
★★★☆
著者:畑野 智美
畑野智美作品を手に取ったのは本作が初めてである。1979年、東京都に生まれた彼女は、2010年『国道沿いのファミレス』で第23回小説すばる新人賞を受賞し、文壇に登場した。以降、青春小説や群像劇、恋愛や人間関係を主題にした作品を多く発表し、『海の見える街』などでは吉川英治文学新人賞の候補にもなっている。
彼女の文体は、堅苦しさがなく平易でありながら、読後にはどこかに残る“余韻”のようなものを湛えているという評価が多い。比喩や描写も丁寧で、登場人物の内面や情景の陰翳を細やかに描き出す力量を感じさせる、との声もある。
ただ、本作に限って言えば、一人称という形式ゆえか、どこか日記風の口調が強く、文体がやや粗く感じられる場面もあった。とはいえ、それが作品の魅力を損ねているわけではなく、むしろ、語り手の素直な感情がページを通じて直接伝わってくる。気づけば、物語に引き込まれ、一気に読了してしまった。
タイムマシンによって過去に戻り、かつて事故に遭った彼女を救おうとする——そんな冒頭の設定から、読者は本作を典型的なSFだと受け取るかもしれない。しかし、早々に「過去は変えられない」という現実的な結論が突きつけられ、そのテーマはやがて静かに幕を下ろす。そして物語は、主人公がまったく異なる人生を歩む展開へと移っていく。
それが幸福なのか、不幸なのか。明確な答えは提示されない。ただ、読後に残るのは、「何かが足りない」という、わずかな喪失感である。
過去への介入の不確かさを、パラレルワールドという構造で補完しようとする姿勢には、誠実さを感じる。だが、物語全体としてはやや焦点が定まらず、テーマも拡散していく印象が否めない。ラストも、解釈の幅を持たせたかったのだろうが、やや説明不足のまま終わってしまった感がある。
とはいえ、登場人物たちの心の動きや、選択の重みを静かに描き出そうとする筆致には、著者ならではの視点が確かに息づいている。他の作品にも触れてみたくなる、そんな余韻を残す一冊だった。
評:蔵研人
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