タイムトラベル 本と映画とマンガ

 本ブログは、タイムトラベルファンのために、タイムトラベルを扱った小説や論文、そして映画やマンガなどを紹介しています。ぜひ気楽に立ち寄って、ご一読ください。

タイム・トラベル

未来医師3

著者:フィリップ・K・ディック

 医師のパーソンズは、ある日突然25世紀の未来へタイムスリップしてしまう。そこでは人種の混交が進んでいて、白人社会ではなく黄色人種が支配する世界に変貌していた。
 また平均寿命は15歳で、廷命するための医療行為が重大な罪とされていたのである。だがこの変態的社会に異を唱える種族もいて、パーソンズは彼等によってタイムスリップさせられたのであった。

 ディックの作品としては、余りにも遅過ぎる翻訳本であるが、読んでいて何となくその理由が理解出来た。つまりありていに言えば、ディック自身がほとんど評価していないほど、彼の駄作の一つだからである。

 確かにストーリー全体の構成がちぐはぐだし、人物描写にも深味がない。だが後半になって、冷凍保存されているコリスをどうしても救えない謎に惹かれた。また過去へのタイムトラべルにおけるパラドックスとのしがらみも巧く描かれているではないか。
 まるでこの後半のために無理やり創ったお話という気がしないでもない。そんなタッチのSF小説であるが、タイムトラべルファンなら、一度読んでおいたほうが良いだろう。

評:蔵研人

虹色ほたる3

著者:川口雅幸

 上下巻を合併しても約500頁程度の小説だが、なぜ上・下二冊に分冊したのだろうか。出版社側の経営判断なのだと思うが、文庫本を二冊合計して1000円を超える価格はちょっと読者側には厳しいね。だがそれにしても、どの書店にも平積されているところをみれば、かなり売れているのだろう。

 著者の川口雅幸氏は、1971年生まれの中年男性であるが、ホームページ上で本作を連載していたという。それをアルファポリス社に見い出されて、2007年に単行本として上梓され、出版界にデビューしたという。最近こうした作家が増えてきたことは、同様の志を持つブロガーとしては実に喜ばしい限りである。

 さてストーリーのほうだが、夏休みのある日、小学6年生のユウタは、亡父との思い出の残る山奥のダムを一人訪れる。そこでユウタは突然雷雨に襲われ、足を滑らせて気を失ってしまう。気がつくとそこは1970年代の村の中であり、まだダムも作られてはいなかった。
 そこにはカブト虫やクワガタ虫がうじゃうじゃ生息し、蛍もたくさん飛び交っている。まさに失われた日本の原風景が目前に展開されていたのだ。そしてその世界では、同年令のケンゾーとの冒険、そして妹のような謎の少女・さえ子との出会いがある。

 いずれは元の世界に戻らねばならない運命のユウタは、夏休みを思い切りこの不思議な村で遊びほうけることに決める。そしてやがてやってくる友たちとの別れの日…。
 ラストはいきなり10年後の世界だ。そこで感動のクライマックスを迎えることになる。本作は、誰の心の中にも存在するノスタルジーを、甘く切ないオブラートで包んだファンタジー作品と言えよう。

 やや子供向けの作品であるが、大人が読んでも十分楽しめるだろう。ただ少し残念なのは、過去にも未来にも亡父が現われないことである。そのあたりも含めて、余りにもべタ過ぎる展開が物足りない。無印良品ではあるが、ファンタジーとしては、もうひと捻りが不足していたのではないだろうか。

評:蔵研人

プリンス・オブ・ペルシャ/時間の砂4

製作:2010年 米国 上映時間:117分 監督:マイク・ニューウェル 主演:ジェイク・ギレンホール

 舞台は古代ペルシャ。時間を遡って過去へ行ける「時間の砂」をめぐっての、アクションアドべンチャー映画である。めまぐるしいアクションはもちらんのこと、古代ペルシャの街や城の映像もすごい。

 また親子愛・兄弟愛・お姫さまとの冒険に、ちょっとしたタイムトラべル。神秘的で壮大なストーリー、そして懲悪勧善で安心して観られるラストシーン。さすがディズニーと手を叩きたくなるほどの出来映えであった。

 主演はジェィク・ギンレイホールで、なかなかスピード感があり、セクシーでかっこよいね。またお姫さま役の女優もなかなか可愛いじゃないの。
 僕はだいたいインディージョーンズとかハムナプトラといったアドべンチャー系が苦手なのだけれど、本作に限っては十分楽しく鑑賞出来た。やはりタイムトラべルがからむからであろうか。 

評:蔵研人

たんぽぽ娘4

著者:ロバート・F・ヤング

 1962年にロバート・F・ヤングが発表したラブファンタジー作品。ロマンチックSF短編の旗手である梶尾真治が影響を受けた作品だという。だからファンタジーSFファンには堪らない魅力を持つ短編なのだ。
 ところが残念なことに絶版で手に入り難い。こうなると益々欲しくなるのがファン心理なのである。それでアマゾンマーケットプレイスで探したら、『たんぽぽ娘ー海外ロマンチックSF傑作選2』が、何と中古品で15,000円也!
 さすがの私も15,000円払うほどオタクではない。そもそも短編なので、ほかのタイトルで収録されている書籍があるはずである。そう考えて調べたところ、文春文庫の『奇妙なはなし』というタイトルの中に、『たんぽぽ娘』が収録されているではないか!。
 ところがこちらも絶版で、やはりアマゾンで中古品が2,600円~8,500円とある。みんな良く知っているのだ。それで地元の図書館の蔵書をネットで検索したら、あったあった!やっと見付けて貸出予約をすることが出来たのである。

 てなわけで、やっと手にした『たんぽぽ娘』は、期待にたがわず、実に素晴らしい「珠玉の名作」であった。そしてストーリーは判り易く、ポエムのように美しく流れて、あっという間に読了してしまった。

 主人公は法律事務所を経営するマークという44歳の男性である。彼は毎年四週間の夏休みのうち、前半の二週間は、妻と息子が選ぶ避暑地で親子水入らずで過ごし、後半の二週間は、湖のほとりにある山小屋で妻のアンと二人で過ごす習慣になっていた。
 ところが今年は、アンに陪審員の役が回ってきたため、マークは一人ぽっちで、山小屋で過ごさなくてならない。だがそのお陰で彼は不思議な体験をすることになる。

 それは彼が、湖の先にある森を抜けたところにある丘を散策しているときに起った。そこには古風な白いドレスを身につけ、たんぽぽ色の長い髪を風になびかせている若い女が佇んでいたのだ。
 彼女の名前はジュリーといい、未来からタイムマシンに乗ってやってきたという…。その日から、マークとジュリーは毎日のように丘の上で逢う。そしてマークは年がいもなく、彼女に淡い恋心を抱き始めるのだった。

 ここまで書けば、だいたいの成り行きがわかるだろう。決して不倫小説ではないので念のため。本作は恥しくなるほど純情で優しい、リリカルなラブファンタジーなのだから。
 そして忙しい現代では、いつの間にか忘れ去ってしまった清らかな心を蘇らせてくれる。さらに感動のラストシーンは、タイムトラべルによる循環の輪によって、実に見事に収束されているではないか。

 かなり古い本ではあるが、それこそ時代を超えた珠玉の名作といえよう。さらに付け加えると、この『奇妙なはなし』には、本作のほか福島正美『過去への電話』、つげ義春『猫町紀行』、江戸川乱歩『防空壕』、谷崎潤一郎『人面疸』など、そうそうたる19作の短編が収められている。なぜこんな凄い短編集が絶版なのか、つくづく不思議でならない。

※本評は9年前に書いたものであり、現在『たんぽぽ娘』は復刊している。ただし『奇妙なはなし』のほうは絶版のままのようである。念のため・・・。

評:蔵研人

EVENT162

製作:2006年 ニュージーランド 上映時間:80分 監督:デレック・ピーアソン

 なんだか米国TVドラマシリーズのようなタイトルだが、れっきとしたニュージランドの完結作品である。評判の悪い作品であることは承知していたが、テーマが私の好きなタイムトラベルなので、見逃す訳にはゆかないのだ。

 オープニングで、三菱パジェロが掘りだされるシーンが飛び込んでくる。この理由は中盤に明かされるが、とにかく驚いたよね。つまり三菱自動車がスポンサーなのであろう。

 低予算映画ではあるが、セピア色の過去の世界はなかなか趣きがあった。ただタイムパラドックスには、余り期待しないほうが良いだろう。それから、腕輪をすることにより顔を変えられるという設定に至っては、もうハチャメチャである。分身の術よろしく三人の同一人物が、同画面に一斉に現われたり、未来の自分だったり、全く訳がわからない。
 観ていて退屈はしないが、ストーリー展開も演出も、まるで思い付きのようで、知らぬ間に終ってしまったという感じである。

評:蔵研人

ホワイトクリスマス 恋しくて、逢いたくて3

製作:1999年 韓国 上映時間:100分 監督:ソン・ヘソン

 原題は『カラー』なのだが、日本では花の名前を連想しないため、『ホワイトクリスマス』というありふれた邦題に変更したのだろう。『カラー』とは「歓喜、熱血、純潔」などの花言葉を持つアフリカ原産の清楚な花の名前だという。本作では主人公のキム・ソヌクのデスクに、謎の女性から毎朝届けられる花の名前でもある。

 オープニング…、イヴの夜にホテルのラウンジで女性が人質にされ、それをキム・ソヌクが助けようと必死で駈けつけるシーンで始まる。女性はソヌクと待ち合わせをしていた花屋のジヒであった。
 ジヒがどうなったかも明かさないまま、その後すぐに3年後のイヴの前日に話が飛んでしまう。そしてすぐに、3年前にソヌクがバスの中で、涙を流すジヒに一目ぼれしたシーンへと移るのだ。
 その後約30分間位、過去の回想シーンが続き、またオープニングの人質シーンへと戻る。そこで初めてジヒが殺されたことが判り、ソヌクは悲しみにくれる。

 そしてまたまた3年後に戻り、思い出のラウンジからエレべーターに乗るソヌク…。そこで「あの日をやり直し、彼女ともう一度逢いたい」と強く念じる。するとエレべーターが、一瞬6階から7階へ戻り、また6階に戻って静止するのだ。暫くして扉が開くのだが、そこは3年前の世界だった。
 この辺りまでは、過去と現在を頻繁に往復するため、一度観ただけでは何が何だかさっぱり判らない。従って映画館で観るより、DVDで観たほうがよいだろう。

 3年前の世界に戻ったソヌクは、ジヒを救うためにあらゆる手を尽くすのだが、なかなか思うように進展しない…。このあとジヒの同僚スジンの回想により、いままで不明だった物語の全貌が解明される。
 SFとラブストーリーとミステリーをミックスしたような作品で、なかなか凝った筋立てになっている。映像は美しいし、ロマンチックで切ない音楽にも、うっとりさせられてしまう。

 ただタイムトラべルに関しての検証が甘過ぎる。3年前に戻ったのは、ソヌクの意志だけなのか、それとも身体ごと戻ったのかはっきりしない。身体ごと戻ったのなら、3年前の自分と遭遇しないのはおかしいし、意志だけなら香港への出張命令がないのも変である。

 またストーリー展開からも、タイムトラべルものに仕立てる必要もなかったと思う。とにかくあれだけ回想シーンが多いのだから、そもそもタイムトラべルという技法は不要ではないだろうか。
 キム・ソヌク役のソン・スンホンは、本作が映画デビュー作の新人で、その甘いマスクは女性を虜にしそうである。だがさすがに演技のほうにも、あどけなさが漂うのは仕方ないか。

評:蔵研人


トムは真夜中の庭で5

著者:アン・フィリパ・ピアス  翻訳:高杉一郎

 ジュニア向けタイムトラベル小説の代表作である。中古書店ではどうしても手に入らなかった幻の名作。ところが図書館では簡単に借りることが出来てしまった。なんだ初めから図書館を探せばよかったんだな・・・。
 弟ピーターがはしかに罹ってしまったため、トムは夏休みに、親戚の家にあずけられてしまう。叔父さんと叔母さんしかいない親戚の家は、子供のトムにとっては退屈で、夜もなかなか寝付けない。すると、玄関の大時計が13時を打ち、家の外の世界は一変する。そこに大きなイチイの木と、広く美しい庭園が出現し、クラシカルな服装をした少女が遊んでいるではないか。

 ところが朝になって外に出ると、そこにはあの庭園は存在せず、そこにはごみ捨て場と駐車場しかなかった。もちろんあの少女も住んでいるはずがない。あとで判ることだが、あの美しい不思議な庭園は、ヴィクトリア時代の庭園であり、真夜中の暗闇にしか存在しない世界だったのだ。
 少女の名前はハティといい、小さい頃に両親を亡くし、親戚の叔母さんのお屋敷に引取られた。彼女は三人の従兄弟たちと一緒に住んでいたが、年が離れていることもあり、いつも独りぼっちで遊んでいたのである。そしてなぜか彼女だけが、トムの姿を見たり、トムと話をする事が出来るのだった。

 トムはこの美しく広大な庭園が大好きになり、ハティと二人でいろいろな遊びを興じてゆく。こうしてトムは、毎晩皆が寝静まった頃、家のドアを開けて、この別世界でハティと一緒に遊ぶことになる。
 何度もこの世界を訪れているうち、トムはこの世界では時間が乖離していることに気付く。あるときはもっと小さい頃のハティ、そしてあるときは大人になったハティ。そしてどんな時でも、ハティはトムを待ってくれていた。
 なんだか、ジュニア版『牡丹灯篭』のような世界だが、決してハティは幽霊ではない。過去にハティが残したスケート靴が、トムの部屋の床下で発見されたのである。そのスケート靴を持って、トムは過去の世界で、ハティとアイススケートを楽しむことになる。

 それにしても、この小説は緻密に構成されているし、庭園やキャム川、イーリーの大聖堂などの描写も正確である。あとで判ったことだが、作者のフィリパ・ピアスは、この地方で、やはり大きく古いイチイの木が生えている家で育ったという。それでこの小説の舞台について、これだけ精密描写が出来たのだろう。

 ラストになって、トムがなぜこの不思議な世界へ進入することが出来たのかが解明されるが、ネタバレになるので、ここでは詳しく述べないことにしよう。ただトムが時を超えた世界を体験できたのは、子供の持つ純真な思いと無垢な愛情と想像力のお陰であるとだけ言っておこう。そして人は年をとるに従って、だんだんとまた子供の頃の心に戻ってゆくのである。
 いずれにせよその結末は実に感動的であり、いくつもの螺旋階段が見事一つに収束するかのような緻密な構造に誰もが驚くことだろう。最後にこの完成度の高い作品が、1958年のカーネギー賞に輝いていることを報告して筆を置く事にする。

評:蔵研人

僕の彼女はサイボーグ4

製作:2008年日本 上映時間:120分 監督:クァク・ジェヨン 主演:綾瀬はるか、小出恵介
 

 未来からやって来たサイボーグとへタレ男のラブストーリー。大人版の『どらえもん』といったところだろうか。
 だが決して馬鹿にしてはいけない。笑いあり、涙あり、ド派手なアクションとSFXあり、そして音楽も良い、まさに娯楽の殿堂、究極のエンタメ映画に仕上がっているのだ。

 なんだ、なんだ!邦画でもここまで出来るじゃないか!と思わず唸ってしまった。また俳優もSFXも製作も日本人だが、監督だけが韓国人のクァク・ジェヨンという変り種の映画である。ということは、今まで優れたエンタメ邦画がなかったのは、全て監督のせいだという証明になるよね。
 『ゴジラ』、『デビルマン』、『あずみ』、『鉄人28号』、『少林少女』の監督たちは、この映画を観て大いに勉強してくれ給え。

 またこの映画の中で、主人公が故郷を訪れるシーンがあるが、これには思わず涙せずにはいられなかった。人は誰でも故郷があり、ノスタルジーを追い求める本能であろうか。
 知らぬ間に涙が溢れ出して、僕の心は熱くて熱くて堪らなかった。おばあちゃん、お母さん、そして故郷の町と、少年時代の友だちの姿が、僕の脳裏に津波の如く押し寄せてくる。だから、この過去のシーンだけは、全く別の映画を観ている感があったね。 

 それにしてもサイボーグ役のはるかちゃんが可愛い!おじさんは、この映画を観るまで彼女の存在を知らなかった。女優というより、アイドル系という感もあるが、かなりアクションをこなせるようだね。
 近々上映される『女座頭市』が楽しみになってきた。きっと彼女は、この映画を手始めにして、大ブレイクするに違いない。いずれ、今のところ第二部で頓挫している『あずみ』も演じて欲しいなあ…。と10年以上前につぶやいていたのだが、やはり彼女は大女優に成長してしまったよね。

 最後にタイムトラべルにつきものの、タイムパラドックスについて一言。はじめのうち、第1回目のタイムトラべルの意味が全く判らなかったが、終盤で見事に2回目との因果関係を解き明かしている。このあたりでも、僕の瞳は濡れっ放しだったよな。
 ところがラストシーンでの、3回目のタイムトラべルは、余計なお世話である。このあとの展開を、あえて描かないところは憎いが、もしハッピーなら未来への繋がりが消失する可能性が高いじゃないか!。そうすると現在の状況もなく、3回目のタイムトラべルもあり得ないことになる。
 それなら、はじめから無意味なラストシーンは不要だということになる。もしこのラストがなければ、満点を付けるつもりだっただけに、とても残念である。しかしそれにしても、素晴らしい映画であることには、変りがない。ホント、実はこんな邦画を一度観たかったんだよね!

評:蔵研人

ルイスと未来泥棒3

製作:2007年 米国 上映時間:95分 監督:スティーヴン・J・アンダーソン  ジャンル:SFアニメ
 
 養護施設に捨てられた少年ルイスは、子供ながらに超発明狂で、マイペース人間。だがいつも、ロクでもないものしか発明出来ない。そのために、何度も養子縁組のチャンスを逃しているのだった。
 ある日、「忘れた記憶を呼び戻す」という奇跡的な発明をするのだが、タイムマシンで未来からやってきた山高帽の男に、その発明品を盗まれてしまう。それでルイスは、その泥棒を追いかけて未来へと跳んでゆくのだった。

 結局のところ楽しくて良心的な映画だったのだが、中盤までの退屈感は一体何だったのだろうか。前半「お子様ランチ」で、後半「お刺身定食」に、メニュー変更したのが原因かもしれない。
 それにしても、あの大雑把でカクカクした絵も余り好きじゃない。DVDでの鑑賞なので、3D仕様を楽しめなかったことも、かなり影響しているかもしれない…。

 いきなり文句ばかり垂れてしまったが、決して悪い映画ではないので誤解のなきよう。テーマが僕の大好きなタイムトラベルものだったので、期待過剰になり過ぎたのだ。
 かなり『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を意識して作られているが、その結末においては異なっていたし、ディズニーらしい良い味を出していたと思う。

 ただ映画館での一回こっきりの鑑賞では、かなり判り辛いだろう。僕は幸いDVDだったので、何度か繰り返して観ているうちに、ストーリ一の全貌と製作者の狙いを理解することが出来た。
 とどのつまり、お子ちゃまには少し不向きかな。だからといって、大人にも諸手をあげて楽しめる作品とも言い難い。天下のディズニーにしては、珍しく中途半端なアニメを創ってしまったものである。

評:蔵研人

きみがいた時間 ぼくのいく時間4

著者:梶尾真治

 サブタイトルの「タイムトラべル・ロマンスの奇跡」が、この本の全てを物語っている。そう、カジシンさんの十八番ともいえる、時間テーマの中・短編ラブファンタジー集と言ってよいだろう。
 書き下ろしの『きみがいた時間 ぼくのいく時間』をはじめ、『江里の"時"の時』、『時の果の色彩』、そして処女作の『美亜へ贈る真珠』の四作が詰め込まれている。

 『きみがいた時間 ぼくのいく時間』は、著者の代表作『クロノス・ジョウンターの伝説』のサイドストーリーという趣きがある。主人公の里志は、事故で亡くなった妻の紘未を救うため、39年前にしか戻れないクロノス・スパイラルに乗る・・・という流れの中編小説だ。
 『江里の"時"の時』は、異なる次元に住む男女の恋愛をリリカルに描く短編。また『時の果の色彩』は、タイムマシンを使って、過去に住む女性と恋を描くユニークなお話である。

 『美亜へ贈る真珠』については、処女作にふさわしい初々しいファンタジーロマンスで、すでに名作ファンタジーとして認知されている。
 また巻末には、著者と『劇団キャラメルボックス』の脚本・演出を手がけている成井豊との情熱対談が収められていて、これも梶尾ファンにはなかなか楽しい対談で見逃せない。
 いずれにしても本書は、梶尾ファン必携の一冊と言ってよいだろう。是非ご一読あれ。

評:蔵研人


ルネサンスへ飛んだ男 Twice in time4

著者:マンリイ・ウェイド・ウェルマン 翻訳:野村芳夫


 時間反射機を使って、20世紀から15世紀のフィレンツェにタイムトラべルをした青年のお話である。タイトルやブックカバーのイラストから想像して、J・デヴローの『時のかなたの恋人』のようなラブファンタジーをイメージしていたのだが…。
 ところがこれが大いなる勘違いであり、そして嬉しい誤算でもあった。この作品でもリズという清楚で心優しい奴隷少女が登場するが、お互いにほのかな恋心は抱くものの、大恋愛には至っていない。

 どちらかというと、恋愛よりも史実に基づいた脚色の精緻さに重心を置いているようだ。従って荒唐無稽と思われる出来事が、全て歴史上の事実だったことを知ったときには驚愕の思いであった。
 そして科学的知識の豊富さと、絵に描いたようなラストのドンデン返しにも、誰もがきっと脱帽してしまうだろう。そして本作が書かれたのが、1940年というからさらに感心させられてしまう。

 それにしてもこれほどの力作が、なぜ2005年まで日本で翻訳されさかったのか。そのことについては、翻訳者があとがきで記しているが、完全版と削除改訂版の二つの版が存在しているのが原因らしい。
 もちろん本書は、完全版に基づいて翻訳されているのだが、削除改訂版の良い部分もかなり取り入れているという。ということは、翻訳者の力量も相当なものだということである。
 余り期待せずに買った本だが、時としてこのような幻の名作に出会えることがとても嬉しい。だから古本あさりを止められないのかもしれないね。

評:蔵研人

つばき、時跳び4

著者:梶尾真治

 短編ファンタジーの名手『梶尾真治』にしては珍しい長編ものである。
 曾祖父の代から熊本城下の山間にひっそりと佇む百椿庵。ここは名前の通り、椿の花が咲き乱れるお屋敷なのだが、現在は誰も住んでいないため、荒れ果てている。売れない作家の井納惇は、父に頼まれてこの屋敷を管理方々、住み込むことになってしまった。

 ところがこの屋敷には、昔から女の幽霊が現れるという。そしてある日、惇は若く美しい幽霊を見てしまうのだ。ところが暫くして、彼女は幽霊ではなく、幕末の百椿庵からタイムスリップしてきた「つばき」という名の美少女であることが判明する。
 ストーリーの舞台は、ほとんどが百椿庵とその周辺だけなのだが、全く退屈しないから不思議である。
 またタイムトラべルの仕組みや、タイムパラドックスには余り触れてはいないが、それはこの際どうでもよい。このストーリーでの興味の大半は、井納とつばきの清純で淡い恋愛だからである。

 原田康子の小説に『満月』という作品がある。こちらは江戸時代からタイムスリップしてきた武士と、現代の女性との恋を描いた作品だ。
 本作のほうは、『満月』とは男女の設定が入れ替わり、しかも百椿庵があたかもタイムトンネルかの如く、現代と幕末を男女が行き来するのである。
 そういえば、もうひとつ似たような小説で、石川英輔の『大江戸神仙伝』という小説があった。こちらは、江戸と東京を行ったり来たりするおじさんの、ちょっとエッチなラブコメ風味で紡がれている。

 その『大江戸神仙伝』でも、本作のつばき同様いな吉という若くて可愛い芸者が登場する。どちらの女性も、若いけれどしっかりもので、落ち着いていて、明かるくて、純真で、優しく男性を立ててくれるのだ。
 いまどき絶対に存在しない、全世界の野郎どものあこがれの女性像が満載なのである。しかも主人公はどちらもおじさんで、年もずっと離れているのにモテモテなのだから、これ以上望むことは何もないだろう。

 だから本作は著者の憧れの女性像を綴ったものでもあり、男性たち特におじさんたちに、泡沫の安らぎを与えるために書き下ろしたものなのかもしれないね。また熊本名物の由来や美人画の謎との融合は絶妙だし、「りょじんさん」との出会い方もなかなか洒落ている。なんとなく広瀬正の『マイナスゼロ』を髣髴させられるではないか。

 ただ惜しむらくは、あのとってつけたようなハッピーエンドである。あそこはそのままにして、いつものカジシンさん流「切ないラブファンタジー」で終ったほうが、いつまでも心に残る名作となったのではないだろうか。

評:蔵研人

時の行者 全三巻4

作者:横山光輝

 戦国時代末期から江戸時代中期にかけて、10年ごとに変らない風貌で現れる謎の少年。この少年は未来からのタイムトラベラーで、その目的はなかなか明かされないのだが、ラスト間近になってやっと明確にされる。
 少年は高熱線銃やバリヤー発生装置を身に着けているため刀や鉄砲などが通じず、昔の人々にはまるで超能力を駆使する行者に見えてしまう。ただ反撃を行う際には、一時的にバリアーを解除しなくてはならないし、長時間バリアーを張っていると窒息するという弱点がある。そのため二度不覚を取ってしまい、捕まって拷問にかけられてしまう。

 主な登場人物は、織田信長、豊臣秀吉、石田三成、後藤又兵衛、徳川家康、本多正純、徳川忠長、天草四郎、由井正雪、堀田正信、徳川吉宗、天英院、徳川吉通、大岡越前、紀伊国屋文左衛門、徳川宗春、徳川家重など錚々たる歴史上の人物が多い。また関ヶ原の戦い、大坂の役、宇都宮釣り天井事件、島原の乱、生類憐みの令、享保の改革、天一坊事件、宝暦の一揆などなど歴史上の重大事件を扱っているので、歴史入門書としても役に立つかもしれない。
 ただタイムトラベルものとしては、タイムパラドックスも発生せず、タイムトラベル手法についても今一つはっきりしないため、時間系のSFとしては少々物足りなさを感じてしまうだろう。まあ忍者を未来人に置き換えた『伊賀の影丸』だと思って読めば、かなりのめり込めるかもしれないね。

評:蔵研人

イエスのビデオ 3

著者:アンドレアス・エシュバッハ  翻訳:平井吉夫

 イスラエルの遺跡発掘で、2000年前の人骨と一緒にビデオカメラの取扱説明書が発見される。だがそれがソニー製のビデオカメラの取扱説明書だと明かしてくれるまでに、約60頁も退屈な前置きを読まされるのだ。
 出だしからこの調子だから、物語のテンポは甚だ良くない。何度か途中で投げようかと思ったが、そもそも翻訳モノは序盤の我慢が必要なのだ。そう自分に言い聞かせながら、とうとう上巻のラストに近づいてしまった。

 さすがにこの辺りになると、やっとボルテージが高まってくる。それにしても長いおあずけを食らったものだ。やっとストーリーに変化が現れて、暫くはむさぼるように読んだが、ビデオの存在はいまだ行方不明のままなのである。
 思いがけない場所で、やっとビデオを見つけ、それを確認するのが下巻の276頁あたり。しかしビデオに写された映像は、まだまだ観ることが出来ない。どうしてこれほどひっぱる必要があるのだろうか。

 やっとラスト近くになってビデオ映像が判明するのだが、ここはかなり感動するところである。そしてラストのドンデン返し。この終盤の構成は驚くほど巧みだ。この上下約800頁の長編小説は、まるでこのラスト前のわずか8頁のために存在しているといっても過言ではない。
 この小説を読むに当たっては、SFとかタイムトラべルを期待しないほうがよいだろう。むしろ冒険アドべンチャーとか、ミステリー好きの人にお勧めである。そしてまさに映画向きな作品といえよう。
 ・・・と考えていたのだが、なんと2003年に『サイン・オブ・ゴッド』というタイトルで映画化されているではないか。のちにこの映画をDVDで観たのだが、今一つの完成度であり「映画向けの作品」と吹聴してしまったことを後悔している今日この頃である。

評:蔵研人

タイムコップ 3

製作:1994年 米国 上映時間:99分 監督:ピーター・ハイアムズ

 主演がジャン=クロード・ヴァン・ダムなので、なんとなくひっかかるものがあったが、やはり予感が的中してしまった。
 タイムトラベルものということで、わざわざこの古い作品を借りてきたのだが、SF映画というよりはバリバリの「アクション映画」だったのだ。

 それはそれで良いとしても、タイムトラべル部分の設定がハチャメチャ過ぎるのだ。「エンタメなのだから、そうめくじらを立てずに楽しみなさいよ!」と言われそうだが、それにしても子供でも納得出来ないシーンが多過ぎるのである。
 まずあのデロリアンをレールに乗せたような安っぽいタイムマシンが許せない。そしてマシンが過去に到着したとたんに、消えてしまうのは更にチープである。そのうえ現在に戻るのは、リモコンもどきのコントローラーでOKとは・・・それなら最初からコントローラーだけで、過去に行けばいいじゃないか。

 またあれだけ頻繁に過去と現在を行ったり来たり出来るのなら、何度でもやり直しが出来てキリがなくない?。
 過去を変えると、現在が変わるのはパラレルワールドが発生しているからなのだが、それならそこにはもう1人の自分が存在するはずである。しかしそれを言ってしまうと、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を始めとする、全てのタイムトラべルものを否定することになるので、見て観ぬ振りをしようか。まあ細かいことにこだわらず、アクション映画として鑑賞することをお勧めするしかないだろうね。

評:蔵研人

サマー/タイム/トラべラー 1・23

著者:新城カズマ

 スラッシュが2つも入るタイトルなんて、そうザラにあるものじゃない。おかげでファィル名には使えないじゃないの(笑)。それにしてもこの作品は本当に小説なの?少なくとも前半はどちらかというと、小説仕立ての『時間テーマSF論』という感がしないでもない。

 主な登場人物は、タイムトラべルが出来る悠有を除けば、老成したような高校生ばかりであり、しきりに蘊蓄をひけらかす。ことにSF作家の名前や作品名がポンポン飛び出すので、SFオタクには嬉し懐かしだが、そうでない人には耐えられないかもしれない。
 それにストーリー展開が、えらくまどろっこしいと言うか、回りくどいのだ。まるでヒグマが潜んでいるブナの林道を、全く振り向きもせず、鼻唄まじりでのんびりと歩いているようである。

 それに『プロジェクト』などと気取っているが、単なる『SF同好会』じゃないか。ストーリーのほうも前半は、この同好会での蘊蓄大会に終始し過ぎて退屈で死にそうだった。
 それにこの物語にある地名は、全てが架空のものだというのに、もっともらしい地図を何枚も掲載する必然性がみえてこないのだ。いい加減にして欲しい。もう少し上手にまとめれば、わざわざ2冊にすることもなく、充分1冊に納まる内容である。

 ・・・と文句ばかり言いたくなる作品だが、後半になって急遽『学園ドラマ』から『ミステリー小説』へ脱皮し、ラストに至っては、まるで悠有のタイムトラべルの如く、猛烈な勢いで末来を通り抜けてしまうのだ。
 しかしエンジンがかかるのが余りにも遅過ぎるよ。読み辛い文章と退屈なストーリーで、ここまで無理やり引っ張っておきながら、今度はあっという間に終ってしまうしね。

 読了後の満足感もなければ、感動する場面もない。ただ著者が『夏への扉』と『ジェニーの肖像』の大ファンである、という確証だけが残った。しかしそれでも『SFが読みたい2006年版』でベストSF国内篇5位。さらに第37回星雲賞も受賞している。いつの間にか最近のSF小説は、オールドSFファンには、ついて行けなくなってしまったようだ・・・。

評:蔵研人

寛永無明剣4

著者:光瀬 龍

 この著者は、いつも文章が重厚で堅いので敬遠気味だった・・・。だがこうした時代ものならば、かなりその味を生かせると思った。またもともと時間テーマSFだということは分かっていたので、時代劇は前半だけかと思っていたのだが、延々と約70%は時代小説そのものであった。

 ただ闇に潜むような、不気味で強大な敵の存在に、チラりチラリとSFの影が見え隠れしていたことは間違いない。だが終盤になると、突如として携帯用タイムマシンが大活躍し、江戸~古代~現代~超未来や亜空間を行ったり来たりし始めるのである。そのギャップの激しさに、ここら辺からついてゆけない読者も現れるかもしれない。

 物語の背景は「大坂夏の陣」が終わって19年後の世界である。いまだ世情は収まらず、江戸の町には機会があれば倒幕を企てる勢力が暗躍していた。そんな折、北町奉行所与力・六波羅蜜たすくは、柳生但馬守の刺客に襲われてしまう。なぜ柳生に狙われたのか、その謎も不明のまま、次々と不可解な暗殺事件が起こるのだった・・・。

 また2系統の敵が存在し、双方が探している『さざれ石』と『女子』の謎の解明が、この小説最大のハイライトだと思うのだが、十分な解説がなされていないため、消化不良を起こしかねないところがやや残念である。
 それにしても、著者はハードメカや歴史背景などを重々しく描くのは得意なのだが、細かな心理描写は苦手なようである。しかしながら、上手に江戸時代の歴史背景を一捻りしながら、荒唐無稽な話の辻褄を合わせ、この小読を描き続けた著者も、『昭和無明筆?』の達人といえるのかもしれない。

評:蔵研人


たんぽぽ娘5

著者:ロバート・F・ヤング

 1962年にロバート・F・ヤングが発表したラブファンタジー作品。ロマンチックSF短編の旗手である梶尾真治が影響を受けた作品だという。だからファンタジーSFファンには堪らない魅力を持つ短編なのだ。
 ところが残念なことに絶版で手に入り難い。こうなると益々欲しくなるのがファン心理なのである。それでアマゾンマーケットプレイスで探したら、『たんぽぽ娘ー海外ロマンチックSF傑作選2』が、何と中古品で15,000円也!
 さすがの私も15,000円払うほどオタクではない。そもそも短編なので、ほかのタイトルで収録されている書籍があるはずである。そう考えて調べたところ、文春文庫の『奇妙なはなし』というタイトルの中に、『たんぽぽ娘』が収録されているではないか!。

 ところがこちらも絶版で、やはりアマゾンで中古品が2,600円~8,500円とある。みんな良く知っているのだ。それで地元の図書館の蔵書をネットで検索したら、あったあった!やっと見付けて貸出予約をすることが出来たのである。
 てなわけで、やっと手にした『たんぽぽ娘』は、期待にたがわず、実に素晴らしい「珠玉の名作」であった。そしてストーリーは判り易く、ポエムのように美しく流れて、あっという間に読了してしまった。
 ※ここまで記載した出版経緯は、9年前に記載したものであり、現在は河出書房新社などから復活出版されている。

 主人公は法律事務所を経営するマークという44歳の男性である。彼は毎年四週間の夏休みのうち、前半の二週間は、妻と息子が選ぶ避暑地で親子水入らずで過ごし、後半の二週間は、湖のほとりにある山小屋で妻のアンと二人で過ごす習慣になっていた。
 ところが今年は、アンに陪審員の役が回ってきたため、マークは一人ぽっちで、山小屋で過ごさなくてならない。だがそのお陰で彼は不思議な体験をすることになる。
 それは彼が、湖の先にある森を抜けたところにある丘を散策しているときに起った。そこには古風な白いドレスを身につけ、たんぽぽ色の長い髪を風になびかせている若い女が佇んでいたのだ。

 彼女の名前はジュリーといい、未来からタイムマシンに乗ってやってきたという…。その日から、マークとジュリーは毎日のように丘の上で逢う。そしてマークは年がいもなく、彼女に淡い恋心を抱き始めるのだった。
 ここまで書けば、だいたいの成り行きがわかるだろう。決して不倫小説ではないので念のため。本作は恥しくなるほど純情で優しい、リリカルなラブファンタジーなのだから。
 そして忙しい現代では、いつの間にか忘れ去ってしまった清らかな心を蘇らせてくれる。さらに感動のラストシーンは、タイムトラべルによる循環の輪によって、実に見事に収束されているではないか。
 かなり古い小説ではあるが、それこそ時代を超えた珠玉の名作といえよう。さらに付け加えると、この『奇妙なはなし』には、本作のほか福島正美『過去への電話』、つげ義春『猫町紀行』、江戸川乱歩『防空壕』、谷崎潤一郎『人面疸』など、そうそうたる19作の短編が収められている。なぜこんな凄い短編集が絶版なのか、つくづく不思議でならない。

評:蔵研人

杏奈は春待岬に4

著者:梶尾真治

 タイムトラベルロマンスの第一人者である著者が、満を持して放った久々の『リリカル・ファンタジー・ロマンス小説』である。なんと本作を書き下ろしたのは、著者が70歳を目前とした2016年だ。それにしてもよくこの年齢で、こんな純情な恋愛物語を紡ぐことが出来るものだと感心してしまった。きっと著者はいつまでも若く、澄んだ心の持ち主なのであろう。

 春休みのことである。ぼくは祖父母が暮らす天草西の海沿いにある小さな町を訪れた。その町の外れにある『春待岬』には、町の人々との交流を拒絶するかのように、ひっそりと洋館が佇んでいた。
 だがその洋館には、大きな瞳に長く黒い睫毛をたたえた美しく優雅な、まるで妖精のような少女が住んでいたのである。
 ぼくは息を飲み、あっという間に彼女の瞳に吸い込まれそうになった。これがぼくの初恋、いや永遠の恋の始まりだったのである。
 だがその少女と逢えるのは、桜の咲いている間だけであり、さらに彼女はほとんど年を取らなかった。ぼくは時の檻に閉じ込められている彼女を、なんとしても救い出そうと必死に努力したのだが…。

 こんな感じでストーリーは進んで行き、一体これからどうなるのかと、するすると頁をめくり続けあっという間に読了してしまった。だが少女は年を取らないのに、ぼくだけがどんどん老けて行くのである。なんとも淋しくて切なくて、とうにもやり切れない。終盤のどんでん返しは用意されてはいるものの、やはり哀しい気分は晴れなかった。

評:蔵研人

タイムトラべル・ロマンス4

著者:梶尾真治

 なんとも言えないくらい、ロマンチックで幻想的なタイトルである。そのうえサブタイトルは「時空をかける恋物語への招待」なのだから、梶尾真治ファンならずとも、喉から手が出るほど欲しくなる本ではないだろうか。

 ところでこの本は小説ではないのでお間違えなきよう。だからと言ってSF論というほど振りかざしてはいないし、SF入門というのか、SF小説とSF映画の紹介を通してSFを語る本とでも言うのだろうか。
 もちろんSFなのだから、タイトルのタイムトラべルだけではなく、当然ロボットやエイリアンの話も出てる。でも半分以上はタイムトラべルについて語っているので、どうぞタイムトラベルファンの方々もご安心のほど。

 さて本書はハードカバーなのだが、わずか157頁の小さめの本なので、通勤時の行き帰りだけで、あっという間に読み終わってしまうだろう。また著者の梶尾真治はあとがきで、この本を『SFへのラブレター』かもしれないと語っているのだが、まさに彼のSFへの大いなる愛情を感じた1冊であった。

 主な時間SFに関する評論内容は次のとおりである。
1.時間を超える
 リリカルSFはいかが/スローガラス/昭和三年への旅/ジャック・フィニィの「愛の手紙」/映画「ある日どこかで」/ロバート・ネイサン「ジェニーの肖像」
2.タイムマシン
 H・G・ウェルズ「タイムマシン」/ロバート・A・ハインライン「夏ヘの扉」/ロバート・F・ヤング「たんぽぼ娘」/梶尾真治「クロノス・ジョウンターの伝説」

評:蔵研人


バック・トゥ・ザ・フューチャー5

製作: 1985年 米国 上映時間: 116分 監督: ロバート・ゼメキス

 34年前に劇場で観て以来、DVDでも2~3回見直しているのだが、何度観ても飽きない超面白い映画である。この映画こそまさにアメリカンムービーの大傑作であり、ただ面白いだけではなく、笑いあり・涙あり・ハラハラドキドキし、そしてラストはスカッと爽やか逆転満塁サヨナラホームランなのだ。

 まさに体内にある溜まったストレスが、全て発散されてしまうという元気の出る映画でもある。そのうえ、タイムトラベルにつきものの親子間のパラドックスなどについても、実に楽しくかつ見事に描ききっている。そして34年経過した現在でも全く陳腐化していないし、いまだにこの作品を超えるタイムトラベル映画も出現していない。とにもかくにも、誰が観ても全く文句のつけようがないほど完成度の高い超エンターテインメント作品なのだ。

 この映画を知らない人はほとんどいないと思うので、あえてあらすじやキャストについては省略したが、もしまだ未見の人がいたのなら、是非DVDをレンタルして観ていただきたい。三部作であり、第一部だけは完結して観ることが出来るものの、時間があれば是非全作品を楽しんで欲しい。とは言っても、やはり第一作が一番完成度が高いのは言うまでもないだろう。

評:蔵研人

サウンド・オブ・サンダー3

 本作はSF小説の巨匠レイ・ブラッドべリの短編『いかずちの音』を映画化した、時間テーマSF作品である。さて話の内容だが、近未来でタイムマシンが完成され、大金持ちの間で時間旅行が流行する。ところが客の一人が規則を破り、大昔の世界から『あるもの』を持ち帰ってしまう。そのおかげで生態系が変化し、現代に戻ると大異変が起きてしまうというお話なのである。

 ところがネットでは、何故かこの映画の評判がすこぶる悪い。しかしそれでブルってしまっては、「時間テーマ好き」の名が廃る!。と言うわけでつまらなくてもともと、という気持ちで映画館に足を運んだものだが、良いほうの期待外れであった。
 確かに全生物の再構成という、人類の危機を描く「超々大スペクタクル巨編!」にしては、余りにも登場人物が少な過ぎるし、軍隊も出動しないのはどうしたことだろう。そのうえ恐竜のCGもゲーム並だった。つまりB級に限りなく近い映画なのである。たぶんこれが悪評の原因なのかもしれない。

 しかしB級好きで、時間テーマの虜になっている私にとっては、非常にワクワクドキドキの楽しい映画だった。殊にイグアナとゴリラの合いの子のような進化した恐竜達には、妙に納得してしまった。たぶん爬虫類が進化すれば、類人猿のようになるのかもしれない。
 またタイムマシンで戻ったときに、いきなり環境が変わるのではなく、序々に変化してゆくのである。この変化のタイミングは、「時間の波」が押し寄せるたびに起こる、というアイデアも面白かった。もちろんそうしないと、戻ったとたんに映画が終わってしまうけどね・・・。まあ何を期待してこの映画を観たのか、という部分の違いでこの作品の評価も大きく分かれるところなのかもしれない。
評:蔵研人

地平線でダンス4

作者:柏木ハルコ

 この作者の作品は、いつも悪女の存在がしつこいのと、主人公と思われる人物の主張がなかなか実現されないというイライラであろう。だからいつまでもストレスが発散出来ないのだが、次の展開が気になって続きを読みたくなるという矛盾した麻薬的な力を持っている。

 さてこのコミックのストーリーは、ワームホールを利用したタイムマシンの実験で、間違ってマシンに搭乗し、肉体は消滅したものの、心だけが末来に跳んでしまう女性研究員のお話である。
 この話の中で興味深かったのは、過去へのタイム卜ラベルは不可能というパラドックスを崩したことである。つまりタイムマシンで過去へ行けるなら、なぜ今まで未来人がタイムマシンでやって来なかったのか?という疑問が残る。
 その他よく言われる「親殺しのパラドックス」や、本人との遭遇などについては、無限にあるパラレルワールドの存在を認めることによって解消出来る。だが「なぜ今まで未来人が来なかったのか」の回答にだけは窮していたのである。

 ところが本作のタイムマシンは、過去と未来のワームホールの間しか移動出来ない。だから過去に行くにも、初めてワームホールが作られた日より以前には跳べないのである。
 これで「なぜ今まで未来人が来なかったのか」の回答が可能になるのだ。つまりタイムマシンもワームホールも、現状では発明されていないからだということである。いやはや簡単明瞭に解決したものだ。もし著者が考えたのなら大天才だが、多分どこかで仕入れた理論なのであろう。
 タイム卜ラベル・パラドックスが大好きな私にとって、このことだけで十分にこのマンガを読んだ価値があった。あとは読んでのお楽しみ。全5巻なので読み易くて気に入っている。

評:蔵研人

流星ワゴン4


著者:重松清

 なんともマンガチックで、懐かしい響きを持ったタイトルである。この「ワゴン」とは、幽霊父子が運転するワゴンカーであり、ワインカラーのオデッセイのことでなのである。そしてこのオデッセイこそ、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でいうデロリアンであり、一種のタイムマシンなのであった。

 病床の父親とは、ほば絶縁状態。妻はテレクラに狂い、一人息子は受験に失敗し家庭内暴力に走る。そして会社が傾き、リストラの対象になる。・・・こんな最悪の家庭環境に追い込まれたとき、あなたならどうするだろうか?
 主人公のカズは、もう人生なんてどうでもよくなり、いっそ死んでしまいたい気持で一杯になる。そして目の前に止まったワインカラーのオデッセイに乗ってしまうのだ。これがこのお話の始まりである。
 前述した通り、このワゴンカーはタイムマシンであり、家族が破綻する以前の過去へと疾走して行く。どういう訳か自分と同年期の父親も、一緒にタイムトラべラーになっているのだ。
 それから、悲惨な自分の現在(未来)を変えようと、何度か過去を改竄しようと試みる。だがどうやっても、過去は絶対に変えられない。

 この小説でのタイムトラべルとは、過去の自分の体に、現在(未来)の自分の意識だけが憑りつくという方式であり、決して過去の自分に遭遇することはないようだ。そして現在(未来)に戻るつど、過去の自分にはそのときの記憶も、記録も全く残らない仕組みになっている。ただ稀にそれとなく、体験感覚が揺り戻されることがあるようだが、それが『デジャヴ』と呼ばれている現象らしい。
 いわゆる「リプレイ」ものなのだが、絶対に過去は変えられないため、パラレルワールドの存在もない。
 またかなり違和感を感じるのが、同時にタイムトラべラーとなる父親チュウさんの年齢である。息子のカズと同い年であるはずがないのだが、チュウさんは幽霊に近い存在と考えて、タイムトラべルと関連付けないほうがよいだろう。このお話はタイムトラべルと、幽霊を重ね合わせた物語なのだから・・・。

 なにせ466頁もあるブ厚い文庫本だが、ストーリーの中味は非常にシンプルで、どこにでも居そうな三組の「父と息子」を描いている。まずはオデッセイを運転する幽霊の橋本さん父子、そして主人公のカズとチュウさん、もう1組はカズと息子の広樹である。
 そしてこれだけの長編にも拘わらず、女性達はほとんど存在感がなく、父と息子の関係だけに終始しているのだ。この辺りの描き方は、女性読者には少し抵抗があるかもしれない。そこにこの作者の、父親に対する強烈な思い入れを感じた。
 
 さて私自身の父親は42才で鬼籍に入っている。出来ることなら、私もタイムマシンに乗って、若かりし頃の父と一献傾けたいものである。
 父子の愛憎とタイムトラベルという筋立ては、浅田次郎の『地下鉄(メトロ)に乗って』と良く似た展開である。ただ浅田次郎のように切ないエンディングではなかった。だからと言って、決してハッピーエンドとも言えない。
 過去にこだわらず、「未来に向かって力強く生きてこそ、幸福への扉が開かれる」と言いたいのだろうか。

評:蔵研人

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