著者:梶尾真治
タイムトラベルファンタジーの名手である梶尾真治の短編集である。書き下ろしではなく、既に発表されたものを集めたので、梶尾ファンなら読了したものが数編混ざっているかもしれない。
全部で11作だが、得意のタイムトラベルものは、表題の「時の”風”に吹かれて」と「時縛の人」だけである。だがそれ以外の9作も、それぞれ独自の味がしてなかなか楽しめた。
以下に11作について、簡単なレビューを書いておこうか。
1.時の”風”に吹かれて
尊敬していた画家の叔父が遺した、白藤札子という美しい女性の絵。叔父が生涯独身を通したほど愛した女性でもあった。だが残念ながら、彼女は昭和36年のデパート火災で一命を落している。
そして彼女は、主人公の恭哉にとっても、憧れの女性であったのだ。友人がタイムマシンを開発したことを知り、彼は昭和36年に戻って白藤札子を救おうと決意する。
著者が得意とするリリカルな作品であり、11作の中でも一番心に残る作品であった。
2.時縛の人
これもタイムマシンものであるが、前作とは全く異なる作風である。時間は瞬間の積み重ねという哲学の名句から、タイムマシンは「だるま落とし」の基本原理を使って過去に移動する。
ところがその「だるま落とし」理論に見落としがあったため、過去に遡った途端に大変な問題に遭遇するのだ。
3.柴山博士臨界超過!
4.月下の決闘
5.弁天銀座の惨劇
3~5の3作とも、筒井康隆風味のドタバタナンセンス調が気に入らない。既に古い感性のSFで、どちらも僕の好みではなかった。
6.鉄腕アトム/メルモ因子の巻
鉄腕アトムのオマージュであろうか。まるで手塚治虫の鉄腕アトムが、そのままマンガから小説の世界に入り込んだようだ。巧い!思わず手を叩きたくなる梶尾アトムだった。
7.その路地へ曲がって
別世界のような路地裏に住んでいる年をとらない母に巡り合う息子の話。心の中に潜むノスタルジーを呼び起こすような珠玉のストーリーだ。
8.ミカ
ある日突然、飼い猫が人間の女に見えてしまう哀れなお父さんのお話。家族に対する苛立ちが産んだ妄想なのだろうか。
9.わが愛しの口裂け女
結婚した女が、実は口裂け女だったのだが、死ぬまで彼女を愛し続けた父親の話。とてもいい話なのだが、ラストにもう一工夫出来なかったのだろうか。
10.再会
11作の中で、唯一SF味のしない作品である。ゼンちゃん存在がファンタジックではあるが、純文学風のあっさりとした味わいがあった。
11.声に出して読みたい事件
3頁程度のショートショートだからしかたないが、ちょっと馬鹿にされたようなお話だったね。
評:蔵研人