著者:石田衣良
直木賞作家である著者が、満を持してSFに初挑戦した大作である。本作を書くにあたって、著者は「現在日本の出版界は社会的リアリズム全盛で、SFやファンタジーなど想像力に傾斜した小説は商売にならないといわれている。天邪鬼なぼくは、今こそファンタジーを始める時期だと思う」と語ったそうだ。
SFファンにとっては非常に嬉しく、心強い言葉である。そしてかつてのようにSFブームを巻き起こしてもらいたいと願う。さてこのように期待は大きく膨らんだのだが、残念ながら従来のSFの殻を打ち破るほどの大殊勲はあげられなかった。
ストーリーは、脳腫瘍を病む主人公瀬野周司が、その激しい痛みとともに200年後の世界へ「精神だけ」タイムリープする。だがその未来は暗く、黄魔と呼ばれる生物兵器に汚染されていた。
人々はその黄魔から身を守るため、2kmの巨大なタワーを作り、その中でヒエラルキー社会を構築しているのだった。そうしたタワーのひとつで旧新宿にそびえるのが、『ブルータワー』なのである。
瀬野周司の精神が移転する体は、そのタワーの最上階近くに住み、ブルータワーの特権階級の一人セノ・シューであった。彼は正義感に燃え、黄魔から世界を救おうと、未来と現代を何度も往復するのである。
ここまで話せば、映画ファンならなんとなく『マトリックス』『バイオハザード』『ハイライズ』等を組み合わせたような臭いを感じるであろう。もう少しオリジナリティーが欲しかったね。
またハッピーな結末は良いのだが、あの親切過ぎるエピローグは、不要だったのではないだろうか。だからと言って決して駄作ではないし、つまらない作品でもない。余りにも期待を膨らませ過ぎた裏返しなのだろう。著者の次回SF作品に期待したいところだ。
ところで小説としてはいま一つだった本作だが、映画化すればかなりヒットしそうな気がする。ただ大人の視覚に耐えられる作品に仕上げるには莫大な製作費が必要となるので、日本だけの配給では難しいかもしれないね。
評:蔵研人