時帰りの神様

著者:成田 名璃子

 北鎌倉の静かな一角に佇む、一条神社。参拝客もまばらなこの神社を切り盛りするのは、イケメン神主・若宮雅臣と、美しい妹巫女・汀子の兄妹である。一見なんの変哲もない、時代に取り残されたような古びた神社。だが、ここにはある特別な力が秘められている——それは「過去へ時帰り(タイムリープ)できる」という不思議な力である。

 本書は、雑誌に掲載された短編5話を収めた作品集であり、川口俊和の『コーヒーが冷めないうちに』の“喫茶店”を“神社”に置き換えたような構成とも言えるだろう。どの物語も、過去に戻り、やり直したい瞬間と向き合う人々の心の旅を描いている。

各話のあらすじ:

第1話『この胸キュンは誰のもの』
 女子高生の頃、思い切ってイケメンのクラスメートに告白したものの、その後悔を抱え続ける20代半ばの女性が、もう一度“あの日”の自分と向き合う物語。

第2話『想い出の苦いヴェール』
 管理職としての重責に疲弊し、平社員時代の自由を懐かしむ中年男性が、自らの初心と再会する物語。

第3話『高くついた買い言葉』
 初めての子育てに追い詰められ、夫との些細な言い争いを悔やむ女性。母となった自分の弱さと向き合いながら、夫婦の絆を見つめ直す女性の話。

第4話『永遠の縁日』
 転校が決まった親友と最後に夏祭りへ行けなかった——そんな後悔を胸に秘めた小学生が、子どもながらに友情の重みを知る一篇。

第5話『だいすき』
 事故で幼い娘を失った夫婦が、彼女と過ごした最後の日へと時帰りする。子どもを育てたことのある読者なら、きっと涙を禁じ得ないだろう。

 著者がライトノベル出身ということもあり、どの物語も重すぎず、暗さや陰惨さを極力避けた、優しく穏やかな語り口で貫かれている。心温まる雰囲気に包まれながら読み進められるのは、本作の大きな魅力の一つだろう。

 ただ、物語がすべて「過去の後悔を癒す」という同じ構図の繰り返しであるためか、読み終えた後にはやや物足りなさを感じたのも事実である。またもう一歩踏み込んだ心理描写や、想定外の展開があれば、より深みが増したのではないかとも思う。とはいえ、人生の機微にそっと寄り添うような、静かで優しい短編集として、多くの人の心に小さな余韻を残すことだろう。

評:蔵研人

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