著者:西澤保彦
いゃ~驚いたな、それにしてもなんと面白い小説なのだろうか・・・。だから朝の出勤時に読み始めて、帰りの電車では一気に読了してしまった。西澤保彦の本は、『七回死んだ男』以来だったのだが、どうやら「SFミステリー」というジャンルを確立しそうな勢いを感じてしまったな。
さてストーリーをかいつまんで紹介しようか。
主人公の永広影二は、東京の大学で助教授をしていて、郷里に帰るため羽田から飛行機に乗る。搭乗前に空港から実家にいる姉の美保に電話を入れると、『月鎮季里子』の小説を買って欲しいと頼まれる。月鎮季里子とは姉の昔の恋人であり、現在は東京で小説家になっているというのだ。
そう、姉の美保はレズビアンだったのである。そして季里子とかけ落ちする予定が、父の急死によって中止になり、意に反して家業の食堂を継ぐ羽目になってしまったのだ。
「父の死」、それは23年前に郷里の砂浜で起きた殺人事件であり、今だに犯人が捕まっていない謎の事件である。もしこの父の死がなければ、美保も無理に養子をとって家業を継ぐ必要もなく、東京で季里子と幸福に暮らしていたはずだ。だが弟の影二を大学に入れるため、自己犠牲を選択してしまったのである。
そうしたやり切れない過去が、たえず影二を悩ましていた。さてこの日は珍しく、昔美保が編んだセーターと、やはり美保にもらった腕時計を身につけていた。
そして郷里の空港へ着陸した途端に、影二は23年前の世界へタイムスリップしてしまうのである。そこで偶然、まだ14才だった天才少女・月鎮季里子に出会い、3日後に起こるであろう、父の死を阻止することを決心するのだった。
・・・とまあざっとこんな感じで話が展開してゆくのだが、タイムトラべルやそのために引き起こされる「タイムパラドックス」についても、これでもかとばかり丁寧に解説されているのが嬉しい。
ところで、新貨幣やクレジットカードなどは、過去に持って行けない。また手帳やボールペンは持って行けるものの、他人に渡すと消えてしまう。などなど、余り理論的ではない設定が気になったが、アイデアとしてはとても面白いではないか。もちろん作者も、このあたりは熟知していて、クドクドと言い訳がましい文章を繰り返していた。
ではなぜそうした設定に拘ったのだろうか。例えば未来の品物を持ち込むことによって、歴史を歪めないためだとしたら、なぜ影二自身がタイムスリップ出来たのだろうか?
その疑問については、作者が先回りして言い訳をしているのだが、なにかすっきりしなかったことは否めない。まあそれはそれとして、前半のノスタルジックな描写と、終盤の犯人探しに加えて父親が助かるのかどうか、の展開はハラハラドキドキで、ミステリー作家の面目躍如といったところだろうか。
ただハッピーな終わり方は良いとしても、余りにもご都合主義過ぎる結未は、この作品の価値を少し下げてしまったような気がしてならない。もし終わり方さえもっと上手にまとめていたら、広瀬正の『マイナス・ゼロ』に並ぶ大名作に仕上がったのではないだろうか。そう考えるとつくづく残念あり、もったいない気分が充満してしまうのである。
評:蔵研人