著者:原田康子
1988年に新潮文庫として発行されているが、現在は絶版になっているようだ。その後映画化されているのだが、まずは原作小説のほうから紹介しよう。この約600ページのクソ分厚い文庫本を何日持ち歩いただろうか。決して難しい小説ではないのだが、それにしてもこの本と同じく、とても重い読了感が残った。
満月の夜に、300年前から杉坂小弥太という侍がタイムスリップしてくる、というSF仕立てのお話である。だがその設定さえ除けば、小弥太と野平まりとの甘く切ないラブストーリー以外の何物でもない。
呪術によって300年の時を超えるという理屈や、マリとの初遭遇シーンについては、かなりいい加減な感じがするが、『ラブストーリー』なのだと思えば、いたしかたなかろう。
話の展開は、まりの視点で進んでゆくが、山の天気のようにコロコロ変わる女性の心理描写を、実に見事に描いている。さすがに女性作家であり、一見正反対に見える「まりと祖母の両者ともが」著者の分身なのかもしれない。
恋人に300年前の待を用いたのも、著者の理想の男性像を満たすためであろうか。りりしく、たくましく、強く、辛抱強く、それでいて優しく、その上誠実で、純情な男性など、すでに現代には存在しないからだ。そのうえ美男とくれば、世界中の女性が放っておかないだろう。
変に誤解されても困るが、小弥太は男性の私にとっても、素敵な男なのだから・・・。
結局二人は、最後まで本格的なエッチをしないのだが、まりの過激な心情と、小弥太の純真でひたむきな愛情が、実に見事に絡み合い、年甲斐もなくドキドキしてしまった。
繰り返すようだが、SFとしてはほとんど評価出来ないので、ラブストーリーとして読むこと。ただ菩提寺の過去帳と、水戸藩の快風丸、コタンのトーテンポール、易者の予言の全てが繋がるところが、著者の面目躍如といったところであろう。
評:蔵研人