
★★★★
製作:2024年 日本 上映時間:131分 監督:安田淳一
本作はもともと自主製作映画として池袋シネマ・ロサの一館のみで静かに封切られた。ところが、口コミによって評判が広まり、やがてギャガが共同配給に加わることとなる。新宿ピカデリーやTOHOシネマズ日比谷をはじめ、全国百館以上での順次拡大公開へと発展し、異例の大ヒットを記録した。さらに第48回日本アカデミー賞では、ついに最優秀作品賞を受賞する快挙を成し遂げたのである。
物語の舞台は幕末の京都。会津藩士・高坂新左衛門は、家老から長州藩士討伐の密命を受ける。標的の男と刃を交えた瞬間、落雷に見舞われ、彼は気を失ってしまう……。目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所であった。新左衛門は自らが時を越えてしまったことに気づかぬまま、撮影の現場に紛れ込んでしまう。
やがて彼は、江戸幕府がすでに滅び、時代が大きく変わったことを知り、愕然とする。一度は死を覚悟するが、心優しい僧侶夫婦に助けられ、やがて“時代劇の斬られ役”として新たな生を歩む決意を固めるのだった。
自主製作ゆえに有名俳優の出演はないものの、主演の山口馬木也をはじめ、各俳優がそれぞれに味わい深い演技を見せている。特に僧侶夫婦の存在は『男はつらいよ』の“おいちゃん夫婦”を思わせ、観る者の頬を自然に緩ませる温かさがあった。
侍の現代へのタイムスリップを描いた作品は『満月』や『ちょんまげぷりん』など過去にも存在するが、本作はそれらとは一線を画している。コメディの体裁をとりながらも主人公は終始真摯であり、終盤には真剣を手にした本格的な殺陣が展開される。その中で浮かび上がるのは、時代を超えて受け継がれる武士道精神の凛とした輝きである。
衰退が囁かれる時代劇というジャンルにおいて、本作はまるで新風のような力強さと説得力を放っている。次回作では、もう少し潤沢な資金を得て、ぜひ“本物の時代劇”を堂々と撮り上げてほしい————そう願わずにはいられない。
評:蔵研人
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