著者:山田太一
かなり昔出版された小説で、確か映画も上映されていたはずである。なにしろ出だしから最後迄ずーと面白いし、文庫本で220頁の薄い本なので、あっという間に読み終わってしまった。内容は荒唐無稽でちょっと変わった作品だが、SFやホラーというジャンルではなく、純文学でもない。
そこには山田太一ワールドが広がっていた、というより言いようがない。登場人物は死んだはずの父母と、恋人、友人、別れた妻と圧倒的に少ないのに、なんとなく賑々しい感じがするのも不思議なのだ。たぶんそれは自分よりずっと若い父母と、浅草の街の取り合せが、実にしっくりとしていて、陽だまりのようなノスタルジーを肌に感じたからであろう。
この若い父母は主人公が小さい頃に、交通事故で亡くなったはずなので、結局は幽霊ということになるのだが、どちらかというと主人公が異世界へ迷い込んだと言っても良いかもしれない。
私自身も父が亡くなった年令から二回り以上超えてしまったし、とうとう亡母の年令もとっくの昔に超えてしまった。それで他人ごととは思えず、まるでこの小説の中で、自分自身も亡父母に巡り会ったのかと錯覚してしまい涙々の嵐なのだ。
それにしても昔の人は皆しっかり者だった。30才を過ぎれば皆一人前の大人だったし、うだうだ言わずによく働いていたと思う。だから父親は頼りがいがあったし、反面怖い存在でもあった。一方母親は優しく、自分の事よりいつも夫や子供のために生きていたものだ。
この作品に登場する亡父母に、自分の亡父母の影が重なり、私の心も父母が生きていた時代に跳んでしまった。こうなったら、もう涙が流れ出して止まらないのだ。ただ同時進行してゆく胸に火傷の跡がある女との恋は、切なくもの悲しい。そしてラストには、用意周到なドンデン返しが待ちかまえているのである。
この手のお話を理解するには、少なくとも40年以上の人生経験を積んでいないと辛いかもしれない。とはいっても、きっと若い人達にも何かを感じるところがあるはずである。
評:蔵研人