タイムトラベル 本と映画とマンガ

 本ブログは、タイムトラベルファンのために、タイムトラベルを扱った小説や論文、そして映画やマンガなどを紹介しています。ぜひ気楽に立ち寄って、ご一読ください。

 タイムマシン、タイムトラベル、タイムスリップ、時間ループ、パラレルワールド、時間に関係する作品を収集しています。まだまだ積読だけで読んでいない作品がたくさんあるのですが、順次読破したら本ブログにて感想を発表してゆきますね。

ジャケット4

製作:2005年 米国 上映時間:103分 監督:ジョン・メイバリー  主演:エイドリアン・ブロディ、キーラ・ナイトレイ

 主人公ジャックは、心優しいのが災いし、湾岸戦争で少年に頭を撃たれるが、奇跡的に一命を繋ぎとめる。しかしその傷のおかげで、過去の記憶が消失してしまう。
 この悲しき兵士を、『戦場のピアニスト』のエイドリアン・ブロディが好演する。その後彼は、あてもなく彷徨ううちに、警官殺しの濡れ衣をかけられて逮捕されてしまう。しかし裁判で障害者と認定され、精神病院に収容されるのだった。

 そこでは、強度の障害者に対して、奇妙な治療実験を行っていた。患者に麻酔をかけ、拘束衣(ジャケット)で身動きを奪い、死体保管庫に数時間閉じ込めるのである。
 ジャックは死体保管庫の中で、苦痛と狂気に苛まれるうち、過去の記憶が断片的にフラッシュバックし、一瞬にして15年後の未来へ跳んでしまう。そしてストーリーは、ここを起点として大きく変貌してゆくのである。

 妻殺し未遂で精神病院に入院した患者に、『007カジノロワイヤル』のダニエル・クレイグ、ジャックの恋人役ジャッキーには、キーラ・ナイトレイと豪華なキャスティング。そして主演のエイドリアン・ブロディーは、心優しい表情といい、痩せこけた風貌といい、まさにピッタリハマリ役だった。
 生き馬の目を抜くような現代において、心の優しい人は損をする。だがそれは現世という束の間の思い出に過ぎない。来たるべき世界では、必ず報われるはずだ。
 死体保管庫の中は、決してタイムマシンではない。主人公が跳んで行くのは、彼の妄想と怨念が創り出す次元を超えた精神世界なのだろう。そこには、宗教的な香りのする死生観が漂っている。いずれにせよ、ジャックは辛い現世から開放されたのではないだろうか。

評:蔵研人

ステイ3

製作:2005年 米国 上映時間:101分 監督:マーク・フォースター
 
 この作品は、オープニングとエンディングが、メビウスの輪のように捻れて繋がってゆく。そしてエンディング直前の5分間がこの映画の全てとも言えるだろう。私にとってはなかなか興味深い作品であり、キャストも素晴らしいのだが、難解な内容のためか興行的には成功しなかったようである。

 精神的に不安定な青年(ライアン・ゴズリング)が、精神科医(ユアン・マクレガー)に自分の自殺を予言する。同時に青年は、その日に雹が降ることも予言し、それが見事に実現してしまうのであった。
 それ以来、精神科医は青年のことが頭から離れなくなる。そして何とか青年の自殺を食い止めようと奔走するうち、自分自身もだんだん虚構の世界にはまってゆくのだった。

 永遠に続くラセン階段や、デジャブ現象、歪んでくる幻覚と現実の境界線。幻想的な映像と、各シーンの繋ぎかたは、実に見事である。
 そして観客は多分よく分からないまま、スクリーンに釘付けとなり、感動的なエンディングを迎えるはずであった。確かにラストでどんでん返しが用意され、全ての謎が解明されるのだが…。しかしながら、単純な夢落ちではないものの、やはりこの手法は反則ではないだろうか。

評:蔵研人

幽霊人命救助隊4

著者:高野和明

 東大二浪で首吊り自殺した裕ー、キャリァウーマンになり損ねて飛び降り自殺した美晴、会社経営に失敗し服毒自殺した市川、ヤクザ稼業の限界に絶望し、短銃自殺した八木。この四人が神様の命令で、地上に降り幽霊になって100人の自殺願望者を救うという荒唐無稽なお話である。しかも夕イムリミットは49日間、1日2人以上のペースで自殺をくいとめなくてはならない。

 これが成功した暁には、成仏して天国ヘ行けるという。なんだか、浅田次郎の「椿山課長の七日間」と通じるものがある。
 彼等は人には見えない聞こえない、透過してしまう存在であるが、なぜか物質に対しては存在感がある。だが彼等は物質を動かせない。つまり、例えば誰かがドアを開けない限り、彼等だけではドアを開けられない、入れないのである。
 こんな状態で、どうすれば100人もの人間を救助出来るのか。ところが、彼等はこの八方塞がり状況を打破すべく「七つ道具」を所持していたのである。

 このマンガのようなバカバカしいお話が面白いのは、裕一以外の三人が自殺したのが、裕一よりずっと以前だったということだ。市川が15年前、美晴が17年前、八木に至っては、なんと24年前なのである。
 ということは、市川、美晴、八木にとっては、現代の日本はカルチャーショックで、まるでタイムマシンで未来に跳んできたのと同じなのだ。そのあたりの彼等の驚きようや、時代遅れな流行語が飛び交う様が楽しいよね。

 それから自殺願望者の大半は「うつ病」である。だから著者はうつ病について、かなり詳細に調べている。おかげで自殺とうつ病についての認識がかなり高まってしまった。楽しみながらお勉強出来るという具合で、一粒で二度美味しいのだ。
 ただ100人助けるまでに、何人もの同じような救助が続くので、途中少し辟易してしまうかも…。だが実は、最後100人目の自殺願望者の救助こそ、本作中最大の焦点なのである。この感動のクライマックスでは、きっと誰もが熱い涙を流さずにはいられないだろう。

評:蔵研人

プライマー3

製作:2004年 米国 上映時間:77分 監督:シェーン・カルース
 
 2004年度サンダンス映画祭で、審査員大賞を受賞した作品だという。この賞はインディペンデント映画に、ビジネスチャンスを与えてくれる。従ってこの作品が、大学の映画部で製作したようなチープな超低予算映画であっても文句はつけない。

 ストーリーのほうだが、べンチャービジネス志向の青年二人が、ある研究途上で偶然タイムマシンを発明してしまう。彼等は急上昇した株式銘柄を調べ、マシンに乗って過去へ行き、その株を買って儲けることを実行する。
 ここまでは良くあるお話なのだが、過去に戻ったときに、過去の自分に遭遇してしまうのだ。そして現在に戻るのだが、それをまたかつての自分が遠くから見ている。

 この循環が延々と続き、映画を観ているほうは、一体誰がオリジナルなのか、ダブル(分身)なのかさっぱり判らない。
 同じシーンが何度か続くのだが、ほとんどヒントになるものがなく、話の順序さえ見失ってしまう。ニューヨークタイムス紙で、この映画は5回以上観る必要があると掲載され、何度かチャレンジしたマニアックな人もいる。だがその人達をしても、いまだ完全には判らないという。
 果たして本当に答があるのか。まあどちらにしても、この作品を何度も観るほど辛抱強くはない。

 僕はタイムパラドックスを扱った作品が大好きだが、こんな判り辛い作品を観たことがない。難解という訳ではなくただ不親切なのだ。たまたまこのテーマが好きだから、ある程度楽しめたものの、このテーマに興味のない人にはお勧め出来ない。
 小説ならともかく、映画は情報量に限界があるし、観客は基本的に一回しか観ないのだ。ことに商業べースにするのなら、そこを考えてもう少し判り易く創らなければ、一発屋の単なる自己満足で終わってしまうだろう。

 タイムトラべルやパラドックスについて話を始めたら、夜を徹しても終わらない。だからここでは、その議論を飛ばしたい。
 もしかすると、この映画の真のテーマは、タイムパラドックスではなく、米国のベンチャー企業家たちの野心と葛藤と猜疑心だったのだろうか。

評:蔵研人

フローズン・タイム3

製作:2006年 英国 上映時間:102分 監督:ショーン・エリス

 現在はもう閉館になっているが、当時東京でこの作品を上映していた映画館は、渋谷QーAXシネマだけであった。この映画館は、カフェスタイルの飲食店が同居し、2つのスクリーンを持つユニークな映画館だったのだが、残念ながら僅か数年で閉館となってしまった。
 理由は定かではないが、駅からやや遠いこと、周囲にラブホテルが多いことなどが難点だったのかもしれない。しかし小綺麗でお洒落な雰囲気と、音響・映像においては、当時最高水準のTHXを採用していたようである。

 さて本作上映時には、264席ある館内は、ほぼ満席であった。これはこの作品に対する注目度なのか、映画デーの特別割引のお陰なのか、単館上映だったためなのかは不明である。
 そもそもこの作品は、2006年のアカデミー短編実写賞にノミネートされた18分の短編作品だった。それを商業べースで上映するために、102分に引き伸ばして再製作したのだという。

 当初の短編映画を観ていないので、比較は出来ないものの、やはり多少違和感を感じてしまった。
 おそらくスーパーの店員たちの「おふざけドラマ」や「少年時代の回想」などが追加シーンなのであろう。「少年時代の回想」はともかくとして、店員たちのドタバタシーンがなければ、この映画はもっと芸術的かつ幻想的な作品に仕上がっていたはずである。
 失恋のショックで不眠症に陥り、時間の概念にひずみが生じる。そしてあるとき、スーパーマーケットの中で、自分以外の時間が止まってしまう。

 そこまではとても秀逸な発想であり、時間が静止したときの映像も、二次元世界のようで幻想的だ。フォトグラファーである監督の手腕が、十分に発揮されたシーンであった。
 そして、最初はレジのおばさんにしか見えなかったシャロンが、だんだん美しくなってゆく。主人公の心の動きと、観客の視線を同調させたテクニックは実に見事である。

 だが、ファンタジーを、エロティックコメディーへとチェンジしてしまった感性はいただけない。ところどころで少数の人が、大声で笑うのだが、観客のほとんどはしらけ切っていた。
 ラストになって、今度はロマンチックなラブストーリー仕立てに軌道修正し、そこで観客の冷めた気持ちを温めて、ジ・エンドとなる。
 なんだか狐につままれた気分だが、「良い映画だったな」と満足して帰路につく観客たち。だが冷静に考えると、やはりなにか歯車が絡み合わない気がするのだ。 

評:蔵研人


とんだトラブル!?タイムトラベル3

著者:友乃雪

 児童向けの小説なのだが、大人が読んでもそこそこ楽しめるのが嬉しいので、子供に読ませる前に一読してみてはいかが。また本作は2008年に第25回福島正実記念SF童話賞大賞を受賞している優れモノなのだ。
 ある日突然、ぼくの部屋の壁に黒い渦巻が発生し、その中から小さいぼくと大人のぼくが飛び出してくる。小さいぼくは過去の世界から、大人のぼくは未来からやってきたのだった。

 未来では大変なことが起きている。それを修正するために未来からぼくはやって来たのである。そしてぼくたち三人で協力して、盗まれた父さんの発明品を奪還し、未来を救う行動に出るのであった。
 子供向けで大きく見やすい文字に、全ての漢字にフリガナがふってあり、僅か80頁なので30分くらいであっという間に読破してしまうだろう。もちろんラストはパッピーで単純、大人にはやや物足りないが子供には喜ばれそうである。

評:蔵研人

つばき、時跳び4

著者:梶尾真治

 短編ファンタジーの名手『梶尾真治』にしては珍しい長編ものである。
 曾祖父の代から熊本城下の山間にひっそりと佇む百椿庵。ここは名前の通り、椿の花が咲き乱れるお屋敷なのだが、現在は誰も住んでいないため、荒れ果てている。売れない作家の井納惇は、父に頼まれてこの屋敷を管理方々、住み込むことになってしまった。

 ところがこの屋敷には、昔から女の幽霊が現れるという。そしてある日、惇は若く美しい幽霊を見てしまうのだ。ところが暫くして、彼女は幽霊ではなく、幕末の百椿庵からタイムスリップしてきた「つばき」という名の美少女であることが判明する。
 ストーリーの舞台は、ほとんどが百椿庵とその周辺だけなのだが、全く退屈しないから不思議である。
 またタイムトラべルの仕組みや、タイムパラドックスには余り触れてはいないが、それはこの際どうでもよい。このストーリーでの興味の大半は、井納とつばきの清純で淡い恋愛だからである。

 原田康子の小説に『満月』という作品がある。こちらは江戸時代からタイムスリップしてきた武士と、現代の女性との恋を描いた作品だ。
 本作のほうは、『満月』とは男女の設定が入れ替わり、しかも百椿庵があたかもタイムトンネルかの如く、現代と幕末を男女が行き来するのである。
 そういえば、もうひとつ似たような小説で、石川英輔の『大江戸神仙伝』という小説があった。こちらは、江戸と東京を行ったり来たりするおじさんの、ちょっとエッチなラブコメ風味で紡がれている。

 その『大江戸神仙伝』でも、本作のつばき同様いな吉という若くて可愛い芸者が登場する。どちらの女性も、若いけれどしっかりもので、落ち着いていて、明かるくて、純真で、優しく男性を立ててくれるのだ。
 いまどき絶対に存在しない、全世界の野郎どものあこがれの女性像が満載なのである。しかも主人公はどちらもおじさんで、年もずっと離れているのにモテモテなのだから、これ以上望むことは何もないだろう。

 だから本作は著者の憧れの女性像を綴ったものでもあり、男性たち特におじさんたちに、泡沫の安らぎを与えるために書き下ろしたものなのかもしれないね。また熊本名物の由来や美人画の謎との融合は絶妙だし、「りょじんさん」との出会い方もなかなか洒落ている。なんとなく広瀬正の『マイナスゼロ』を髣髴させられるではないか。

 ただ惜しむらくは、あのとってつけたようなハッピーエンドである。あそこはそのままにして、いつものカジシンさん流「切ないラブファンタジー」で終ったほうが、いつまでも心に残る名作となったのではないだろうか。

評:蔵研人

きみにしか聞こえない4

製作:2007年 日本 上映時間:107分 監督:荻島達也 主演:成海璃子、小出恵介

 1時間の時差があるケータイ電話の恋。まるで韓国映画『イルマーレ』のケータイ版じゃないか。原作者は映画化作品の多い人気作家の乙一であるが、小説のほうはまだ未読である。しかしこの映画を観て、原作のほうも無性に読みたくなってしまったのは、決して私だけではないだろう。

 話すことが嫌いで孤独な少女と、話したくとも言葉を持たない聾唖の青年のラブストーリーなのである。それをとり持つのが、道端に捨てられていた不思議な携帯電話だった。
 この電話は心で話す事で相手に通じるのである。だから聾唖者でも会話が出来ることになる。そのうえ電話器がなくとも大丈夫なのだ。それではなぜ携帯電話など拾う必要があったのかと言いたくなるが、たぶんこれはイメージなのだと考えるしかないだろう。

 この映画の見所は二つ。一つは壊れたものを丁寧に修理して、大切に使う聾唖青年の優しい心象風景。そしてもう一つは、終盤のタイムパラドックスへの挑戦である。1時間の時差が、ここで本領発揮するのだ。
 またもう一人のケータイ友達である「原田」の正体も同時に明かされる。その手際良さは実に見事な職人芸である。
 もしかすると始めに終わりありきで、終盤の数十分のために創られた作品なのだろうか。このあたりの感覚はあの絶品名作『いま、会いにゆきます』とも重なってくるのである。

評:蔵研人

 

機械たちの時間4

著者:神林長平

 映画は断然ハードSFに限るが、小説はどちらかと言えば、ソフトタッチのファンタジーのほうが好きである。しかしたまには、ハード系のSF小説も悪くはないね。本作はタイトルからしてガチガチのハードSFのように感じるが、同じハードでもハードボイルドタッチに仕上げられているので読み易かった。

 未来の火星からやってきた主人公の邑谷武は、脳に組み込まれたTIPによって戦闘モードに変身すると、まるでターミネーターだ。そして敵の無期生命体マグザットは、マトリクッスに登場するイカ野郎のセンティネルを髣髴させられる。
 また本作では、時間軸を行ったり来たりするのだが、機械の未来は人間の過去であり、人間の未来は機械の過去だという発想がユニークである。だからこそ、著者が渇望した「未来に原因のあるSF」が完成したのであろう。

評:蔵研人

永遠に美しく・・・4

製作:1992年 米国 上映時間:104分 監督:ロバート・ゼメキス 主演:メリル・ストリープ、ブルース・ウィリス

 ちょっぴり古い映画の話をしようか。
 ロバート・ゼメキス監督が、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のスタッフ達を集めて創ったSFXコメディーである。

 気は弱いが辣腕の整形外科医アーネストをめぐって、競い合う二人の美女。彼女たちは、永遠の美を得られる「秘薬」を手に入れるのだが・・・。アーネスト役にはブルース・ウィルス。二人の美女は、メリル・ストリープとゴールディ・ホーンが演じる。彼等三人の演技力も素晴しいが、なんといっても年をとったり若返ったりする、メークというよりSFXの見事さは大注目なのだ。

 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のときも、主人公の両親が若返ったり老けたりするメークに驚いたものであるが、本作はそれを遥かに超えたと言ってよいだろう。余り書くとネタバレになるので多くは語らないが、この秘薬には思わぬ副作用があるのだ。あとは自分でDVDを観て確かめて欲しい。

評:蔵研人

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