どこよりも
★★★☆
著者:阿部暁子

  本作は集英社オレンジ文庫だから、表紙がアニメのような挿絵で飾られた、ロマンチックで軽い文体の若者向けライトノベルということになる。なんとまさにその通りなのだが、おじさんも青春時代を思い出しながら楽しく読ませてもらった。

 ストーリーは主人公の月ヶ瀬和希が、夏の初めに采岐島の「神隠しの入り江」で少女が倒れているのを発見するところからはじまる。少女の名は七緒といい、和希と同年齢の16歳である。そして彼女は記憶喪失で身元不明だという。だが実はもともと彼女が住んでいたのは1974年で、43年後の2017年にタイムスリップしてきたのだった。

 時を超えて和希と七緒は次第に淡い恋心を抱いてゆくのだが、本作は単純なラブストーリーではない。まず和希の家庭環境が複雑であり、なんと父親は殺人罪で逮捕されている。
 そんな背景から離島にあるシマ高を選んで転校してきた和希なのだが、そんな彼にいつも影のように纏わりついてくる親友の尾崎幹也の存在、さらに行き場のない七緒を保護した芸術家の高津と担任の仁科先生との関係。などなど主人公の和希を取り巻く人々の群像劇もなかなか興味深いのだ。

 そして七緒の正体と感動のラストシーンは、実によく煉り込まれているではないか。ただ惜しむらくは和希と七緒のストーリーが少な過ぎるのである。もっといろいろな思い出を織り込んでいれば、流石のおじさんもラストシーンでは涙に濡れまくっていたことだろう。さてさてもし本作を映画化することがあるなら、その辺りをもう少し強化する必要があるかもしれないね。

評:蔵研人