著者:風野潮

 中学時代に、今は亡き親友が、タイム・カプセルに遺した40粒の魔法のドロップ。オバさんになった菜穗子がこれを舐めると、甘い想い出とともに、肉体は中学生に逆戻りしてしまうのだ。だが一粒一回の効果は、たった2時間17分だけであった。
 そしてひょんなことから、息子の要が所属するバンドに、ボーカルとして参加することになってしまう。若かりし日の夢が叶うことは嬉しいのだが、たった2時間17分だけのシンデレラなのである。だがこの「2時間17分」というのがポイントなのだ。もっと長い間戻らなければ帰る家もなく、自分を知っている人もない「浦島太郎」のような孤独な世界に放り出されてしまうからである。

 このドロップの魔力は、タイムスリップという訳ではなく、肉体を一時的に若返させてくれるだけ。だから過去の時代に戻るのではなく、現在の自分の精神のまま肉体だけが若返るというしかけである。
 野部利雄の『タイムスリッパー』というコミックでも、やはり中年の主婦が急に高校生になってしまうのだが、こちらは肉体だけではなく、記憶や精神も過去の自分に入れ替ってしまうという設定だ。つまり過去の自分が現在(過去の自分からみれば未来に)タイムスリップしてくる(同時に現在の自分は別の時代にタイムスリップしてしまう)ということであり、本作の設定よりはかなり複雑である。

 逆にいえば本作の設定は単純で、どちらかといえばジュブナイル・ファンタジーの勾いがする。著者の風野潮は、1998年に『ビート・キッズ』で講談社児童文学新人賞を受賞しているので、彼の作風からして当然といえば当然なのかもしれない。
 タイムスリップものを期待すると裏切られることになるが、青春時代にやり残したことをやり遂げてみたいと考えている人には、必ず愛しい作品になるはずである。もしこんな魔法のドロップがあったら、貴方ならどう活用するかな?僕の場合は、若返りではなく一時的に「時間のスピードを変えるドロップ」か「スーパーマンになるドロップ」が欲しいな。

評:蔵研人