の世界へ跳んでしまうのである。従って前の世界では東日本大震災が起こったのに、今の世界ではまだ起きていないとか、またそれほど重大な出来事ではなくとも、微妙に変化しているようであった。

 また前の世界に存在していた自分自身が今の世界に跳んできたのではなく、今の世界に住む自分の肉体の中に、前の世界の自分の意識だけが乗り移ったのだ。では前の世界の自分の肉体はどうなってしまったのだろうか。普通に考えれば、前の世界で絵画の前で死んでいることになるのだが、結論は異なっていた。さらにでは今の世界の自分の意識は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。これらはラストに全て解明されるのだが、分かったような分からないような、それでいて実に見事な論理で締めくくっている。

 もしあのとき、ああすればよかったと考えてもどうにもならないが、万一その願いが叶ったとしても、結局は何かほかの運命に巻き込まれてしまうのである。それに人の運命なんていうものは、どうにかなるとかならないとかという類のものではなく、たまたま選んだ道の一つでしかない。それが我々の住む世界の心理なのかもしれない。
 さて「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」とは、フランスの画家ポール・ゴーギャンの有名な絵画のタイトルであるが、本作にもなんとなくそんな臭いが漂っていると感じたのは私の勝手な思い込みなのだろうか……。

評:蔵研人

かがみの孤城5

tt@nk

著者:辻村深月

 不登校の少年少女たちを描いた社会派小説なのだが、『不思議の国のアリス』を思わせるような鏡の中の世界が舞台になっているファンタジーのようなノリで本作を読み始めた。なお本作はすでに漫画化され、舞台公演も終わり、アニメ映画も上映され、なんと累計発行部数は200万部を楽に突破し、本屋大賞も受賞している大ヒット作なのだと付け加えておこう。

  中学1年生の女子・安西こころは、同級生からのいじめが原因で不登校が続き、子供育成支援教室にも通えず、ひとり家に引き籠もる生活を続けていた。そんな5月のある日のことである、突然自分の部屋にある大きな鏡が光り出し、その中に吸い込まれてしまう。
 そこはオオカミさまという狼面をつけた謎の少女が仕切る絶海の孤城で、自分と同じような悩みを抱える中学生リオン、フウカ、スバル、マサムネ、ウレシノ、アキの6人が集まっていた。そしてオオカミさまは、「この孤城の中に隠された『願いの鍵』を見つけた1人だけが願いの部屋へ入ることができ、どんな願いでも叶えられる」のだと説明するのだった。

 この孤城以外の現実世界では、いじめにあって不登校になっている少女・こころの心象風景を黙々と描いているのだが、なぜ突如として鏡の中の孤城というファンタジックな世界が出現したのであろうか。もしかするとこころの心の中で創造された世界なのだろうか、と考えていたのだがどうもそうではないようだ。
 またこころ以外の6人の少年少女たちは、なぜこの弧城に集められてきたのだろうか。だがどうして彼らは現実世界では会うことができないのか。それに6人は日本に住んでいるのに、なぜリオンだけがハワイに住んでいるのだろうか。
 また『願いの鍵』と『願いの部屋』は孤城のどこにあるのだろうか。さらには本当にどんな願いも叶うのだろうか。それにあのオオカミさまはなぜ狼面をつれているのか、そして彼女の真の正体は……といろいろ謎がバラ撒かれていて興味が尽きない。

 そしてエンディングでは、全く予想外のどんでん返しが用意されており、これらの謎がすべて解明される。それだけではない、涙・涙・涙の三度泣きで感動の渦に巻き込まれてしまうのだ。とにかく震えが止まらないほど見事なエンディングであり、ファンタジー・ミステリー・社会派ドラマ・愛情物語の全ての要素を取り込んだ素晴らしい小説だと絶賛したい。


評:蔵研人

ぼくは明日、昨日のきみとデートする3

ぼくは明日、昨日のきみとデートする

著者:七月隆文

 この小説を読む7年前に、すでに映画のほうを先に観ている。配役は福士蒼汰と小松菜奈でピッタリと息の合った演技をしていたと思う。その後この原作本を購入したのだが、どうした訳かタイミングが合わず、7年間も書棚に置き去りしたままだった。

 映画を観たときはかなり感動して涙が止まらなかったのだが、なぜか原作のほうは全く涙腺を刺激されなかったのだ。文章がやさしく読み易いのだが、「時間が逆行している」というイメージがどうしても浮かばないからかもしれない。
 逆に映画のほうはその難問を巧みに映像でカバーしていたのである。つまり小説は心理的な部分の描写に長けているが、説明的な部分の描写は映像のほうが長けていると言うことなのだろうか……。
 そうしたことからも、まさにこの小説こそ映画向きだったのかもしれない。いずれにせよ、だいぶ前に観た映画なので、もう一度観て確認したくなってしまった。

評:蔵研人

四畳半タイムマシンブルース4

4畳半
著者:森見登美彦

 本書は森見登美彦『四畳半神話体系』と上田誠『サマータイムマシン・ブルース』のコラボレーション作品である。また2022年にはアニメ版も公開されている。
 まあコラボと言っても、ほとんど話の展開は『サマータイムマシン・ブルース』と変わらない。違うのは舞台が大学のSF研の部室だったものが、主人公が住んでいるアパートの四畳半ということ。あとは登場人物の名前が違うとか、主人公が隠れた場所や田村くんのキーアイテムが異なるといった、話の流れとは直接関係ない部分だけである。

 従ってここでくだくだ本作の感想を書き連ねても繰り返しになるばかりである。従って映画版ではあるが、興味のある方は下記URLをクリックして『サマータイムマシン・ブルース』評を読んでいただきたい。

評:蔵研人

終わりに見た街

終わりに見た街
★★★☆
著者:山田太一

 多摩川を見下ろす東京近郊の住宅地に住む家族が、ある朝目覚めたら突然、家ごと太平洋戦争末期の昭和19年にタイムスリップしてしまうというお話である。家ごとタイムスリップする展開は珍しい。だが戦時下で家族全員が生きていくためには、未来の珍しい品物を売って食をつなぐしか方法がないため、こうした設定を考えたのであろう。従って家自体はすぐに炎上し、家財道具だけを持てるだけ持って各地を転々と移動するのであった。
 また物語に変化をつけるために、旧友の敏夫さんも息子と一緒にタイムスリップしてくるのである。この敏夫さんがなかなか逞しい人で、頼りない主人公に変わって、戦時下という苦境の中で生き抜く術を教えてくれるのだ。

 戦時下へタイムスリップする話は幾つか知っているが、本作のように恐ろしい話は初めてである。何が恐ろしいのか、敵の米軍よりもっと怖いのが、なんと味方である隣人たちや日本兵たちなのだ。隣人たちは自分の保全のため、変わった風体や言動のある者をお上にタレコミするからである。
 また憲兵や軍人たちは、有無を言わさず「お国のために働け!」と威張り腐って跋扈するばかり。ああーこんな時代に生まれなかっただけでも幸せだと、つくづく現在を生きていることに感謝してしまうのだ。いずれにせよ戦前生まれの著者だからこそ、救いようのない戦争の恐ろしさを表現できたのであろう。

 さてタイムトラベルものの楽しみの一つは、ラストはどのような形で締めくくるのか、またどんなどんでん返しが待っているのだろうかということである。果たして驚くべきどんでん返しが用意されていたのだが、いまひとつ状況が把握できないまま終わってしまった。まさしくタイトル通り『終わりに見た街』なのだが、パラレルワールドなのか、夢落ちなのか、もしかすると辻褄が合わない部分があるが、実は『猿の惑星』だったのだろうか。

評:蔵研人

ループ・ループ・ループ3

ループ・ループ・ループ

著者:桐山徹也

 桐山徹也のことは本作を読むまで全く知らなかったのだが、それもそのはず本作以外には『愚者のスプーンは曲がる』という作品しか発表していないようだ。
 本作はタイムループもので、毎日が何度も繰り返されるという学園小説である。最近似たような小説を時々読むのだが、事故に遭いそうな人がその事故を回避した場合には、その人も時間が繰り返していることに気づくという設定が斬新であった。

 ただストーリー自体には深みもなければ捻りも見つけられなかった。ただ最後まで興味を惹かれたのは、なぜこのようなループ現象が生じてしまったのかという一念のお陰であろう。ただしその結末も余り説得力がなかったが、平易な文体で読み易かったことも間違いない。まさにジュニア向けの作品なのであろうか。

評:蔵研人

通りゃんせ4

通りゃんせ

著者:宇江佐真理

 25歳の若手サラリーマンである大森連は、失恋の傷を癒すために休日になるとマウンテン・バイクで走りまくっていた。ところが小仏峠周辺で道に迷い、滝の裏に墜落してしまう。目が覚めると、なんとそこは天明6年の武蔵国中郡青畑村であった。
 連は時次郎とさな兄妹に助けてもらいながら、連吉と名を変えて時次郎の百姓仕事を手伝うことになる。さらに忙しい時次郎に変わって、領主である江戸の松平伝八郎のもとを訪れるのだった。

 宇江佐真理と言えば、吉川英治文学新人賞を受賞したり、何度ともなく直木賞候補に挙がっている時代小説の旗手である。ところがなんと本書は、現代っ子の若者が江戸時代にタイムスリップして、川の氾濫や天明の大飢饉で苦しむ村人たちを助けるというSF絡みの時代小説だったのだ。
 ただしSF時代劇と言っても『戦国自衛隊』や『戦国スナイパー』などのように未来人が未来の知識や武器を使ってヒーローになるような大それた話ではない。せいぜい汚れた井戸水の簡易ろ過装置を創ったり、整体やストレッチの知識を生かして感謝される程度の活躍をするだけである。それより何と言っても、主人公・連の優しさと誠実さが脈々と流れてくるような清々しく凛としたストーリーに心を奪われるだろう。

 またさすが本格時代小説家だと感じさせる的確な時代考証を土台にした、現代と江戸時代の風俗や社会構成の比較描写は実に見事であった。それに加えてワームホールなどのタイムスリップ理論や、過去の改変によって引き起こされるタイムパラドックスについても言及しているところに著者の真摯な勉強熱心さを感じた。
 ただ高校時代の友人坂本賢介の存在や行動が、説明不足かつ中途半端だったところだけが唯一気に入らない部分だったような気がする。またラストでの早苗との遭遇はよくある映画のパターンで、ほぼ私の予想通りであったのだが、ずっと暗く苦しかった連にそのくらいのご褒美はあげてもいいかな……。


評:蔵研人

月の満ち欠け

【Amazon.co.jp限定】『月の満ち欠け』通常版DVD ※特典 : ペーパーコースター 付き [DVD]
★★★☆
著者:佐藤正午

 佐藤正午の作品を読むのは今回で二回目である。初めて読んだのは『Y』という小説なのだが、その妙な『Y』というタイトルの意味は、人生の分岐点と考えるらしい。あの日あのとき、もし別の選択をしていたら、現状とは全く異なる人生を歩んだかもしれない……。つまり「あの時に戻ってやり直しをしたい」という、人間の永遠のテーマを描いたファンタジックなストーリーであった。

 一方本作のほうは、輪廻転生のスピリチュアル・ラブ・ストーリーで、三人の男性と月の満ち欠けのように何度も生まれ変わるヒロイン瑠璃が紡ぐ30余年におよぶ時の流れと、さまよい続ける魂の物語といえるだろう。なお本作は第157回直木賞受賞作品であり、2022年に大泉洋、有村架純などのキャスティングで映画化されている。映画のほうは本作を読んでから気付いたため、残念ながら今のところは未鑑賞であるが、できればすぐにでもDVDで観賞したいものである。

 とにかく本作はパズルのような時間の繋ぎ方をしながら進行してゆくため、じっくり読んでゆかないと登場人物たちの関連性を把握できない。できれば登場人物の相関図を創って欲しかったよね。ただ結末が気になって気になって、終盤は猛スピードで読み切ってしまった。その割りにはややあっけない結末だと感じたのは、私の読解力が不足しているためであろうか。もしかすると、二度読みする必要があるのかもしれない……。


評:蔵研人

この嘘がばれないうちに3

この嘘

著者:川口俊和

 2017年に本屋大賞にノミネートされ翌年映画化された『コーヒーが冷めないうちに』のシリーズ2作目の作品である。今回も第1作同様、登場人物が過去に戻り、家族や友人恋人に伝えたい願いや想いを綴ってゆく。『親友』、『親子』、『恋人』、『夫婦』の4話で構成されているのだが、『恋人』だけは過去ではなく未来に跳んでゆくお話であった。

 やはりシリーズ化してしまうと、初回作のときのような驚きがないため、いささかマンネリ感が漂ってしまうようだ。また読み易くてほのぼのとした優しさは感じるものの、反面大きな刺激や躍動感のようなものが足りないし、びっくりするようなどんでん返しも用意されていない。だから面白くて次々と頁をめくって行くと言うよりは、なんとなく義務感にせっつかされて読んだ感があった。
 このシリーズは、本作以降に『思い出が消えないうちに』、『さよならも言えないうちに』、『やさしさを忘れぬうちに』と似たようなタイトルが3作続く。ただ本作を読んだ限りでは、何となくその内容が想像がつくので、もう本作で打ち止めにしようかと考えている。

評:蔵研人

イニシエーション・ラブ

イニシエーション・ラブ [レンタル落ち]
★★★☆

著者:乾くるみ

 イニシエーションとは「通過儀礼」のことである。従ってタイトルの『イニシエーション・ラブ』とは永遠の恋ではなく、大人になる前の一時の恋ということになるのだろうか。また本書はバリバリの恋愛小説だと思っていたのだが、実は「必ず二回読みしたくなる」と絶賛された傑作ミステリーであった。
 本書の裏表紙にある内容紹介文には、「甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた青春小説----と思いきや、最後から二行目(絶対先に読まないで!)で、本書は全く違った物語に変貌する。」と綴られているのである。

 これは一体何を意味しているのだろうか、ネタバレになるのでここでは解説は避けることにするが、いくつかのヒントだけ紹介しよう。第一のヒントはこの小説のタイトルである。そして第一章、第二章という区分ではなく、かつてのカセットテープのようなside-Aとside-Bという区分も意味深ではないか。さらにside-Aではしつこいくらい細かくじっくりと丁寧な描写に終始しているのだが、side-Bではテンポの速い展開に変化しているのだ。
 また本作はタイムトラベル系の小説ではないのだが、時系列をゆがめて描いているため、二度読みが必要だということ……。まだほかにも矛盾することがいろいろあるのだが、これ以上記すとネタバレになってしまう恐れがあるのでこのへんで止めておこう。

 なお本作はなかなか映像化し難い部分があるのだが、なんとそれを巧みに凌ぎながら2015年に映画化されているようである。ちなみに監督は堤幸彦で、主演は松田翔太と前田敦子になっている。機会があったら是非観てみたいものである。

評:蔵研人

スリープ

スリープ

★★★☆
著者:乾くるみ

 主人公は中学生ながらTVの人気レポーター役として活躍する頭脳明晰な美少女・亜里沙である。彼女は取材で『未来科学研究所』を訪れるのだが、そこで立入禁止区域に迷い込んでしまい、見てはいけないものを見てしまう。
 ここまで到達するまで、亜里沙の紹介や未来科学研究所の説明などに全体の約1/3である100頁も要して、かなり退屈感が募ってくるのだが、ここから先は30年後の世界となり、俄然面白くなるので安心して欲しい。

 亜里沙は30年後の世界で目覚めるのだが、本書ではその30年後の世界について詳しく描写されているところが素晴らしい。ただしSF映画のように空飛ぶ車が跋扈している派手な世界に変貌しているわけではない。本作では、生活の中の細かな仕様や、政治経済などの分野が急激に進化しているのである。
 例えば風呂場と洗濯機を一体化して、服のままで風呂に入っても一瞬にして消毒・乾燥できるシステムが普及していたり、駅のホームが透明の壁で完全に囲まれていることとか、経済的には1ドル40円前後の円高が続き物価が下がっていたり、政治の世界では大統領制が確立し道州制が導入されているのである。このほかにもいろいろな未来描写がなされているのだが、どれも将来現実に起こりそうな事象が多く、著者の慧眼に思わず膝を叩いてしまうことだろう。

 ただストーリー的には、亜里沙が目覚めてからの時間が短すぎて、ことさら大きな進展がないのである。……と思っていたら、九章『胡蝶の夢』から謎の急展開が始まるのだった。もしかしてパラレルワールドなのだろうか、タイトル通りの単なる夢なのだろうか、と考えているうちに最終章に突入して、いきなり「序盤のあの時」と繋がってしまうのだ。なるほど、実に見事な予測不能のドンデン返しではないか。


評:蔵研人

夢工場ラムレス

夢工場

★★★☆
著者:川邉徹

 著者の川邉徹は、WEAVERというロックバンドのドラマーで、ほぼ全ての楽曲の作詞も担当していた。その作詞の才能をさらに生かして、2018年に本作を書き上げて小説家デビューを果たしたという。また本作のほかにも『流星コーリング』など6作の小説を書き、漫画や写真集も上梓し、多彩な才能を披露している。

 夢の中で夢を夢だと認識したとき、もし青色の小さな扉を見つけたら、そこは夢をコントロールできる夢工場の入口なのだという。そしてそこで夢を修正することによって、現実も変えられるというファンタジックなお話集なのである。

 その中身は『未来の夢』、『過去の夢』、『理想の夢』、『他人の夢』、『管理人の夢』の5つのショートストーリを、オムニバス方式で繋ぎ合わせた構成になっている。また最終章では4つのストーリーを括りながら、夢工場の管理人の正体も明かされることになる。なかなかよくまとまった作風で、まさにデビュー作に相応しい堅実な出来栄えと言えよう。

 なお本作はタイムトラベルとは直接関係ないが、「夢の世界は過去も未来も思うが儘」ということになるので、あえてタイムトラベル系列の中に含ませてもらった次第である。

評:蔵研人

リピート4

リピート
著者:乾くるみ

 主人公は、一人暮らしの大学4年生・毛利圭介で、夜は歌舞伎町のスナックでバイトをしている。ある日、風間という見知らぬ男から電話がかかってくる。なんと要件は、過去に戻るリピートツアーに参加しないかということだった。余りにも荒唐無稽な話なのだが、その信ぴょう性を証明するために告げた地震予知が的中し驚いてしまう。その後にまたもや、再度正確な地震予知が大当たりし、このリピートツアーは本物かもしれないし信じ始めるのだ。

 このリピートとは、タイムマシンなどに搭乗するのではなく、ある一定の日に現れる黒いオーロラに突入すると、記憶だけが10か月前の自分の中に上書きされるというものだった。そこで人生のやり直しをするのだが、もちろんそこでは未来の記憶を利用して、競馬や株で儲けることも自由自在だ。
 リピートツアー参加者は風間を含めて10人、その中には一人だけ若い女性が参加していた。この女性の存在が、毛利にいろいろなプレッシャーを与える原因になるのだが、とにかく彼は女性にモテモテなのである。ただこのモテモテが最大の災いを生むことになるのだが……。

 このような記憶だけのタイムトラベルといえば、すぐに思いつくのがケン・グリムウッドの長編小説『リプレイ』である。ただ本作が僅か10か月前の自分に戻るだけなのに対して、『リプレイ』の主人公は25年前の18歳の青年に戻れるのである。さらに43歳になると自動的に心臓発作を起こしてまたまた18歳に戻れるのだ。
 そしてそれが何回も続くのである。それに比べると本作では、もう一度リピートするためには、ある一定の日に現れる黒いオーロラに再突入しなければならないという点が異なっている。
 また『リプレイ』では主人公が、未来の記憶を利用して大儲けしたり、つきあう女性たちを変えてみたりと、「もしもあの時こうしていれば良かった」を次々と実現させてゆく。だが本作ではそんな『リプレイ』のような痛快さは余り楽しめない。どちらかといえば、リピートしたために起こった記憶にない数々の嫌な事件に翻弄されてしまうのだ。そしてなぜそんな事件が起きるのか、犯人は一体何者で何のための犯行なのか、ということがメインテーマとなってくるのである。

 それにしても著者の巧みなブラックパズルのような悪魔的展開にはいつも脱帽せざるを得ない。中盤からはなんとあの『罪と罰』のラスコーリニコフのような心情に堕ち込んでしまったではないか。まさに乾くるみは天才としか言いようがないね、と思い込み続けてどんどんページをめくっていったのだが、ラストが余りにもあっけなく、無理やり感が残ってしまったのが非常に残念であった。

評:蔵研人

セブン

セブン

 ★★★☆
著者:乾くるみ

 著者は女のような名前だが、れっきとした59歳のおじさんである。また別名の市川尚吾名義では評論活動を行っている。1998年に『Jの神話』で第4回メフィスト賞を受賞し、34歳で作家デビューしているが、主な著作には本書のほか『イニシエーション・ラブ』、『スリープ』、『リピート』などのファンタジック系のミステリー作品が多い。なお本書は、2014年に単行本として角川春樹事務所より刊行されたものである。

 本書はそのタイトル通り「7」という数字絡みの作品が7作収録されている。
1.ラッキーセブン
2.小諸-新鶴343キロの殺意
3.TLP49
4.一男去って……
5.殺人テレパス七対子
6.木曜の女
7.ユニーク・ゲーム

 7作全てが楽しめたのだが、特に面白かったのは『ラッキーセブン』と『ユニーク・ゲーム』である。前者はA~7までの7枚のトランプを使ったカード対戦を7人の女子高生で争い、負けたほうは首を切られるという恐ろしいゲームであり、後者は捕虜になった7人の多国籍兵に課せられた0~7の数字絡みの生き残りゲームである。
 どちらも似たような数字を使ったシンプルなゲームなのだが、その勝利方法の思考過程がくどいほど綿密に解説されている。一体この著者の頭の中には、どれほど複雑な歯車が絡み合っているのだろうかと唸ってしまうことだろう。ことにミステリーファン、SFファンにはのめり込める一冊である。

評:蔵研人

時をとめた少女3

時を止めた少女
著者:ロバート・F・ヤング

 タイトルとカバーイラストがとても魅力的ではないか。と言っても、もちろん著者があの『たんぽぽ娘』のロバート・F・ヤングだから本書を購入したのである。なぜかヤングは、日本では人気があるのに本国アメリカではマイナーな作家のようである。よく分からないが、これもお国柄の違いであろうか……。

 本作に収められているのは、タイトルの『時をとめた少女』のほか、『わが愛はひとつ』、『真鍮の都』、『妖精の棲む樹』、『花崗岩の女神』、『赤い小さな学校』、『約束の惑星』の7編が収められている。なおこのうち冒頭の3作がタイムトラベル絡みの話である。
 個人的には、メル・ギブソン主演映画『フォーエヴァー・ヤング 時を越えた告白』そっくりの『わが愛はひとつ』が一番面白かった。また時間と愛を絡ませたラブファンタジーは、ヤングの真骨頂であり、本作は最高傑作『たんぽぽ娘』の原点なのかもしれないね。タイムトラベルファンなら、是非とも読み比べて欲しいものである。

評:蔵研人

予知夢

デモリッショマン
★★★☆
著者:東野圭吾

 本作は『探偵ガリレオ』シリーズのうち五作をまとめたもので、全作がオカルト風味のミステリーである。つまり探偵ガリレオこと物理学助教授・湯川学が、オカルト事件を科学的に解明して行くという流れである。そしてこの湯川がホームズ役を担当するなら、友人の草薙刑事がワトスン役を演じているようだ。

 なお収録されているのは次の五編である。

第一章 夢想る (ゆめみる)
 16歳の少女の寝室に忍び込んだ男は、17年前からその少女と結ばれる運命にあったのだと供述する

第二章 霊視る (みえる)
 同時間に別の場所で殺害された彼女の霊を見た男の話の真偽

第三章 騒霊ぐ (さわぐ)
 ある時間になるとポルターガイスト現象を引き起こす家と殺人事件の関連

第四章 絞殺る (しめる)
 絞殺された男の娘が見た火の玉とは

第五章 予知る (しる)
 少女が見たのは現実なのか予知夢だったのか

 ざっとこんな感覚でストーリーは展開されてゆくのだが、薄くて読み易い割には論理的で品質の良い作品に仕上がっているので、興味の湧いた方は是非一読されてはいかがであろうか。

評:蔵研人

時空の巫女4

時空の巫女
著者:今野敏

 自衛隊統合幕僚会議情報局の綾部は、米国防情報部から奇妙なレポートを受け取り困惑していた。そのレポートには、超常能力を持つ世界中の少年少女たちが同じ夢を見て怯えていると記されていたのである。そしてその夢とは、未だかつて見たこともない大爆発が延々と続き、地上の全てを焼き尽くし全ての人類が死に絶えるという恐怖の悪夢であった。
 同じ頃、原盤制作会社社長の飯島は、親会社の命令で新人アイドル発掘業務にとりかかることになる。そこでオーデションなどを開催するのだが、なかなかこれといった新人が見つからない。そんな中で偶然に、かつてネパールの生き神様だったチアキ・チェスとAV女優の池沢ちあきに辿り着く。なんと彼女たちの共通する「チアキ」という名前は、あの悪夢を見た少年少女たちが、救世主と崇める人物の名と一致していたのだった。

 とにかく構想が面白いし、文章が巧みで実に読み易い。そして自衛隊と芸能プロダクションとの異例な取り合わせや、その着眼点もただものではない気配を感じる。また会話の中で論じられる宇宙論や唯我論も、なかなか分かり易く興味深く解説されていた。著者の今野敏は実に多彩な知識ポケットを有しているようだ。ただひとつ文句を言えば、ラストが余りにも当たり前であっさりし過ぎていたことだろうか……。


評:蔵研人

サクラ咲く

サクラ咲く

著者:辻村深月
★★★☆
 本書は光文社の『BOOK WITH YOU』として発行されているので、対象読者は中高校生ということになる。だから非常に読み易く読書が苦手な人でも、あっという間に読破してしまうことだろう。
 また本書にはタイトルの『サクラ咲く』のほか『約束の場所、約束の時間』と『世界で一番美しい宝石』の三篇の中編が掲載されている。この中の『サクラ咲く』と『約束の場所、約束の時間』は中学生が主人公でやや児童書といった感が拭えないが、『世界で一番美しい宝石』は高校生が主人公で、内容的にも大人が読んでも全く違和感がないだろう。
 
 この本を買った動機は、タイムトラベル系の話だと知ったからである。ただ三作のうち『約束の場所、約束の時間』だけがタイムトラベル系のストーリーであり、タイムマシンで未来から跳んできた少年と現代の少年との心温まる友情の話であった。
 また『サクラ咲く』は、中学生の男女グループの友情と淡い恋心に、図書室の本に挟まれていたメモの謎がからんだちょっぴりミステリアスな話だったが、ラストに合唱する歌の歌詞がなかなか良かったね。
 そして『世界で一番美しい宝石』では、高校の映画同好会の部長が、「図書室の君」と呼ばれる立花亜麻里に製作映画のヒロインを依頼するのだが、何度頼んでもなかなか引き受けてくれない。それでも小さいときに読んだ「宝石職人の話」が描かれている児童書を探してくれたら、OKしてもよいという返事をもらうのだったが……。

 なんとこの立花亜麻里と、『サクラ咲く』に登場した図書室のメモを書いた謎の人物がなんとなくダブってくるのだ。もしかすると彼女たちは、若かりし頃の辻村深月の分身なのではないだろうか。ジュニア向けの中編集であるが、いい年をしたおじさんにも楽しめたのは嬉しかったね。

評:蔵研人

天使の歩廊4

天使の歩廊
著者:中村弦

 時代背景は明治末期から昭和初期まで、主人公は笠井泉二という建築家である。だが笠井は単なる建築家ではなく、悪魔的というか幻想的というのか、とにかく摩訶不思議な建物を設計するのだった。本書はその笠井泉二と彼が創作した建物を取り巻く話六作を繋いだ連作短編集である。

 著者の中村弦は本作にてデビューし、同時に「日本ファンタジーノベル大賞」を受賞し、選考委員たちから絶賛のエールを送られたという。それにしてもひとつひとつのストーリーは丁寧な構成で味わい深く、江戸川乱歩のようなおどろおどろしさや、SF的異次元世界の壮大感も漂ってくるではないか。
 ただ洗濯屋の次男として生まれた主人公が、なぜこれほど超天才的な能力を発揮できたのかの説明は一切なされていないし、ラストも曖昧なまま無理矢理閉めた感がある。もちろん謎めいた存在感に満ちているからこそファンタジーなのだが、一抹の違和感は拭いきれない。

 建築物自体はまさに物質の塊なのだが、そこにはなんとなく怨念や異様な雰囲気を感じることがある。それはある意味「別世界への入口」に通じるからなのだろうか。そして小説のメインテーマに特殊な建物を選んだことが、前述した選考委員たちの絶賛を浴びた一因なのかもしれない。それにしても、著者も本作の主人公同様ある種の天才なのだろう。

評:蔵研人

風が吹けば3

風が吹けば
著者:加藤実秋

 高校生の健太が2009年から1984年にタイムスリップし、バイト先の雇用主である女性カメラマン和希の少女時代に遭遇し恋心を抱くという青春物語である。現代が2009年では既にもう現代自体も、過去の遺物になってしまっているのだが、古本なのでしかたがないのだ。
 また過去に跳んだ先で知り合ったのが暴走族たちで、健太も知らず知らずにその仲間になってしまう。そしてその仲間たちの一人が少女時代の和希であり、健太はその和希にほのかな恋心を抱いてしまう。また何人かの気になる友人たちもできるのである。またタイトルの意味は、ある風が吹くと共にタイムスリップするからであろう。

 さて本作の大半は、過去で健太が遭遇するベタな経験なのだが、本当の読み処はそれら過去の出来事ではない。終盤になって健太が現代に戻ったとき、過去に知り合った仲間たちがどのように成長しているのかと言うことに興味を惹かれるのだ。とは言っても、まあ大方が想像通りの展開だったのであるが、それがまた一番安心できる展開だったとも言えるだろう。
 いずれにせよ余り捻りのない素直なストーリーなので、ある意味『お子様ランチ』かもしれない。ただ実に読み易く、1984年を垣間見ながら一気に読めてしまうところがサッパリしていてベターだったかもしれない。ただなぜ1984年なのだろうか、それは著者が18歳の青春時代だったからであろう。従って1984年に思い入れのない人には、余り郷愁は感じられないかもしれないね……。

評:蔵研人

社交ダンスが終わった夜に3

著者:レイ・ブラッドベリ

 本書は現代米国文学界の大御所レイ・ブラッドベリが、2002年に上梓した短編集である。そしてこの短編集の中には、深夜の路面電車に乗り合わせた男女の会話を描き、ふわりとした余韻を漂わせたタイトル作をはじめとして全25作が収録されている。

 全編を通して言えることは、SF抒情詩人と評されている著者らしい「メタファーを多用したファンタジックな作品」で溢れ返っているということであった。従ってストーリーを追うというより、詩の音律を味わう気分で読まないと期待外れになるかもしれない。またSFと言っても、宇宙や未来や科学を描いたものはなく、どちらかというと日常的な事象を、メタファーによって塗り固めたという感がある。またそこがこの作家の好き嫌いの分岐点にもなるだろう。

 どちらかと言えば、私的には余り馴染まない作品が多く、最後まで読み通すのは難行であった。ただそんな中で『時の撚糸』など、タイムトラベル系の作品が2、3作混在していたのは嬉しかったかな。まあ好き嫌いは別として、全般的に「お洒落な短編集」と言えば良いのだろうか……。

評:蔵研人

デイ・トリッパー

デイトリッパー
★★★
著者:梶尾真治

 デイ・トリッパーとは幻覚剤「AMT」の通称であり、ビートルズの楽曲でもある。また日帰り旅行者という意味もあるが、この言葉には「ちょっとだけ(クスリで) トリップする人」という意味も隠されている。
 本作では過去に跳ぶための遡時誘導機の名称であり、このマシンを所有している女性が経営するカフェの名前でもある。また過去に跳ぶ前に精神を安定させるために飲む薬のことを暗示しているのかもしれない。

 主人公の香菜子が最愛の夫である大介を亡くして失望していると、もう一度大介に逢ってみないかという女性が現れる。香菜子はもう一度夫に逢いたい一心から、半信半疑でその女性の経営するカフェ『デイ・トリッパー』を訪れ、遡時誘導機に搭乗して夫が生きている時代へタイムスリップするのである。ただここでいうタイムスリップとは、心だけが過去の自分の中に跳んでゆくという方式なのであった。

 心だけが過去に跳ぶという仕組みは目新しいかもしれないが、70歳になっても相変わらず青春しているところが梶尾真治の素晴らしいところだろう。ただストーリーとしてはありきたりでいま一つの感があった。まあこの年だからしょうがないか…。

評:蔵研人

タイムスリップ明治維新

★★★☆
著者:鯨統一郎

 著者のタイムスリップシリーズは、『タイムスリップ森鴎外』に始まり、本書の『タイムスリップ明治維新』以下、『タイムスリップ釈迦如来』、『タイムスリップ水戸黄門』、『タイムスリップ戦国時代』、『タイムスリップ忠臣蔵』、『タイムスリップ紫式部』、『タイムスリップ聖徳太子』、『タイムスリップ竜馬と五十六』、『タイムスリップ信長vs三国志』の10編が数えられる。その中でも著者自身が1、2を争う出来だと豪語しているのが本作なのである。

 初回作の『タイムスリップ森鴎外』では、森鴎外が現代の渋谷にタイムスリップし、高校生の麓うららたちと知り合い、助けられながら過去に戻って行くという話だった。ところが今回は、現代人の麓うららが明治維新にタイムスリップし、そこで7年間も過ごすことになるのである。そして薩摩藩士の中村半次郎に処女を捧げ、そのあと桂小五郎、岩倉具視ともセックスすることになるのだ。

 前作の『タイムスリップ森鴎外』ほどではないが、やはりかなりハチャメチャでご都合主義な展開ではあったが、相変わらず読み易いのであっという間に読破してしまった。かなり軽過ぎるかもしれないが、寝転びながら楽しんで歴史の概要を掴みたい人には受けるかもしれないね。

評:五林寺隆

タイムスリップ森鴎外

★★★☆
著者:鯨統一郎

 大正時代の文豪・森鴎外が何者かに命を狙われ、崖から墜落して意識を失ってしまう。だが気が付くとそこは…な、なんと現代の渋谷道玄坂下だったのである。
 そしてチンピラと揉みあいになっているときに、超ミニスカートの女子高校生うららと七海に助けられるのだ。これを機に鴎外は彼女たちとその仲間四人と親しくなり、なんとか現代で生活できるようになる。
 大正人にも拘らず飲み込みが早く適応能力抜群の鴎外は、和服を脱ぎユニクロの服を着て、髪を金髪に染めサングラスをかけて、ウォークマンを聞きながら渋谷の街を闊歩する。さらにはケータイで女子高生にメールをし、カラオケボックスで熱唱し、な・な・なんと、渋谷の街頭でラップまで披露するのである。だが安穏とした日々は長く続かず、さらに彼の命を狙って追いかけてくる刺客が二人現れるのだった。

 と……なにせ奇想天外ハチャメチャな展開のタイムスリップ小説なのだ。だが読み易い文章でテンポ良く話が弾むので、遅読の私でもあっという間に読了してしまった。ただ犯人捜しの部分はかなりこじつけ感が漂いくどさも残ったかな。
 いずれにせよ森鴎外に抱いていた「堅いイメージ」がぶっ飛んでしまうことだけは間違いないだろう。ちなみに著者である鯨統一郎は覆面作家と言われているのだが、「タイムスリップシリーズ」10作以外にもかなりの数のシリーズものを手掛けているし、全般的にもの凄い著作量をこなしているではないか。もしかすると「鯨統一郎」とは個人名ではなく、数名で構成する小説プロダクション名なのかもしれないね。

評:蔵研人

古い腕時計 きのう逢えたら…

★★★☆
著者:蘇部健一

 不思議な古い腕時計。この時計をある時計屋に持ってゆき修理を依頼すると、なんと昨日をもう一度体験できるのである。そうした小話がアンソロジー形式で8話収録されている。

片想いの結末
 片想いしている彼女のハートを射止めるため、トラックに撥ねられた彼女を助けるために昨日に戻るのだが……

四番打者は逆転ホームランを打ったか?
 少年の命を救うため、前日の失敗を繰り返さないように、もう一度バッターボックスに立つ病身の四番打者

最後の舞台
 漫才グランプリに優勝するため、昨日に戻ってもう一度瀕死の相方と舞台に立つ漫才師

起死回生の大穴
 借金返済のため、結果の分かっている昨日の競馬レースに有り金をはたき、人生の全てを賭けて挑む男

おばあちゃんとの約束
 入院しているおばあちゃんと約束した「SF小説大賞」の結果を待つ男のこころ

明日に架ける橋
 ひき逃げ事件の犯人が、時効前日に銀行強盗に遭遇してしまう話

運命の予感
 最後のプロ棋士試験のプレーオフの日。対戦相手がやってこなかったため不戦勝となるのだが、なにかすっきりしない囲碁棋士が、もう一度昨日を繰り返す話

エビローク
 これは前述した『四番打者は逆転ホームランを打ったか?』の顛末である

 以上、昨日をやり直すことによって、人生が大きく変わってしまういろいろな男たちの話である。全話に不思議な時計屋さんが関わってくるところが、なんとなく『笑ゥせぇるすまん』のようで笑ってしまった。
 また平易な文体で読み易く、心が打たれて涙がこぼれる話もあり、そこそこ楽しめるはずである。ただ本書は連載物ではなく書下ろしだということで、短編集にするよりも、「群像劇風の長編」としてまとめたほうがもっと感動できる小説に仕上がったのでは、と思うのだがいかがであろうか。

評:蔵研人

チョウたちの時間

★★☆
著者:山田正紀

 時間の本質とは何なのか、また超時空間なるものは存在するのかを問う、ある意味、哲学的なハードSF小説であった。と書けばかなり格好良いのだが、ぶっちゃけ風呂敷を広げ過ぎて収拾がつかなくなったと言えないこともない。

 本作はラノベということで文章は平易なものの、現実世界よりも未知の時空間での描写に終始し過ぎて、かなり難解な理論展開がなされるため、一度読んだくらいでは、なかなか理解出来ないかもしれない。従って「現代を描いた序盤」以外は殆ど理解不能、ストーリーも全く感情移入できず退屈極まりなかった。よくもまあ途中で投げ出さず、最後まで活字を追いかけた自分に拍手・拍手である。

 本作のタイトルもそうだが、なぜか時間とチョウを関連付けるようなSF小説や映画が多い。まるでチョウたちが、時間という蜜を探し求めてやって来るかのようである。ダジャレじゃないけれど、チョウには超能力があるのだろうか。

評:蔵研人

奇蹟の輝き4

著者:リチャード・マシスン

 短編ホラー作家のリチャード・マシスンが書いた二つの超次元恋愛長編小説のうちの一冊である。もう一冊はタイムトラベル恋愛小説の『ある日どこかで』で、両方とも映画化されている。
 本作は不慮の事故で命を落とした主人公クリスが「常夏の国」と呼ばれる天国へ辿り着くのだが、毎日のように最愛の妻アンのことばかり気になって落ち着かない状況が続く。そんな折現世では、やはり最愛の夫を亡くしたショックから立ち直れない妻のアンが自殺をしてしまうのだった。

 悲しいことに自殺をした者はすぐには天国へ向かうことが出来ない。そして長期間に亘って、自分の創り出した闇の世界である地獄に閉じ籠ってしまうのだ。
 そのことを知ったクリスは、愛するアンを地獄から助け出すために、恐ろしい闇の世界へと旅立つのである。だがその難行は未だかつて誰も成功したことがなかった。そして事実クリスも地獄では多くの苦難に遭遇し、やっと逢えたアンにも自分の存在を認めてもらえず、挫けそうになるのだった。

 熱烈な恋愛小説仕立てに調理しながら、実は『死後の世界』を科学的に説明してゆく構成は、かなりユニークな実験的手法と言えよう。そして見事にまとめられた思想的背景は、スウェーデン王国出身の科学者スウェーデンボルグが語った死後世界を彷彿させられる。またギリシャ神話や仏教にも染まっているように感じられる。

 いずれにせよ、死は誰にでも訪れるものである。だからこそ死に対して無頓着な人は少ないはず。本書は『死後世界の入門書』として、あるいは『死を恐れないための護符の書』として、全世界の人々にとって大いに役に立つはずである。死後世界について興味のある方、また逆に死後世界の存在を全く認めない方たちに、本書を一読されることをお薦めしたい。

 さて映画のほうはロビン・ウイリアムスの主演で1998年に上映されている。そしてクリストファー・リーヴ主演の『ある日どこかで』と同様かなり高評価のようだ。私はまだ映画化された『奇蹟の輝き』のほうは未観なので、是非ともレンタル屋でDVDを探し出そうと考えているところである。


評:蔵研人

ダレカガナカニイル…

★★★☆
著者:井上夢人

 話の中身は、タイトル通り自分の中から別の声が聞こえてくるという話である。その声が聞こえ始めたのは、新興宗教の教祖が焼死した直後だということで、その教祖が乗り移ったのではないかと推測しながらストーリーが展開してゆく。
 なんとなくホラー染みているが全く怖くない。どちらかと言えばオカルト風味がたっぷり漂ってくる。俄然興味はこの声の主は本当に教祖なのか、またこの声を追い出すことが出来るのか、さらには教祖は自殺したのか殺されたのか。もし他殺だとしたら一体誰が犯人なのだろうか、といったミステリーモードに染まってゆく。

 そして中盤以降の見せ場は、精神科医による催眠術の施術と、それによって「声」が目覚めるということ。また突然現れた教祖の娘とのラブストーリー展開にも、ワクワクとこころが奪われてしまう。さらにラストの着地では、オカルト風味が突如としてSF色に大転換というおまけまでついているのだ。
 約650頁に亘る長編であるが、全く苦も無く退屈せずに一気読みできた。それは本作が新興宗教批判にはじまり、ミステリー、オカルト、恋愛、SFを融合し、ジャンルを超越した面白さに支えられているからであろう。

 さて著者の井上夢人とは、漫画家の藤子不二雄同様コンビで岡嶋二人と名乗り、創作活動を続けていた井上泉と徳山諄一のうち、コンビ解消後の井上泉のことである。そして本作はそのデビュー作となるようだ。従ってデビュー作と言えども、すでにベテランの味がするのは当たり前なのである。まあ間違いなく面白いことは保証するが、終盤の説明なしの急展開は理解不能だし、こんな結末なら全体的にもう少し短くまとめられたのではないだろうか。

評:蔵研人

時空大戦4

著者:草薙圭一郎

 2004年4月6日のことである。突然猛烈な磁気嵐の襲来に遭遇し、北海道が丸ごと時空を超えて1945年にタイムスリップしてしまう。なんと1945年4月と言えば終戦間際で、米軍による戦艦大和の撃沈や、沖縄の占領が目の前に迫っている状況ではないか。そんな異常事態に戸惑う北海道駐屯の自衛隊だったが、悲惨な敗北や原爆の投下を防ぐため、壊滅寸前の帝国陸海軍を支援することを決定するのである。

 現代兵器と半世紀前の兵器の威力の差は歴然としている。だがいかに圧倒的な威力の差があろうとも、自衛隊のミサイルは100発100中で旧米軍の弾丸はほとんどかすりもしないのは行き過ぎではないだろうか。とは言いつつも実に気分爽快なのだ。戦艦大和は撃沈されず、沖縄に上陸した米軍も叩き出し、なんとマリアナ諸島やフィリピンまで奪回してしまうのである。
 さらには歴史上の人物たちも多数登場してくるし、ある意味では太平洋戦争に至った歴史的背景も描かれていてかなり勉強をさせてもらった気がする。そして最後のマッカーサーの謀反と原爆反撃には、誰もがドキドキさせられてしまうだろう。

 そんなわけで遅読者の私にしては、600ページを超える長編にも拘らず、あっという間に読破してしまったのだ。さてこの歴史を覆してしまった戦争の行く末はどうなるのか、そして自衛隊たちは現代に戻ることができるのだろうか。それは本作を読んでのお楽しみとしておこう。

評:蔵研人

初恋ロスタイム3

著者:仁科裕貴

 ある日、僕以外の時間が止まってしまった。それは平凡な高校生活を送る僕・相葉孝司に、唐突に訪れた特別すぎる青春であった。毎日午後1時35分になると、1時間だけ自分以外の時間が止まるのである。その時間を、僕はロスタイムと名付けた。そんな停止世界に突然現れた魅力的な少女・篠宮時音、僕は彼女に恋をしてしまう。それにしてもなぜ時間は止まるのか、また謎めいた少女が抱える大きな秘密とは……。

 時間を止められたら、下品なおじさんたちが考えるのは、たぶん泥棒とエッチなことに違いない。本作でもちょぴりエッチな想像があったけど、その前に早々と少女が登場してしまったので未遂に終わってしまった。
 いずれにせよ、本作はエロ小説ではないし、かと言って純粋なSFでもなく、とどのつまりややSF絡みの難病ラブストーリーと言った位置付けなのだろうか。そんな訳でSFとしても恋愛ものとしても中途半端で、ちょぴり物足りなさを感じたのは私だけであろうか……。
 なお本作は2019年に映画化されているが、その感想については下記を参照にされたし。
タイムトラベル 本と映画とマンガ : 初恋ロスタイム (livedoor.blog)


作:蔵研人

13時間前の未来4

著者:リチャード・ドイッチ

 何者かに最愛の妻を殺害され、そのうえ犯人容疑で警察に拘留されてしまうニック。無実を叫ぶものの、凶器に使われた拳銃にはニックの指紋が付着していたのである。そんなとき、混乱するニックの前に謎の初老の男が現れ「きみには12時間ある」言い残し、古い懐中時計を置いて去ってゆくのだった。
 なんとこの懐中時計は、一種のタイムマシンであり、1時間前の世界に戻って1時間経過すると、又2時間前へ戻る仕組みになっているのである。その度に、事件の真相に迫ってゆくのだが、協力してくれた友人などが殺されたり、妻が別の形で死んだりして、なかなか上手くゆかないのだ。

 過去に戻って何度もやり直すタイムループ作品は、小説では『リプレイ』、映画では『恋はデジャヴ』などに代表され、その他にも多くの作品が発表されている。だが本作は単純に同じ過去をやり直すのではなく、1時間前へさらに1時間前へと13時間前まで、1時間ずつ過去に向かってやり直してゆくところが実にユニークなのである。

 いずれにせよスピード感に溢れ、細かい捻りや趣向も随所にちりばめられており、息をつかせぬ連続ドラマを観ているかのようだった。またタイムトラベルあり、謎解きあり、アクションあり、恋愛ありの贅沢三昧な物語なのである。だから映画化される予定だったのだが、残念ながら今のところ製作された軌跡はないようだ。多分映画化するには長過ぎるので見送られたのかもしれない。しかし連続TVドラマならばピッタリカンカンなので、いずれはその方向で検討されることだろう。

 ただコアなSFファンの評価はいまひとつなのだが、そもそもタイムトラベル自体が荒唐無稽なのだから、余りむきになってタイムパラドックスや時間論を戦わせる必要はないと考えたい。なかなか馴染めない海外小説が多い中で、これほどスタートからスラスラと読み続けられた小説は珍しい。エンタメは面白ければよいので、クドクドとあら捜しをせず素直に楽しもうではないか。と言いながらも、ダンス刑事のしぶとさと悪知恵にはムカムカ・イライラが募ったね。

 さて著者のリチャード・ドイッチの本業は不動産投資関連の仕事で、執筆活動は夜の9時から午前3時までを当てているとのことである。彼はトライアスロン、スキー、スキューバダイビング、スカイダイビングなどをこなし、さらにギターとピアノの腕前を駆使して作曲まで手がけるスーパーマン振りを発揮しているらしい。

評:蔵研人

どこよりも遠い場所にいる君へ

どこよりも
★★★☆
著者:阿部暁子

  本作は集英社オレンジ文庫だから、表紙がアニメのような挿絵で飾られた、ロマンチックで軽い文体の若者向けライトノベルということになる。なんとまさにその通りなのだが、おじさんも青春時代を思い出しながら楽しく読ませてもらった。

 ストーリーは主人公の月ヶ瀬和希が、夏の初めに采岐島の「神隠しの入り江」で少女が倒れているのを発見するところからはじまる。少女の名は七緒といい、和希と同年齢の16歳である。そして彼女は記憶喪失で身元不明だという。だが実はもともと彼女が住んでいたのは1974年で、43年後の2017年にタイムスリップしてきたのだった。

 時を超えて和希と七緒は次第に淡い恋心を抱いてゆくのだが、本作は単純なラブストーリーではない。まず和希の家庭環境が複雑であり、なんと父親は殺人罪で逮捕されている。
 そんな背景から離島にあるシマ高を選んで転校してきた和希なのだが、そんな彼にいつも影のように纏わりついてくる親友の尾崎幹也の存在、さらに行き場のない七緒を保護した芸術家の高津と担任の仁科先生との関係。などなど主人公の和希を取り巻く人々の群像劇もなかなか興味深いのだ。

 そして七緒の正体と感動のラストシーンは、実によく煉り込まれているではないか。ただ惜しむらくは和希と七緒のストーリーが少な過ぎるのである。もっといろいろな思い出を織り込んでいれば、流石のおじさんもラストシーンでは涙に濡れまくっていたことだろう。さてさてもし本作を映画化することがあるなら、その辺りをもう少し強化する必要があるかもしれないね。

評:蔵研人

七花、時跳び!3

著者:久住四季

 一時は100名もいた部員が、いつの間にか部長の柊和泉と後輩・七花蓮のたった二人になってしまった『未来研』だが、なかなか新規入部者が集まらない。そんなある日突然、なんと七花にタイムトラベル能力があることが分かってしまう。それから二人は『退屈しのぎのタイムトラベル遊び』を始めるのであった。
 登場人物はこの二人に加えて、柊の同級生・鈴ヶ森くるみと二人の先生だけのたった5人、しかも舞台はほぼ高校の中だけという超低予算C級映画といった趣である。まあ厳密に言えば過去や未来の二人も出演しているのだが、それが話を少しややっこしくしている。それにしてもこれだけの構成で300頁近く稼いでいるのだから、稼ぎ過ぎではないだろうか(笑)。

 前半はやや退屈なのだが、後半からタイムパラドックスがらみの展開となり、私的には俄然面白くなってくる。ただ気になったのは主人公の柊が余りにもおバカ過ぎてウザイこと、小説というよりはアニメやゲームで観たくだらないギャグとタメ口満載のマンガそのものだということ。
 さらにタイトルは梶尾真治の『つばき、時跳び』のパクリだし、世界観は『サマータイムマシン・ブルース』のオマージュというかパロディーというか、いずれにせよいろいろなところからの寄せ集めといった感が拭えないのだ。そのうえラストは「特別な捻り」もなくあっさり幕となり感動も湧かない。結局のところ本作は「タイムトラベルをおもちゃにした世界観の狭い軽い学園ラブストーリー」だったのかもしれないね。

評:蔵研人

天国までの49日間3

天国
著者:櫻井千姫

 中学2年生の少女・折原安音は、女子クラスメイトからのいじめに耐え切れず、マンションの最上階から飛び降り自殺する。ところが死んだ直後に天使が現れて、49日の間に天国へ行くか地獄へ行くかを考えて決めろと言う。
 もちろん幽霊になった安音はものに触れることもできないし、誰にもその姿を見ることが出来ない。はずなのだが、なんと男子クラスメートの榊洋人にだけは姿も見え会話もすることが出来るのであった。そして安音は彼の家に転がり込んで、常に彼と一緒に過ごすことになる。

 そんなマンガのようなストーリー展開なのだが、本作では中学校でのいじめの実態とその問題点にのめり込んで追及しているようだ。もしかすると著者自身のいじめ体験を小説化したのかもしれないね。
 あとがきで著者自身が認めているが、文章はやや稚拙でいじめ以外の内容は底が浅い感がある。ただいじめや友情に対する熱意だけはひしひしと伝わってくるため、同年代読者の圧倒的な支持を得たのだろう。そしてそのあたりが評価されたことこそ、本作が日本ケータイ小説大賞を受賞した理由かもしれない。

評:蔵研人

帰去来4



著者:大沢在昌

 主人公は亡父のあとを継いで警官になった志麻由子という美人婦警である。彼女は連続殺人事件の犯人逮捕のため、公園でおとりになっていたのだが、突然背後から犯人らしき人物に首を絞められてしまい意識を失ってしまう。
 その後彼女が目覚めた場所は、なんと光和27年という聞いたこともない時代だった。ただその時代背景や闇市が幅を利かせている街の雰囲気などは、まさに太平洋戦争直後の東京にそっくりなのだ。だが歴史や地名などが微妙に異なることから、過去にタイムスリップしたのではなく、全くの別世界つまりパラレルワールドに迷い込んでしまったのであろうか…。

 また現代では巡査部長でお荷物的存在だった由子だったが、この奇妙な世界では大出世して警視まで昇りつめている切れ者刑事だったのだ。ところがこの世界の由子は全く見当たらない。もしかすると由子の精神だけが、この世界の由子に転移してしまったのだろうか。いずれにせよ元の世界に帰れないのなら、なんとかこの世界で生き抜いて行くしかないと由子は決心するのだった。

 パラレルワールドと言えばSF小説のテリトリーなのだが、本作はSFというよりは「刑事もののミステリー小説」なのだと考えたい。たまたまパラレルワールドを「舞台装置」に使ったというだけなのであろう。そう考えないと余りにもSFらしくない顛末だし、超小型タイムマシンの発想はまるでドラエモンで、余りにもお粗末だからである。

 ただ本書はなんと500頁を超える分厚い単行本なのだが、あっという間に読了してしまうほど面白いことだけは保証しても良いだろう。それはドキドキワクワクさせるアクション系の際どいストーリーに加え、パラレルワールドはなぜ出現したのか、果たして由子は現代に戻れるのだろうか、もう一人の由子とは対面できるのだろうか、また連続殺人事件の犯人は逮捕されるのだろうか、などなどの謎を解明したいという読者心理をわしづかみにしているからである。まあいずれにせよ近いうちにTVドラマか映画化されるような気がしてたまらない。

評:蔵研人

少女がくれた木曜日3

著者:新井輝

 気が付くと、青山正吾は無限に続く巨大なチェス盤のような床の上に、独りきりで立ちつくしていた。ここがどこかは全く分からないし、直近の記憶もほとんど残ってないのだ。
 もしかするとこれは夢かもしれない…うんきっと夢に違いない。正吾が押し寄せる不安を拭い去ろうとしたとき、そこに突然トーカという名の少女が現れる。「正吾クン、これは夢じゃないよ」、なんと彼女は宙に浮いているではないか。

 正吾が迷い込んだのは「生と死の間の世界」だったのである。そして天使のようなトーカが語ったのは、実に摩訶不思議な事実であった。つまり正吾はある事故に巻き込まれて死んでしまったというのだ。ただ死んだ一日をあと三回繰り返すことが出来るらしい。
 なんだかよく理解できないまま、正吾は元の世界に舞い戻り、事故を回避しようとするのだが、なかなか運命に逆らうことができない。一体どんな事故なのか、どうすれば回避できるのか、それは読んでのお楽しみとしておこう。

 何度も同じ1日を繰り返すタイムループものと言えば、映画では『恋はデジャヴ』、小説では北村薫の『リセット』が有名だ。また蘇るたびに殺されてしまうというミステリーなら、西澤保彦の『七回死んだ男』がある。おそらく本作は、それらの作品群等をブレンドして創られた「学園ミステリー」と言っても過言ではあるまい。
 中盤からはドキドキ展開が多く、あっという間に読み切ってしまった。そしてハッピーエンドも嬉しかったのだが、正吾の謎解き部分はかなり無理があったね。またプロの作家としては、ストーリー構成が単調だし文章もいまいちかな…。
 

評:蔵研人

拝啓、十年後の君へ。4

著者:天沢夏月

 10年後に掘り起こすと約束し、小学生のころに埋めたタイムカプセルが今開かれる。幼い頃のひらがなばかりの文字と正直で純真な文面が懐かしい。だがそこには懐かしさだけではなく、現実の悩みとリンクする心の叫びが染みついていた。
 本書はタイムトラベル小説ではないが、タイムカプセルが「止まっていた心の時間を動かした」と考えれば、ある種のタイムトラベルなのかもしれない。

 さてタイムカプセルに詰まっていた少年少女の熱い思いを、10年後の彼らはどう受け止めるのだろうか。それが6人の悩める高校生たちの運命を変えてゆくパワーを生み出すことになるのだろうか。そしてその主役の6人については、それぞれにパートが独立していて、彼らが抱える特殊事情や心理状況が鮮明に描かれているところが嬉しいね。

 ひきこもりの少年少女、自分の意志をはっきりと伝えられない少女、自分の進むべき道を見つけられない少年などが主役である。そして青春時代の葛藤が巧みに綴られてゆく。だからこそ、若い読者たちはかなり共感できるのだろう。さらにはオープニングの「浅井千尋の章」と、ラストの「矢神耀の章」が、実に見事に繋がってゆくではないか。
 また暗い主人公が多いのだが、全般的に優しい世界観に包まれており、最後は皆前向きでハッピーに包まれるので安心して読めるだろう。天沢夏月作品は何冊か読んでいるが、本作の出来が一番かもしれない。
 

評:蔵研人

フォルトゥナの瞳 小説4

★★★★
著者:百田尚樹

 最近、神木隆之介と有村架純主演の同名映画を観たばかりなのだが、幾つか気になってたシーンがあり、それを確認するためにこの原作小説を読んだ。
 死が近い人の体が透けて見える能力を知った木山慎一郎が、恋人・桐生葵と幸せな人生を送るか、二人の不幸を犠牲にして幼稚園児を含む大勢の命を救うのかの選択に迷い、葛藤してゆく姿を描いてゆく物語である。また言葉を変えて言えば、SF風味を漂わせながら、ミステリアスでヒューマニズムを追求したラブストーリー、という贅沢な小説なのだ。

 慎一郎は、透けて見えた人を救うたびに自分自身の命が蝕まれてゆく。それなのに自分の命と恋人を裏切ってまで「見ず知らずの人を助ける」という気持ちが、私にはどうしても理解出来ない。確かに目の前に死にそうな人がいて、助けられるかもしれないのに、知らんぷりをするのは寝覚めが悪いかもしれない。
 だが本作の中で医者の黒川が言ったように、そんなことをしても誰にも感謝されないし、場合によっては変質者扱いされ、結局自分の命を削ってしまうだけじゃないか。それにある人を助けたとしても、それが殺人犯だとすれば、その反動で別の人が被害に遭うかもしれないのだ。だから簡単に人の運命を変えてはならない。

 またどうしても透ける人を見たくないのなら、外出時は濃いサングラスなどをして他人のことをなるべく見ないようにすれば良いではないか。それなのに慎一郎は外出の都度、キョロキョロし過ぎるし余計な行動が多すぎる。その慎一郎の神経質な心証に、ずっとイライラさせるところが本作の狙いなのかもしれない。だがラストがあれでは、救いどころがなさ過ぎて今ひとつ感動に結びつかないのだ。

 また本書を読むきっかけとなった「映画の中での気になるシーン」だが、かなり映画のほうに脚色があり、原作を読んでも全く解消されなかった。やはり映画には多少荒唐無稽でも見た目の派手さが必要だし、逆に小説のほうは心理描写に力点を置くことになるのであろうか。

 それから余計なことかもしれないが、本作の解説文には呆れてものも言えない。素人が気張りすぎたのかもしれないが、7頁の解説文の中にはほとんど本作の解説はなく、ただ百田氏の作品は全部おもしろいと記しているだけなのだ。
 あとは本書と関係のない私事をパラパラ綴っているだけなのである。この解説文を書いたのは素人なので、ある程度仕方がないとしても、こんな雑文をそのまま解説文として載せた新潮社の編集者の罪は大きいのではないだろうか・・・。

評:蔵研人


時間を止めてみたんだが3

著者:藤崎翔

 著者の藤崎翔はお笑い芸人だったが、6年間活動した後にお笑いコンビを解消。その後バイトをしながら小説を執筆し、様々な文学賞に応募を続ける。そして4年後の2014年にはじめて書いた長編ミステリー『神様の裏の顔』で第34回横溝正史ミステリ大賞を受賞して小説家デビューを果たす。 という苦労人タイプの小説家である。

 本作は勉強嫌いでおっちょこちょいな笹森陽太と、学力抜群の相沢がコンビを組んで犯人探しをする学園ミステリーである。そしてストーリーは笹森の「俺」という一人称視点の軽いコミカルタッチで、まるで高校生の日記の如く飾り気なしにテンポ良く進んでゆく。なんとなくお笑いコントネタを小説にした感があるのだ。

 さて主人公の笹森は、勉強も出来ないしスポーツもダメで、気が弱くていつも便利屋としてこき使われているのだが、ある日自分に特殊能力が秘められていることに気付く。その特殊能力とは、なんと「ひょっとこのような変顔をし、息を止めている時だけ時間を止めることが出来る」という信じられない超能力だった。

 ただこんな動作は長続きしないため、時間を止めると言ってもせいぜい30秒くらいだ。だから時間を止めて、誰にもバレないうちに出来ることは殆どなかった。せいぜい女の子の後ろに回って時間を止めて、ちょこっとだけオッパイをもみもみする程度だけだろう。そう考えた笹森はさっそく意中の女子2人に対してもみもみ作戦を開始するのだが・・・。いずれにせよ、時間停止能力がつまらないことばかりに使われていて、もう一捻りが足りないところが非常に残念であった。

評:蔵研人

4

著者:佐藤正午
 アルファベットの「Y」というタイトルの意味は、人生の分岐点と考えて欲しい。つまりあの日あのとき、もし別の選択をしていたら、現状とは全く異なる人生を歩んだかもしれない、ということで言葉を変えれば「パラレルワールドの世界」ということになる。

 1980年9月6日、井の頭線・渋谷駅のプラットホームで、ある青年がかねてより想いを募らせていた女性を見かけて、同じ車両に乗り込むところからはじまる。そして彼は車内で彼女に声をかけることに成功し、二人して下北沢で降りることになる。だが手違いが重なって、ドアが閉まる直前に、一度ホームに降りた彼女が再び車内に戻ることになってしまう。この電車はそのまま発車し、そして運悪く次の駅の手前で凄惨な事故に遭遇してしまうのである。

 それから18年後の8月に、主人公の秋間文夫は自宅で不審な電話を受ける。声の主は北川健と名乗り秋間の高校時代の親友だと言うのだが、秋間には全く心当たりがなかった。戸惑う秋間だったが、北川の必死な願いを受けて、彼の代理人と名乗る女性から、1枚のフロッピーディスクと巨額の預金通帳を受け取ることになってしまう。そして18年前に井の頭線で起こった大惨事の顛末を知ることになる。

 というような荒唐無稽でミステリアスな時間SFである。そして秋間文夫の現状の生活と、フロッピーディスクに記載されている北川健の過去の話が並行して語られてゆく。なんとこの創作手法もまた、ある意味でパラレルワールドなのであろうか・・・。

 本作は作中でも言及されているとおり、18歳から43歳までの25年間を何度も生き直す男の話を描いた、ケン・グリムウッドの『リプレイ』が下敷きになっている。さらに北村薫の『リセット、筒井康隆の『時をかける少女』、さらに映画『恋はデジャヴ』などを参考にしているようだ。

 いずれにせよ「あの日あの時、ああすれば良かった」「あの時に戻ってやり直しをしたい」という人間の永遠のテーマを描いたストーリーはかなり魅力的だ。もし私自身が現在の記憶を持ったまま過去の自分に戻れるとしたら、小学生になりたての頃に戻りたい。そして沢山の失敗を正してみたいのである。そしてその結果と現在の自分とを比較してみたいのである。もしかすると失敗ばかりの現在の自分のほうが、幸せなのかもしれないことを確認するために・・・。

評:蔵研人

不思議の扉 時をかける恋4

編者:大森望

 翻訳家・書評家でとくにSFに造詣の深い大森望氏が選んだ「タイムトラベルロマンス」の短編小説6編が収録されている。その中身を並べると次のようになる。

「美亜へ贈る真珠」著者:梶尾真治
 タイムトラベルロマンスの達人である"カジシン"さんの処女作にしてかつ名作と言って良い作品。航時機という名のタイムマシン、その装置の中と外では時間の流れが異なっている。航時機に乘り込んだ男性を、外から見守るしかない女性のいじらしさと切なさを描いたポエムのような小品だ。

「エアハート嬢の到着」著者:恩田陸
 長編小説『ライオンハート』の中の一節である。時代を超えて何度も出会う恋人同士の話で、ロバート・ネイサンの名作『ジェニーの肖像』の本家取りである。

「Calling You」著者:乙一
 一時間時間のずれた「こころの電話」で知り合う男女の悲しく切ないラブストーリー。『きみにしか聞こえない』といういうタイトルで映画化されている。

「眠り姫」著者:貴子潤一郎
 授業中に居眠りばかりしていた少女が、どんどん睡眠時間が長くなり目覚めるのに数年間もかかるようになるという話。手塚治虫の短編『ガラスの脳』も同じような話だが、本作のほうが後に書かれているので、手塚作品を参考にしたのかもしれない。

「浦島さん」著者:太宰治
 太宰の小説なのでSFというよりは、昔話を皮肉とイヤミでくるんだ作品なのだろうか。竜宮との時間差、そして乙姫へのあこがれということで、実験的に本書に掲載したのかもしれない。

「机の中のラブレター」著者:ジャク・フィニイ
 『ゲイルズバーグの春を愛す』の中に納められていた『愛の手紙』福島正実訳を、大森望の新訳にしてタイトルを変更したものである。古い机の引き出しを介して文通をする話で、韓国映画『イルマーレ』が影響を受けているようだ。さていつもながらだが、ジャク・フィニイの作品は、古き良き時代の風景描写が巧みだよね。

評:蔵研人

クロノス・ジョウンターの伝説4

著者:梶尾真治

 タイトルのクロノス・ジョウンターとは、正式名称を『物質過去射出機』という。人や物を過去の目的の時と場所へ放り込む装置、要するにタイムマシンである。ただその性能には幾つかの大きな問題があった。最大の問題は、人も物も過去では数分間しか滞在できないということである。後に過去での滞在時間を引き延ばす装置が発明されるのだが、それでもせいぜい数十時間しかもたない。

 しかも現在に引き戻されるのではなく、現代と過去の長さが長いほど、遠い未来へ跳ばされてしまうのである。いわば時間流に逆らった罰金のようなものであるが、跳ばされた人間は浦島太郎状態になってしまうのだ。さらに過去のものを未来に携帯できないという制約もあるらしい。

 本書はこんな開発途上のクロノス・ジョウンターを巡るタイムトラベルラブストーリー集であり、次の中編4話で構成されている。
第1話 吹原和彦の軌跡
 愛する女性を大惨事から救うために、まだ実験途中のクロノス・ジョウンターで、無理矢理過去へ跳んだ吹原和彦の話。この頃はクロノス・ジョウンターが開発されて間もない頃なので、過去では数分間しか滞在できず、彼は何度も搭乗を繰り返すことになる。

第2話 布川輝良の軌跡
 布川輝良がクロノス・ジョウンターに搭乗した頃は、当初より過去での滞在時間を引き延ばす装置が発明されたのだが、それでもせいぜい数十時間しかもたないという。彼の場合は吹原和彦と違って正式な実験に応募し、会社から未来へ戻った場合の保証も与えられている。また彼が過去へ跳ぶことを希望した理由は、過去にしか存在しない建物を見るためであった。さらに過去で偶然理想の女性と遭遇するのである。

外伝  朋恵の夢想時間
 本作だけはクロノス・ジョウンターではなく、クロノス・ジョウンターと並行して開発されていたクロノス・コンディショナーと呼ばれるタイムマシンに搭乗し、自分の忌まわしい過去を改変しようとした角田朋恵のお話。なおクロノス・コンディショナーは、物質を過去に運ぶのではなく、精神だけを過去の自分に送り込むという装置なので、クロノス・ジョウンターのように数時間後に反動で未来に跳ばされるようなことはない。

第3話 鈴谷樹里の軌跡
 子供の頃に病院で知り合ったヒー兄ちゃんは、難病「チャナ症候群」に罹って27年の生涯に終止符を打ってしまう。そして19年後、鈴谷樹里が女医となった頃に、「チャナ症候群」を治す薬品が開発されていた。彼女はその薬を携え、クロノス・コンディショナーに搭乗し、ヒー兄ちゃんを救いに19年前に跳ぶのであった。
 

評:蔵研人

不思議の扉 時間がいっぱい

★★★☆
編者:大森望

 翻訳家・書評家でとくにSFに造詣の深い大森望氏が選んだ「時間テーマ」ものの短編小説7編が収録されている。その中身を並べると次のようになる。

「しゃっくり」著者:筒井康隆
 時間が何度も繰り返すお話なのだが、一人だけではなく全員の記憶が残っているところがユニークである。ただ1966年に発表されたものなので、やや陳腐化してしまった感が否めない。

「戦国バレンタインデー」著者:大槻ケンヂ
 ゴスロリ少女が戦国時代にタイムスリップし、そこで同年代のお姫様と意気投合という軽くてポップなお話である。

「おもひで女」著者:牧野修
 幼い頃の記憶の中に恐ろしい女が立っている。その女は時間の中を少しずつ現在に向かって近づいてくる。といった恐ろしい記憶ホラーの傑作であり、本書の中では一番面白かった。

「エンドレスエイト」著者:谷川流
 本書の中では一番長く、他の短編の2倍以上あるのだが、正直一番退屈であった。内容はタイトルの如く夏休みの8月17日から31日までを1万回以上繰り返す話なのだが、読者にはその感覚が全く伝わらず著者だけの独りよがりな感がある。

「時の渦」著者:星新一
 時間が過去に向かって空転しながら、人間だけを回収するという摩訶不思議なお話。初出は1966年だが、全く古くささを感じない。さすがショートショートの名手である。

「めもあある美術館」著者:大井三重子
 摩訶不思議な美術館での出来事を綴った児童文学の名作。

「ベンジャミン・バトン」著者:フィツジェラルド
 産まれたときは老人で、だんだん若くなり最後は赤ちゃんから無にというベンジャミン・バトンの生涯を駆け足で描いた小説。どちらかと言えば、ブラッド・ピット主演の映画のほうが印象的である。

評:蔵研人

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