著者:宮部みゆき
やっとこの分厚い本を読み終わった。頁数は425頁だが、小さい字で2段に組んでいるので、実質は約800頁近くあるのではないだろうか。
ストーリーのほうは、予備校受験中の主人公・尾崎孝史が、ひょんなことから昭和11年にタイムスリップしてしまい、そこで二・二六事件と絡んだ、蒲生邸で起きた『ある事件』に巻き込まれてしまうという流れである。
あとがきで著者も述懐しているが、二・二六事件については、深く掘り下げて研究しているわけではないし、それ自体をテーマにしている訳でもない。あくまでも、運命の4日間の中で『蒲生邸に起きたある事件』と、『蒲生邸に住む人々の奇妙なお話』がメインテーマであり、二・二六事件はその伏線に過ぎないのだ。
またタイトルから想像すると、『クラシカルミステリー』の趣が漂ってくるのだが、この小説が日本SF大賞を受賞していることからも、タイムスリップに照準を合わせていることがわかる。ただ本格的時間テーマSFとするならば、その理論構成やストーリー展開にもう一工夫して欲しかった。
例えば主人公が現代に帰る場合に、昭和11年と同時間が経過しているというのも説得力がない。これでは1年単位のタイムスリップしか出来ないことになるが、そのことの説明が全くなかったと思う。
また個人レべルの小さな過去は変えられるが、歴史の大きな流れは変えられない、とする理論にはそれなりに納得するのだが、それでも過去を変えた場合は、パラレルワールドの存在を無視することは出来ないはずだ。しかしこの小説ではパラレルワールドについては、一切触れていない。それならば、いっそ小さなことであっても過去の事象は、一切変えられないということにしてしまったほうが、正解だったのではないだろうか。
宮部さんの作品には、ミステリーやらSFやら社会派推理やらの多重ジャンルものが多いので、今回もたまたまSF大賞を受賞したものの、やはりジャンルの定まらない作品だったのかもしれない。また読者がタイムスリップ理論にうるさくこだわる人でなければ、どうでも良いことだし、そもそも過去へのタイムスリップ自体が、あり得ない事象なのだからむきになるなと反論されればそれまでである。
SF的にはつっこみ処が多いものの、全搬的には良く出来た小説だと思う。前半の約1/3は、淡々とした展開に少々退屈だったが、孝史が『美少女ふきの末来を救う』ことを決意するあたりから、俄然心のエンジンが全開となってしまった。
もしもラスト近く、過去と現代が繋がる部分の描写で、広瀬正の『マイナスゼロ』や、米国映画の『ある日どこかで』を思い浮べる人がいたらかなりのSF通であろう。
とにかく宮部さんの粘り強い情報収集力には、いつもパワーを感じるし、情報とストーリーとの巧みな融合センスには、いつも驚き感心してしまうのだ。
評:蔵研人