作者:谷口ジロー
48歳の会社員中原博史は、京都出張が終わって、真直ぐに東京の自宅に帰るつもりだった。ところが無意識のうちに、フラフラと故郷・倉吉へ向かう特急列車に乗ってしまう。そして変わり果てた倉吉の街中を、トボトボと歩いているうちに、いつの間にか亡き母の菩提寺へ来てしまった。そして亡母の墓前で、昔のことをあれこれと考えていた・・・。
彼の父は彼が中学生のときに、母と自分と妹の三人を残して、突然謎の失踪をしてしまったのだ。その後二人の子供と体の弱い祖母を抱えて、母は一人で夢中になって働き、子供達が独立するのを待っていたかのように、過労のため若くして亡くなってしまったのである。
母の墓前で昔のことを思い出しながら、うとうとして気がつくと、博史は心と記憶が48歳のまま、14歳の中学生に変身していたのだ。信じられないことだが、町に戻るといつの間にやら、そこは懐かしい34年前の故郷の風景に戻っていて、無くなってしまったはずの実家も復活しているではないか。もちろん家には父も母も祖母も妹もいた。つまり34年前の自分の体の中に、48歳の自分の心がすっぽりとタイムスリップしてしまったのである。
この手の展開はケン・グリムウッドの『リプレイ』と全く同じ手法である。ただ『リプレイ』の場合は、未来の記憶を利用して博打や株で大儲けし、美女を思いのままにしたり、という派手な展開であった。そしてある年齢に達すると、再び青年時代に逆戻りを何度も何度も繰り返すというパターンなのだ。
本作『遥かな町へ』は小説ではなくマンガであるが、『リプレイ』のような派手な展開や時間ループはなく、じっくりと、ほのぼのとしたノスタルジーを喚起させてくれる大人向けの作品なのである。さて中学生に戻った博史は、実務で鍛えた英語力と落ち着いた雰囲気で、高嶺の花だった長瀬智子に好意を持たれて、彼女とつき合い始めるようになる。
そして優しく美しい母、働きもので誠実な父、明かるくオテンバな妺、父母の巡り合いを教えてくれる祖母たちとの、懐かしい生活が続くのだった。そんな楽しい中学時代を過ごしていくうちに、いよいよ父が失踪した日が近づいてくる。
人は皆、もう一度人生をやり直せたらと、考えたことが必ずあるに違いない。でもそれは現在の記憶を持ち続けると言う事が条件だろう。そうでなければ、結局はただ同じ事を繰り返すだけで、全く意味がないからである。
しかしながら赤ん坊のときから、以前の記憶を持ち続けてしまったら、きっと化物扱いされるだろうし、自由にならない身体にイライラしてしまうに違いない。だからこの手のストーリーは、ほぼ示し合わせたように、青年時代あたりに戻るのであろう。
もし自分も同じように、現在の記憶を持ったまま過去に戻るとしたら、どうしようか・・・だがそれは無しにしたい!。古い懐かしい思い出は、美しく改竄されたまま、そっと心の中にしまって置きたいし、再びふりだしに戻って生きてゆくことが、とても面倒な年令になってしまったのであろうか。
評:蔵研人








