映画
著者:ダイアナ・ガバルトン
訳者:加藤洋子
米国TVドラマ シーズン5まで全67話が放映済だがまだ続く予定
とにかく原作は大長編小説である。なにせ『アウトランダー』というタイトルはシリーズ名ということであり、『時の旅人クレアI~Ⅲ』『ジェイミーの墓標I~Ⅲ』『時の彼方の再会I~Ⅲ』『妖精の丘にふたたびI~Ⅲ』『燃ゆる十字架のもとにⅠ~Ⅳ』『炎の山稜を越えてI~Ⅳ』『遥かなる時のこだまI~Ⅲ』の23冊という大構成になっている。しかも一冊が平均500頁と分厚く、そう簡単には読めない。従ってここでは、既に放映済のTVドラマシーズン5までのうち1~3をまとめて簡単に紹介したい。
ストーリーは、第二次大戦終結直後、従軍看護婦だったクレアが、夫・フランクと一緒にスコットランドのハイランド地方で休暇を過ごすところからはじまる。そして不思議な言い伝えのあるストーン・サークルを訪れた彼女は、突如異様な感覚に襲われ、意識が混濁してしまう。気がつくと、古めかしい衣裳の戦士たちが眼前で戦いを繰り広げているではないか。なんと彼女は18世紀にタイムスリップしていたのであった。
ここからクレアが過去で体験する波乱万丈の物語が始まる。そのとき彼女は、過去の世界には存在しない薄物の服をまとっていたため、下着でうろついている娼婦と勘違いされてしまう。さらになんとこの時代で最初に遭遇したのが、フランクと瓜二つのイングランド軍のジャック・ランダル大尉だった。実は彼こそフランクのご先祖様で、顔こそフランクそっくりだが、性格は正反対でしつこいサイコ野郎なのだ。
また彼は、この世界でクレアの夫となるジェイミーとも悪い因縁を持っており二人に執拗に絡んでくる。つまりこの物語の前半では、ジャック・ランダル大尉が最悪の敵役を務めることになるのである。
主人公のクレア役を演じたのは、元モデルのカトリーナ・バルフで、長身でスタイル抜群のうえ、まるでベテラン女優のような存在感が漂っているではないか。またジェイミーとの濡れ場が多く、惜しげなくその美しい全裸を晒してくれるのだ。同様にジェイミー役のサム・ヒューアンも、美しい自然な筋肉美と全裸を十二分に披露してくれる。いずれにせよ、よくも素晴らしい主人公二人を見つけ出したものである。
また本作は映画を凌ぐほどのスケール感を誇り、過去の建物や衣装などはもとより、不潔・不衛生・危険が伴う時代考証も正確に描き切っているところが凄いのだ。
さて本作のジャンルは、基本的に「ラブファンタジー」と呼んでも良いだろう。また主人公のクレアとジェイミーは美女美男なのだが、ともに気性が激しく頑固で逞しい。そして時にはお互いを罵り合うのだが、逆にそのつど愛を深めていくのである。ただいつもクレアの頑固さが原因で、皆が迷惑を被ったり窮地に陥ってしまう展開にはかなりイライラされられてしまう。
そんなイライラ感が高じて、何度か嫌気が差してしまったことも否めない。ジェイミーが甘過ぎるのかもしれないが、クレアがもう少し素直になっても良いのだが…。
シーズン1では、ヒロインのクレアが、期せずして過去の世界にタイムスリップしてしまう。そこで彼女は、時代を無視した無謀さが原因で、スパイ容疑をかけられてしまう。その容疑から逃れるため、やむなく自分より年下の美男子ジェイミーと結婚する。
また当初は元の世界に帰りたかったクレアだったが、ジェイミーと躰を重ね、共に艱難辛苦を乗り越えながら生きているうちに、だんだん強い愛情が芽生えてゆき、彼の子を宿すことになる。
シーズン2では、パリへ逃げ延びたクレアとジェイミーたちが、歴史上大勢のハイランド人が虐殺された「カローデンの戦い」を回避しようと政治的にいろいろ画策する。だが結局は歴史を覆すことはできないどころか、ジェイミーもその戦いに参加せざるを得ない状況に追い込まれてしまう。死を覚悟したジェイミーは、妊娠したクレアと胎児を守るため、彼女を無理矢理ストーン・サークルから現代にタイムスリップさせてしまう。
シーズン3では、クレアは現代で「カローデンの戦い」を乗り越えたジェイミーが、その後も生き延びたことを証明する資料を発見する。そして娘のブリアナが20歳になる年に、再び一人で最愛のジェイミーの住む過去へ旅立ってゆく。多分50歳を超えているクレアであるが、白髪がちらつく程度で相変わらず美貌を誇り、気性が激しく頑固なところも全く変わらない。
ざっとシーズン3までのあらすじを殴り書きにしてみたが、中身はずしんと重い。年を重ねたジェイミーはかなり丸くなっているのだが、クレアのほうは相変わらずの頑固者で、医師の資格を取ったためか、さらにプライドが高くなり無謀さ健在、まるで「迷惑の根源」のようだ。このあたりでイライラ感が、だんだんクレアに対する腹正しさに変化してゆくのは私だけではないはずである。
評:蔵研人
製作:1979年 米国 上映時間:100分 監督:フランク・デ・フェリッタ
日本版DVDは未発売だが、NHKで放映されていたものが、ユーチューブの書庫で見つかったのだ。画像の粗い小さな画面で9分割にされているが、もうここでしか観ることが出来ない。従って、こういうときのユーチューブは、本当にありがたいよね。
若い夫婦が、田舎の古い屋敷を借りるのだが、屋根裏部屋には古いドレスが飾ってある。妻がこのドレスを着ると19世紀末の世界にタイムスリップしてしまう。そしてその時代にこの家に住んでいた画家と出逢うのである。
浮気をした夫に対して、信頼感が薄れていたということも手伝って、彼女は過去の世界でこの画家と恋に落ちてしまうのだ。ぶっちゃけていえば不倫をしちゃたわけだ。
ところが彼女には、後ろめたさが全くなく堂々と恋をしているように見えた。これは過去の世界ということと、先に夫が浮気をしたという前提によるある種の錯覚かもしれない。
ノスタルジーの漂う世界感とタイムスリップという題材は、『ある日どこかで』を髣髴させられる。なかなか良質で素敵な作品であったが、やはりTVドラマであるためのチープさは完全に拭えなかった。
また日本語バージョンであること、ユーチューブの9分割だったのも残念であった。もしDVDでまっとうな映像を観ていたら、もっと評価が上がったかもしれない。また過去の画家によって描かれた絵が、タイムパラドックス的な要素を含みなかなか味わい深い作品である。
評:蔵研人
★★★★
製作:2018年 日本 上映時間:111分 監督:三木孝浩
幼いころに飛行機事故で同乗していた両親を亡くした木山慎一郎。奇跡的に助かった彼は成長し、自動車整備会社で真面目一筋に働いている。
ところが最近になって、死の近い人が透けて見えることに気が付き始めるようになっていた。そしてその能力を使って彼女や社長の命を救うのだが、その能力を使うたびに自分の命を縮めていることを知らされる。
それで透けて見える人たちを発見しても、何もせずにじっと我慢するようにした。だが真面目な慎一郎は、彼らの死が分かっていながら、何もできない自分に対してイライラし続け自己嫌悪に陥ってしまう。
そしてある日、幼稚園児たちが遠足で乗る電車が事故に遭遇し、全員死亡してしまうことが分かってしまうのである。もし彼等を救えば確実に自分も死ぬだろう。そうすると当然彼女とは結婚できなくなり、彼女を悲しませることになってしまう。
この二つのジレンマに挟まれ、慎一郎は悩みに悩み抜き、ある決断を下すのだが・・・。
原作は百田尚樹の小説でまだ未読なのだが、映画を見た限りではなかなかの秀作で、かなり凝ったストーリー展開だと感じた。是非とも小説のほうも一読してみたいものである。それにしても、あの終盤のどんでん返しは「皮肉」で塗りつぶされているように感じたのは私だけであろうか・・・。
またあのエンディングには賛否両論があるかもしれないが、私的にはなんとなく納得してしまった。まあいずれにせよ、総括すれば「ちょっと切なく心残りな、ミステリー風味のラブ・ファンタジー」ということになるだろう。
評:蔵研人
製作:2019年 日本 上映時間:87分 監督:蜂須賀健太郎
タイムトラベル小説の御大である梶尾真治の作品が原作となっている。
住島重工の開発部門に勤務している吹原和彦は、毎日通勤時に通りかかる花屋で働いている蕗来美子に淡い恋心を抱いていた。ところが来美子の働く花屋の前で、タンクローリーが衝突して大惨事を引き起こす。そして悲しいかな、彼女もその事故に巻き込まれて死亡してしまうのだった。
その頃、吹原が勤務する開発部門では、時間軸圧縮理論を採用して物質や生物を過去に送ることが可能なタイムマシン「クロノス・ジョウンター」の実験を行っていた。この実験はほぼ成功したものの、過去に送ったはずの物体などが現在に戻るのに、数分間のタイムロスが発生してしまうところが問題であった。
そのタイムロスが起こる理由や法則は全く不明であったが、吹原は来美子を救うため過去に跳ぶ。だが実験で解明されていなかったタイムロスによって、一定の時間しか過去には存在できず、その反動でずっと先の未来に跳ばされてしまうのだった…。
ネットの評価はそこそこ高いのだが、原作を読んでいる私には今一つ感情移入ができなかった。その最大の原因は、あまりにも低製作費であることだろう。そのため肝心のクロノス・ジョウンターがちゃちいこと、吹原が跳んだそれぞれの未来の時代考証がほとんど描かれていないこと、友人の風貌が全く変わっていないこと等であろう。
さらにラストのハッピーエンドは、原作と乖離しているだけでなく、かなり科学的に無理があった。ともかく、SF映画はガンガン金を使い、いかに嘘を本物らしく見せるかが勝負なのである。またそれなりに納得できそうな理論体系を構築しておかないと、バカバカしくなってしまうものである。このあたりが邦画にSFものが少ないない原因なのであろうか。
評:蔵研人
製作:2017年 日本 上映時間:93分 監督:加藤悦生
奇妙なタイトルであるが、三尺とは打ち上げ花火の大きさであり、主人公が花火職人といったところである。ではこの作品は花火職人の映画なのかというと、全く的外れで自殺願望の4人が花火の爆発で死ぬたびに、自殺直前に戻ってしまうというタイムループのお話なのだ。SFというにはスケールが小さ過ぎるのでファンタジーと言うことにしておこうか。
SNSの自殺サイトで知り合った4人が、何度もループを繰り返すうちに、タブーである本名を明かしたり、自殺の理由を打ち明けたりしてゆく。この4人の中には、一人だけ女子高生がおり、全員で彼女を説得するのだが、彼女の決意は固くなかなか説得に応じてくれない。
低予算映画であるが、アイデア・脚本・演技力がしっかりしているため、最後まで面白く鑑賞させてもらった。製作費の少ない邦画のお手本的な作品であった。こんな映画をもっと創って欲しいものである。
苦しいから、逃げたいから死にたい。それが冷静に考えたら違う事もあるかもしれない。やっぱり映画はハッピーエンドでなくてはね。それにしてもラストの幸福の連鎖とデジャブは実に見事だったね。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2019年 米国 上映時間:100分 監督:クリストファー・ランドン
前作『ハッピー・デス・デイ』の完全続編である。だが前作の説明は一切ないため、これを初めて見た人はかなり戸惑うはずである。また前作は、タイムループホラーという珍しいジャンルだったのだが、本作はSF色とコメディ色が強くなり、タイムループよりもパラレルワールド風味に染まっている。それにホラー要素はかなり薄められているので、なにか物足りないのだ。
そしてタイムループの原因は、理工学部で学ぶライアンたちが開発した量子冷却装置(SISSY)だというのだが、なんとなく無理矢理こじつけた感があり余り共感できない。またこの装置を再起動するための方程式を、ヒロインがタイムループを繰り返して解析するくだりもよく理解出来なかった。
ヒロイン役の必死の演技には脱帽するが、本作が前作より評価が高いのは不思議でならない。やはり今どきの若者たちには、お笑いが必須なのであろうか…。また更なる続編3の製作が噂されているのだが、本作と同じようなパターンなら、もう観たいとは思わない。
評:蔵研人
製作:2017年 米国 上映時間:96分 監督:クリストファー・ランドン
笑う坊やのようなマスクを被った殺人鬼に、何度も繰り返し殺される誕生日。あの名作『恋はデジャヴ』を、ホラー版に改変したようなタイムループ映画である。
毎晩飲んだくれて、いろいろな男とすぐ寝てしまう悪たれ女子大生のツリーが、二日酔いで目覚めると、見知らぬ男のベッドの中であった。彼カーターは、酔い潰れたツリーを親切に介抱してくれただけなのだが、彼女はお礼も言わずに不快感を抱いたまま帰宅する。
そしてその夜、誕生パーティーに出かけるのだが、途中でベビーマスクに襲われて殺されてしまう。その瞬間に、目が覚めるのだが、そこはまたカーターの部屋のベッドの中だったのである。
ツリーはなんだか奇妙な気分のまま、●父からの電話を無視 ●カーターの友人とドア前で会う ●サングラスの男と環境保護活動家に遭遇 ●スプリンクラーの吹き出す水 ●車のクラクションの音 ●集会で一人の男が倒れる ●ティムになぜメールの返信をしないのかと問われる ●家の前で女の子に挨拶される ●一階で友人に朝帰りを咎められる ●同室の女性に誕生ケーキを貰う
このあとやはり殺人鬼に別の方法で殺されるのだが、ここまでは生還したあとに何度も繰り返されるのであった。彼女に不快感を持っている者は数知れないが、なぜ殺されなくてはならないのか、犯人は一体何者なのか、またどうしてデジャヴのようにループが続くのだろうか。
興味津々の中、テンポよくストーリーが流れてゆく。そしてやっと犯人を探し当てて葬ったのだが、なんとあの忌まわしいループは終わっていなかった・・・。
そしてラストのどんでん返しに繋がってゆくのである。主人公は性悪女で感情移入し難いし、ストーリー的にもかなり雑な部分があり、突っ込見所も多い。だが・・・と言うより、だからこそテンポよく、お気楽に楽しめたのかもしれない。またホラーと言っても、コミカルホラーなので、ホラーが苦手な人でも安心して観ることができるだろう。
なお本作の続編『ハッピー・デス・デイ 2U』もDVD化されているようである。こちらはSF色が濃くなって、タイム・ループの謎も解明されるようなので、絶対にレンタルしてみたいね。
評:蔵研人
製作:2019年 米国 上映時間:129分 監督:ティム・ミラー
ターミネーター映画は、度重なる権利の移動が続き、連続性を欠きながらも、人気シリーズのため何とか延命してきた推移がある。ただし生みの親であるジェームズ・キャメロンは、これを良しとせず第1作から2作へと引き継がれてきた世界観を引き戻すため、本作をキャメロン版第3作として位置付けて製作に携わったという。
そして舞台は米国からメキシコへと移り、未来から来たターミネーター「REV-9」が、メキシコシティの自動車工場で働いている21歳の女性ダニーに襲い掛かる。このダニーは未来において活躍する大切な女性の一人だったのである。
危機一髪の状況で彼女を救うのが、やはり未来から送られてきた強化型兵士のグレースであった。だが一度は危機を脱出したものの、絶対に破壊されない「REV-9」が、執拗に二人を探し当てて追いかけてくる。
とにかくすごい迫力だ。もしかするとシリーズで一番のド迫力かもしれない。だが第2作・T2とほぼ同じようなストーリー展開なので、大好評だったT2のような驚きは全くなかった。
またシュワちゃんのターミネーターが年を取ったのは、それなりに理屈があるようなのでそれは良いとしても、家族をもって人間のように暮らしている姿はアンバランスな感がある。それから年取ったリンダ・ハミルトンが、再びサラ・コナー役を演じる必然性も全く感じない。大した活躍も出来ないわけだし、彼女は単なる客寄せパンダだったのだろうか。
何となくT2をバージョンアップしたような作品で、その製作意図がいまひとつ理解できない。もしマッケンジー・デイヴィス演じるグレースが登場しなければ、★はひとつ減らしただろうな…。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2016年 日本 上映時間:125分 監督:松山博昭
原作は石井あゆみの描いたマンガで、第57回小学館漫画賞少年向け部門を受賞している。その後テレビアニメと実写テレビドラマを経て、実写映画化されたものである。
ただ本作映画版はTV実写ドラマの続編として製作されているため、出来れば先にTVドラマを観ておいたほうが馴染み易いだろう。また原作がいまだ連載中のためか、アニメは10話で途中終了している。
さらに映画のほうは完結したものの、原作とはキャラの個性や性格がだいぶ異なっている。原作が終了していないため何とも言えないのだが、もしかすると結末は原作とは違っているのかもしれない。
前置きが長くなったが、あらすじを簡単にまとめると次のような展開になる。
小栗旬が扮する歴史が苦手な高校生サブローが戦国時代にタイムスリップし、織田家を逃げ出した本物の信長と遭遇。二人はまるで双子のように瓜二つだったため、信長の希望で入れ替わることになる。
あとは歴史通りのストーリーをコミカルに描いて行くのだが、明智光秀と羽柴秀吉の扱い方が歴史とは大きく異なってくる。またサブローのほかにも、未来からタイムスリップした男が数人登場する。それが誰なのかは映画を観てのお楽しみとしておこうか。
本作は歴史ものとしてはやや物足りないし、突っ込見所も多かった。だが、のほほんとしたお人好しの信長をはじめとして、歴史観とは一風異なるキャラの性格づけが楽しい作品と言えるだろう。
評:蔵研人
★★☆
製作:2013年 日本 上映時間:108分 監督:李闘士男
高校生の男女三人と女教師の4人が、幕末の時代にタイムスリップするSFコメディーである。なお幕末と言っても、彼等がタイムスリップしたのは、ちょうど勝海舟と西郷隆盛が話し合いをする前の数日前で、戦争か江戸開城かの選択を迫られている歴史的瞬間であった。
こう記すと、いかにも格調高いストーリーのようだが、実は勝海舟はギリギリまで何もしない怠け者だった。そして西郷隆盛と話し合えるのかダメなのか、ギリギリまでイライラさせる展開を、おバカタッチで大真面目に描いている。
主な出演者は勝海舟に玉木宏、西郷隆盛に佐藤浩市、女教師に石原さとみ、その他千葉雄大、川口春奈、柄本明、伊武雅刀、石橋蓮司などそうそうたる俳優陣を配している。また江戸のCGや武家屋敷のセットなどもしっかり揃えてあり、それなりの製作費を消費した跡が見受けられる。
ところがなぜか全然面白くないのである。まずおバカを前面に出し過ぎたためか、人物像が薄すぎて全員がバタバタしているだけなので退屈感が拭えない。またおバカなら、おバカに徹すればよいのだが、真面目とおバカが調和せず中途半端で空回りしているのだ。
そしてせっかく未来からタイムスリップしてきたのに、車も一切使わないし、歴史にも触れないので、全くタイムスリップの意味がないし、どんでん返しらしきものもほとんどなかった。結局は脚本の大失敗なのだが、実にもったいない創り方をしたものである。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2017年 スウェーデン、デンマーク・フィンランド 上映時間:88分 監督:マックス・ケストナー
珍しい北欧発のタイムトラベル系SF映画である。未来社会は薄暗いし全般的に地味で難解な映画なので、ハリウッド系のSF映画を期待すると失望するかもしれない。だが海に浮かぶタイムマシンや、未来に残る者と過去に跳ぶ者に分身するという発想は、いまだかつてなかったので新鮮に感じた。
2095年。海面上昇で大陸は海に飲み込まれている。動植物は塩病にかかり絶滅していた。真水はぜいたく品である。今や時空移動が可能な時代。ただし実行できるのは量子網分離官(QEDA)だけである。彼らは2人に分裂でき現在と移動先とで繋がり合うのだ。
という前置きでこの物語は始まる。主人公のファン・ルン大尉は、国防省の科学防衛の責任者である。時空移動を廃止するのが彼の任務だったが、秘密裏に量子網分離官(QEDA)となりふたりに分裂し、その一方が2017年へ時空移動を行った。その目的は海水を淡水化する研究データを持ち帰り世界を救うことであった。
2017年で海水を淡水化する研究をしていたのは、モナという女性だった。ところが、なんと彼女は「ファン・ルンの妻の曾祖母」であった。そして彼女は飛行機事故に巻き込まれ、研究データも消えてしまうことになっていた。それでその前に、研究データの在り処を見つけて、それを未来に送るためにファン・ルンの分身がやって来たのだ。
分身はそれなりに成果を上げるのだが、約束の時間を過ぎても未来に戻ってこないし、連絡も取れなくなってしまう。それに焦れたファン・ルンは、上司の反対を無視して、自らが2017年に時空移動をするのである。そこで彼が知ったことは・・・。
なかなか見応えのある瑞々しい作品なのだが、一つだけはっきりしない部分がある。2017年に住む女性研究者モナのことである。本ブログでは、あえて彼女を「ファン・ルンの妻の曾祖母」と記したのだが、ネット評論の大半はなぜか「ファン・ルンの祖母」と説明しているのである。78年前だから、主人公とモナが同年代とし、約80歳の年の差があると考えれば、曾祖母と考えたほうがノーマルであろう。
また映画の中では主人公がモナを見て、「お前のひいひいばあさん」とつぶやいているのだが、これも辻褄が逢わない。そしてお前のの、「お前」とは「妻よりも自分自身」を指しているように取れるので、モナのことを「ファン・ルンの祖母」と勘違いした人が多いのだろうか。
ただそれだとモナとその娘が亡くなった瞬間にパラドックスが生じて、ファン・ルン自身も消失してしまうはずである。ところがファン・ルン自身はそのまま生き残り、自分の娘が描いたタトゥーだけが消えたのである。
ということは、モナは「ファン・ルンの妻の曾祖母」でなければおかしいということになる。またラストシーンで、主人公が帰る場所がないと嘆いている。つまり帰りを待つ妻も娘も存在しないからである。
さらにもしモナが自分自身の祖先なら、性的関係を結ぶはずもない。もしかすると「お前のひいひいばあさん」という字幕は、翻訳ミスだったのかもしれないね・・・。
評:蔵研人
製作:2018年 日本 上映時間:108分 監督:森義隆
原作となった東野圭吾の小説を読んだのは、もう20年以上前である。従って覚えているのは、冒頭での京浜東北線と山手線が並行して走るシーンだけなのだが、かなり面白く読ませてもらった記憶だけが残っている。
だがなぜ今頃になって映画化されたのだろうか。と思いながらも、やはり好印象だった小説への想いに押されて、本作が観たくてたまらなくなったのである。
ところが残念ながら、映画のほうはかなり期待外れだった。と言うよりは、なんだかよく分からないまま終盤に突入し、余りにも当たり前すぎる結末に拍子抜けしてしまったと言うべきかもしれない。やはり映像では単調になりがちで、小説だから面白かったのだろうか。或いはミスキャストによる消化不良だったのだろうか、はたまた私自身の感性の激変なのだろうか。それらを確認するには、もう一度小説を読み直してみるしかないよな・・・。
評:蔵研人
製作:2016年 韓国 上映時間:130分 監督:オム・テファ
母親が事故死して義父と一緒に離島で暮らすことになった小学生少女スリンは、新しい学校に馴染めず変人扱いされていた。ただ両親を亡くし施設に入所している少年ソンミンとだけは心を通わせることが出来た。
ある日ソンミンの友達と一緒に立入禁止区域内にある洞窟に潜入し、そこで奇妙な卵のようなものを見つけるのだが・・・。スリンが洞窟から戻る前に、3人の少年たちがそれを割ると時間が止まってしまうのであった。
数日前にやはり時間が止まってしまう『初恋ロスタイム』という邦画を観たばかりである。しかしながら、映像の美しさ、時間が止まった風景、綿密に練り込まれた脚本と、どれをとっても本作のほうが断トツに優れているではないか。
さらに本作では時間を取り戻した後の「浦島太郎状態」がメインテーマであり、ファンタジーでありながら、世間での現実的かつ常識的な対処と主人公とヒロインの葛藤を巧みにブレンドしている。まさにこの分野では、韓国映画の面目躍如と言ったところだろうか。ただ穏やかでリリカルなラストシーンも悪くはないのだが、余りにも切な過ぎて感動の涙を流せなかったことだけが心残りである。
評:蔵研人
製作:2017年 日本 上映時間:90分 監督:新房昭之 武内宣之
いやに長ったらしいタイトルなのだが、岩井俊二監督の『リップヴァンウィンクルの花嫁』を基にしたアニメ映画である。そして中学生たちの、「花火を横から見ると丸いのか?平べったいのか?」という疑問が狂言回しの役割を担っているようだ。
最近のアニメの特徴なのだが、背景は写実的に描いて、人物はマンガチックに描かれている。ただ私的には、本作の瞳の大きい少女漫画風の人物は苦手であり、それだけですでにストーリーの中に惹き込まれなくなってしまった。
またタイムループものとしても全くありきたりで、あっさりし過ぎているし、ドキドキ感も湧かず、どんでん返しも見当たらない。さらに主人公が余りにも子供じみている割に、ヒロインのほうは大人びていて、ちぐはぐ感を拭いきれなかった。そのうえ心理描写が希薄だったのも致命的だったかもしれないね…。
評:蔵研人
製作:2019年 日本 上映時間:104分 監督:河合勇人
仁科裕貴の同名小説を原作にしたファンタジーロマンス作品である。主人公:相葉孝司は、ある日突然時間が止まるという現象に遭遇してしまう。ところが公園内で自分以外にもう一人、時間の動いている女子高生:篠宮時音に出会うことになる。時間が止まるのは、いつも12時15分から1時間だけであり、二人はこの1時間を『ロスタイム』・・・おまけの時間と命名した。
そもそも孝司は何事にも消極的で、すぐに諦めてしまう無気力浪人生なのだが、時音と出逢ったことで少しずつ気持ちが変化してゆく。だが時音と逢えるのは、いつも時間が止まった1時間だけだった。それで孝司が「時間の動いている時にも逢おう」と提案すると、なぜか時音はあっさり断ってしまうのだった。そしてもう逢えないというのである。
ここまで観て、これは面白そうな映画だと直感したのだが、残念ながらその後の展開が実に退屈であった。彼女が逢えないと断った理由は、ウィルソン病という難病に侵されて、あと半年しか生きられないからだったのである。
なんとこの辺りから急にファンタジーロマンスが、難病ラブストーリーにチェンジリングしてしまったのだ。難病ものと言えば古くは、『愛と死を見つめて』、『ある愛の詩』、『世界の中心で、愛をさけぶ』などなど、もうお腹が一杯でこれ以上は食べたくないのである。
また時々登場する竹内涼真が演じる青年医師の正体が、孝司が成長した姿なのかと思い込んでいたら全く別人であり、何気に拍子抜けしてしまった。そして彼と彼の妻は、孝司や時音と同じく「時間が止まる経験」をした過去を持っているというのだ。だこの青年医師:浅見一生は、映画だけのオリジナルで原作には登場していない。そして登場している意味も余り感じられなかった。
それからせっかく時間が止まっているのだから、それを利用した出来事がトラックの事故回避だけだったのも淋しいよね。また私の好みかもしれないが、ヒロインがもう少し可愛いくて、逆に主人公がイケメンでなければ、もう少しのめり込むことが出来たであろう。だから本来大泣きするはずのラストシーンでも、なぜか一滴の涙も流れなかったのであろうか。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2017年 米国 上映時間:87分 監督:マーク・デニス ベン・フォスター
数十年前に失踪した両親を捜すため、考古学のホッパー教授が、『若返りの泉』があるという秘密の洞窟の中に侵入する。だが彼もまた、そのまま消息を絶ってしまうのである。
その教授を探すために、ゼミ生であるジャッキーとテイラーは、友人のカラと少年少女2人を伴って、洞窟を探索することになる。だが彼等もまた教授同様、ミイラ取りがミイラになってしまうのだった。
その後カラが一人でなんとか崖をよじ登って、洞窟の外に這い出すことが出来る。ところが周囲の風景は、見たこともない異常風景で空気が汚れているし、SOS用のGPSビーコンも全く通じないのだった。この間約30分経過、それで彼女は仕方なく洞窟内に戻るのだが、洞窟内部では2秒しか経過していないという。
つまり洞窟内部は時間がゆっくりと流れていて、外の世界では数百年の時が流れ、地球滅亡寸前の未来に変化していたのである。そして彼等がその事実に戸惑っていると、宇宙服のようなものを身にまとったプレデターのような者が洞窟内に降りてくる。びっくりして洞窟の奥に逃げると、今度は原始人が襲って来るのだった。
とまあこのあたりの展開は、もうハチャメチャで何が何だか分からない。結局、浦島太郎になってしまった彼等であるが、ラストは何の説明もなく意味不明のまま、なんとか全員無事でハッピーエンドを迎えることが出来る。だが果たして、本当にめでたしめでたし、なのかは誰にも分からないのだ・・・。実に奇妙な作品であるが、上映時間が短かったせいか、途中飽きもせずなんとか最後まで観ることが出来たのは幸せであった。
評:蔵研人
製作:2016年 日本 上映時間:125分 監督:水田伸生
歌あり、笑いあり、涙ありの楽しくて良質のファンタジー映画なのだが、韓国映画『怪しい彼女』のリメイク版というところが非常に残念である。もし本作がオリジナル作品なら、満点に近い出来栄えと言っても過言ではないだろう。
ストーリーのほうは、女手一つで一人娘を育てた70代の老婆(倍賞美津子)が、摩訶不思議な写真館で写真を撮ると、なんと20歳の若々しい娘(多部未華子)に変身してしまうのである。その後言動がおばちゃんの奇妙な娘になって昔の歌謡曲を歌うと、これがまた心のこもった良い歌声で、聞く者たちに大感動を与えてしまうのだった。
たべちゃんが歌うのは、1960年代から1970年代のヒットソング数曲なのだが、小さかった娘を抱えて苦労した昔の映像が映される中で歌う『悲しくてやりきれない』が一番心の中に染み込んできた。観ているほうも、なんだか自分の少年・少女時代がオーバーラップして、涙が止まらなくなってしまうのである。
この曲ってこんなに良い曲だったのか、と、改めてつくづく感心してしまうから不思議なのだ。そして観客のほとんどが、感動の波に飲み込まれてしまうのである。それに若いたべちゃんが、涙を流しながら熱唱している姿も実に神々しかった。
やや微妙な部分もないことはないが、たべちゃんの歌唱力はごりっぱだと言ってもよいだろう。本作はまさにたべちゃんの魅力を100%発揮した超娯楽作品と言える。また老女役の倍賞美津子の熱演も、決して見逃すことは出来ないはずである。
本作を観た時点ではオリジナルの韓国版を観ていなかったのだが、最近観る機会に恵まれたので、その評論を読みたい方はこちらをクリックして欲しい。日本版では懐かしい歌謡曲に感動したわけだが、韓国版では歌の部分に感情移入ができるのだろうか…。
評:蔵研人
製作:2018年 スペイン 上映時間:92分 監督:ダニエル・カルパルソロ
タイトルがなんとなくタイムトラベル風だったので、思わず衝動借りしてしまったのだが、現在と10年後を同時進行で描いたスペイン産のミステリーであった。ではなぜ10年間の時を隔てて、同時進行して描かれなければならないのだろうか。
それはあるコンビニで、1913年、1955年、1976年、2008年の同じ日に、発砲による殺人事件が発生したからである。これは偶然か呪いなのだろうか。さらにはどの事件も、現場に居合わせた被害者・犯人・目撃者は合計5人で、その年齢構成は、53歳・42歳・32歳・21歳・10歳なのだ。そのパターンを解析した数学者のジョンが出した結論は、『10年後の2018年4月12日に、そのコンビニで10歳の子供が死ぬ』というものだった。
その因果律を阻止するために、ジョンは必死に動き回るのだが、周囲の人々は彼を異常者扱いするばかり。そして彼の行動は全て空回りして増々悪い方向へと反転してゆくのだった。
一方10年後に殺される予定の子供は、母子家庭のためか、学校でいじめの対象となっている。また母親が過剰に関与してくるため、なかなか独り立ちできない。そして少年は、4月12日にコンビニに行くと殺されるという警告書を発見し、さらに臆病になってしまう。
ところが母親は、そんな息子を強くしようと、嫌がる少年を無理矢理コンビニへ連れて行くのである。そこへ拳銃を持った強盗が侵入してくるのだが…。
こうした展開により緊迫感を持たせるため、10年の時を隔てて同時進行風に描いたのであろう。それはそれで良いのだが、どうもジョンの行動に冷静さが全くみられず、まるで麻薬中毒者のように悪夢に襲われる状態にイライラが募ってしまう。また嫌がる少年を強引にコンビニへ引っ張ってゆく母親のしつこさも納得できない。
ラストの締めくくりが気になるので、それとなく退屈もせず観終わったのだが、なにか余りすっきりしないし、殆ど予測の範囲内で感動もなかったのが非常に残念である。まあ悪い映画ではないのだが、数字ばかりいじくりまわさないで、もっと人間関係の部分を掘り下げて欲しかったね。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2013年 日本 上映時間:75分 監督:フランク・ニッセン
ディズニーアニメの名作『シンデレラ』をパラレルワールドの世界として創りあげたストーリーである。つまりもしガラス靴が義姉アナスタシアにぴったりだったらどうなるのというお話なのだ。
ある日、魔法の杖を手に入れた義母が時間を過去に戻し、アナスタシアに合わせたガラスの靴を作り、お城に呼ばれることになるのである。もちろんシンデレラの顔を覚えている王子が、アナスタシアをダンスの相手と認めるわけがないのだが、また魔法の杖によって記憶を入れ替えられてしまうのだ。
まあ視点を変えたシンデレラストーリーということでは評価できるのだが、やはりなんとなく結末は分かってしまうし、ねずみが大活躍という子供向けの展開にちょっぴり興ざめしてしまった。楽しい映画であることは間違いないのだが、大人がのめり込むにはもう一捻りが必要だろう。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2018年 日本 上映時間:98分 監督:細田守
本作は第91回アカデミー賞にノミネートされたアニメーションである。ストーリーは、”くんちゃん”という甘えん坊の小さな子どもの日常と成長を描いたファンタジーで、誰もが小さいときに経験するであろう体験を淡々と綴っている。
本作がファンタジーたる所以は、くんちゃんが我がままになる都度、未来の妹が現れたり、過去の曾おじいさんと会ったりすることである。なんとなく『さびしんぼう』や『千と千尋の神隠し』のような雰囲気が漂う。
また本作は単なるファンタジーアニメではない。小さな妹へ両親の愛情を奪われたことに嫉妬し、戸惑う男の子の心理状態を巧みに描きながら、昔の人の偉大さを称えたり、いつの時代も繰り返えされる人の営みなどを描き、深みの感じられる作品に仕上がっているのだ。ただくんちゃんの喋り方にはやや難があったが、幻想的な音楽と美麗な絵のアンサンブルはとても素晴らしかった。
評:蔵研人
製作:2014年 韓国 上映時間:125分 監督:ファン・ドンヒョク
70歳のおばあちゃんマルスンは、口の悪さと頑固さが超一流で殴り合いの喧嘩も辞さないが、女手ひとつで育て上げて国立大学の教授になった息子だけが自慢の種であった。だがアクの強い性格が災いして、嫁には煙たがられているのだが、そんなことはどこ吹く風で嫁いびり、ついに嫁は精神を犯されて入院する始末・・・。
そんなある日、街中にある古い写真館で写真を撮ると、なんと50歳も若返ってしまうのである。そして心を込めて昔の歌を歌うと、これが偶然音楽プロデューサーの目に留まって、なんとプロの歌手に推薦されてしまうのだった。
こんな具合で進展してゆく荒唐無稽なファンタジー作品である。また2年後には多部未華子主演で、『あやしい彼女』というタイトルで日本でもリメイクされている。韓国版も日本版も大筋は同じで、どちらも評判が良いのだが、さすが感情の国・韓国版では、女性の感情表現が激しく、お涙頂戴指数もかなり高めに設定してある。
また日本版では彼女が歌う歌は全てが、1960年代から1970年代の日本のヒットソングであり、昭和生まれの日本人には懐かしさと哀愁を感じさせるのだが、韓国版の歌は老若男女、全世界の人々の心を揺さぶるような選曲だったような気がする。従って国際的には、歌では韓国版に軍配があがるかもしれない。
ストーリーはありきたりで、途中で結末が見え隠れしていたのだが、何と言っても役者さんたちの演技力と存在感には圧倒されてしまった。ことに彼女役のシム・ウンギョンの、個性的でありながら瑞々しい雰囲気と演技力には惹きこまれてしまった。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2018年 日本 上映時間:114分 監督:福田雄一
2004年に製作された米国版がオリジナルで、本作はそのリメイクである。50回目のファーストキスとは、一晩寝ると記憶を失ってしまう女性とのラブストーリーと言えば分かるであろう。そう彼女にとっては、毎日毎日が初めての経験なのだから、いつのキスもファーストキスと言うことになるのである。
米国版はアダム・サンドラーとドリュー・バリモアのコンビで、ラストシーンで大泣きした記憶がある。この結果が分かっているので、日本版では大泣きはしなかったが、ホロリときたことは否めない。いずれにせよ、米国版を観ていない人なら大泣きだったかもしれないね。
何れも舞台はハワイだし、内容も殆ど変わらないのだが、やはりキャストにかなり疑問を感じた。まず主演の長澤まさみについては、全く問題なし。ずっとその美脚に見とれていた。彼女だけはドリュー・バリモアを超えていたかも…。ただ相手役の山田孝之の背が低いのがちょっと気になったことと、ムロツヨシと仲野太賀のドタバタ演技が濃すぎてぶち壊し状況だったのがつくづく残念であった。
●ストーリーの内容については、米国版を観たときに書いたものを下記に紹介するので参考にして欲しい。
最近少しブームになりつつある『記憶テーマ』のラブコメで、主演はアダム・サンドラーとドリュー・バルモアのぴったしコンビである。
恋の始まりは、水族館の獣医をしているアダムが、毎朝同じレストランで、いつも同じ朝食を摂っているドリューに一目惚れするという展開。
ある日やっと彼女と親しくなり、翌日同じ場所で、親しげに声をかけると、彼女は怪訝な顔をして相手にしてくれない。実はある事故を起こしてから、脳の一部を欠損したおかげで、彼女の記憶は一日しか持たなかったのだ。
そんな彼女に夢中になってしまったアダムは、毎日毎日手を変え品を変えて、彼女の気を惹こうと涙ぐましいアタックを繰り返すのだった。何度も彼女のハートを射とめて、キス迄には至るのだが、翌日になるとまた彼女は、アダムのことを綺麗さっぱりと忘れてしまうのである。そしてまた翌日を迎えるわけだが、一体何時になったら彼女は彼のことを記憶出来るのか、と不安と期待を抱かせながらストーリーは進んでゆく。
笑いあり、涙あり、ロマンチックなムードもたっぷり・・・まさに恋人と一緒に観るには最適の映画なのだ。そしてラストのどんでん返しもなかなか洒落ていた。ドリュー・バルモアは余り好きなタイプの女優さんではないのだが、この役処はハマリ役で、アダムともピッタリと息が合っていたと思う。
評:蔵研人
★★☆
日曜の夜10回に亘って放映された『セテウスの船』がやっと最終回を迎えた。東元俊哉による原作マンガは未読だが、その結末についてはネットで拡散しているため殆どの人が承知しているはずである。だから原作とTVドラマには最終犯人をはじめとして、いろいろと相違点が多いことも周知の事実であろう。
そこで原作からのネタバレを恐れ過ぎたのか、あるいはお茶の間ドラマの雰囲気に拘り過ぎたのか、余りにも辻褄が合わない脚本に失望してしまった。そしてうたい文句のSFミステリーを逸脱して、なんと家族愛に溢れたホームドラマに落ち着いてしまったのである。またタイムトラベルものとしても、ラストの結末がパラレルワールドだということ以外は、ほとんど体をなしていないし、あの『JIN仁』の足元には全く及ばない。
ただ最終回に至るまで、かなりの高視聴率を稼いだことだけが、TV局としての大成功と言って良いだろう。確かに5話くらいまでは、次回はどうなるのだろうかと、視聴者たちが期待に胸を膨らませる展開だった。しかしその手法が余りにも単調でしつこ過ぎて、だんだんイライラが募ってきたことも否めないはずである。
きっとこいつが真犯人だろう、と思わせぶりな展開が何度も繰り返されていくうちに、だから逆にこいつは犯人ではないだろうと推測してしまう。ところがギッチョン。最終回では、まさかこんな奴がこんな動機で、あれだけの犯罪を犯すのだろうか、という結末に遭遇してしまうのだ。これには驚くより呆れてものも言えなかった。
これはアッと驚く結末でもどんでん返しでもない。散々犯人らしき人々をバラまき散らした上に、全てお見通しで先回りする頭脳抜群の犯人を臭わしておきながら、実はこんなオトボケ男が犯人だというのだ。
これではさんざん好き勝手な展開を繰り返しておいて、実は夢でしたという「夢オチ同様の反則技」であり、無理矢理ザ・エンドにしてしまった感も拭えない。さらに生意気で大人顔負けのワルだったみきおが、急に誠実な子供に逆戻りというのも全く納得できない。
バカにするのもいい加減にしてくれ!10週間もの間さんざん引っ張り続けて、多くの視聴者の貴重な時間を無駄に使わせやがって、と怒涛の如く怒りをぶちまけたくなる。そしてあっという間に家族全員が幸せいっぱいのハッピーエンドとは、視聴者全員がコケにされたようなものではないか。
とにかくハラハラドキドキではなく、イライラダラダラの蔓延したドラマだった。また主人公が勿体ぶってなかなか真実を語らないため、状況は増々悪化してゆくばかり。さらに主人公と一緒に過去に戻ったと思われる大人のみきおは、その後一切登場しない。それなら彼は何のため登場したのだろうか。いずれにせよ、不要なものが延々と登場し、必要なものが歯抜けになっているという超ムカつく展開に終始していたドラマだった。
評:蔵研人

製作:2011年 日本 上映時間:72分 監督:高山浩児
主演はジャニーズ事務所に所属している8人組のアイドルユニット『Mis Snow Man』である。そして登場人物は彼等を含めてたった10人+3名(ほとんど会話無し)で、撮影場所も大半が高校の屋上という超貧乏映画である。
テーマは死んだ母親にダンスを見せるという単純なもの。ただし過去へ跳んで、女子高生時代の母親に見てもらうというところだけが売りである。
タイムスリップの方法は、これもありふれた雷雨と地震という設定。この学芸会レベルのB級映画は、ラストの『Mis Snow Man』たちのダンスを見せるだけの映画なのだが、そのダンスもそれほどパッとしないのだ。少なくともダンスだけは、きっちりと決めて欲しかったのだが・・・。どうしてタイムトラベルものは邦画・洋画を問わず、完成度の低い作品が多いのだろうか。なんだか悲しくなってしまった。
評:蔵研人
製作:2018年 ロシア 上映時間:116分 監督:セルゲイ・モクリツキー
単に『パーフェクトワールド』で検索すると、ケビン・コスナーの作品とか岩田剛典の邦画、その原作である有賀リエのマンガが引っかかってくるのだが、本作はなかなか見つからない。そこで『パーフェクト・ワールド 世界の謎を解け』で検索するとやっと引っかかるという、余り名の売れていないロシアのSF映画なのである。
原題は『CHERNOVIK/A ROUGH DRAFT』と言うことだが、はっきりした意味は分からないが、直訳すると『ラフな草案』というような意味のようである。邦題は意味不明だが、主人公がパラレルワールドに迷い込んでしまうため、こんないい加減なタイトルを付けたのかもしれない。
若くて才能に満ちたキリルは、高給を手に出来る仕事と美しい恋人を手に入れて、優雅な人生を楽しんでいた。ところがある日、自宅に帰ると、見知らぬ女性が住み付いていて、ここは自分の家だと主張するのだった。そしてキリルはその日を境にして、自分を知る人が誰もいないパラレルワールドに迷い込んでしまうのである。
こんな感じでストーリーが流れてゆくのだが、いろいろと奇妙な展開が続く割には、ストーリーにのめり込めず退屈感に襲われてしまう、という摩訶不思議な作品なのだ。2018年に創られたのだが、なんとなく一昔前のSF映画という感が否めないし、結末も曖昧なままで終わってしまった。邦題にも騙されたようで、ちょっと不満の残る作品かもしれない。
評:蔵研人
製作:2018年 英国 上映時間:86分 監督:ポール・タンター
舞台は2037年。赤子の命を15秒で奪ってしまうウイルスが世界中に蔓延。そんな終末の世界を牛耳っているのは、なんとバイオコープという大企業なのであった。そして荒れ果てた地球の中でも、その社員だけは裕福な暮らしを謳歌していたのである。
そんな世界に不満を感じた二人の科学者がタイムマシンを開発し、2017年にタイムスリップする。そしてこの終末の原因を創ったバイオコープ社を破滅させて未来を変えようと画策する、というストーリー仕立てである。
決してストーリー自体は悪くないし、『意識を過去に転送して肉体を再構成する』という『マトリックス』的なタイムマシン原理もなかなか興味深かったのだが・・・。なにせストーリー構成が中途半端というか、出鱈目というかよく商品化できたなと唸ってしまうのだ。
オープニングでは、なにかこの作品自体が続編であるかのように、それまでに至る経緯が言葉だけでダラダラと説明される。だが余りにも映像展開を端折り過ぎているため、現状を良く理解出来ないままストーリーだけが進んでしまうのである。
そしてなんとなくそれまでの経緯が、ぼんやりと見えてきたかなと思ったらもう終盤であり、なんとラストシーンは『次回につづく』といったような、尻切れトンボな終わり方であった。
まさしく、上・中・下巻の中巻だけが発売されたような作品なのだ。または上映時間の短さから考えると、連続TVドラマの第何話なのかもしれない。だがそんな説明はどこにも記されていないし、ネット上にもそんな痕跡は見当たらないのだ。
一体どういうつもりでこのような中途半端な作品を創ったのか、いやもっと言えば、映画配給会社が商品として発売してしまったのだろうか?その真意を知りたいものである。
タイムトラベルファンのため、事前に中身をよく吟味しないまま、いきなり店頭でレンタルに飛びついてしまったことが悔やまれる。ただ『マトリックス』的なタイムマシン原理、という手法だけは唯一の収穫だったかもしれない。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2018年 日本 上映時間:117分 監督:塚原あゆ子
川口俊和の小説を映画化した作品である。過去に戻れる席(ある意味でタイムマシンの役割)のある喫茶店を舞台に、そこに訪れる客たちが体験する摩訶不思議な体験が描かれている。
ただ過去に戻るには、非常に面倒ないくつかの掟があった。
1.過去に戻って、どんな事をしても、現実は変わらない。
2.過去に戻っても、喫茶店を出る事はできない。
3.過去に戻れるのはコーヒーをカップに注いでから、そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ。コーヒーが冷めないうちに飲み干さなければならない。
4.過去に戻れる席には先客がいる。席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ。
5.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない人には会う事ができない。
という五つの約束である。
これらの掟の中でも、「コーヒーが冷めるまでのタイムスリップ」というところが本作のミソであり、『謎の先客』の存在理由でもあるのだ。
さて本作で過去に戻った客は三人である。
アメリカへ旅立ってしまった幼馴染と喧嘩別れしたままの独身キャリアウーマン・清川二美子(波瑠)
若年性アルツハイマーに侵された妻(薬師丸ひろ子)を優しく見守る夫・房木康徳(松重豊)
故郷の妹に家業を押し付けて家出したスナックママ・平井八絵子(吉田羊)
彼等のショートストーリーもそれなりに楽しめるのだが、なにせ時間的に描き方が中途半端なため、感情移入するゆとりが得られない。結局彼等はこの作品を彩るアクセサリーの一部に過ぎないのであろう。
やはり本当の主役は、喫茶店で過去に戻るためのコーヒーを注ぐウェイトレス時田数(有村架純)なのだった。序盤の彼女はミステリアスで、陰気な雰囲気の漂う旅先案内人のようであった。
ところが客の一人である大学生・新谷亮介と親しくなってからは、だんだん打ち解けはじめて、暗い過去の拘りが明らかになってくるのだ。そして謎の先客と彼女の秘密も解明されてくる。
そしてラストのどんでん返しが花開き、タイムトラベルもののお約束のような見事な収束で幕を閉じるのである。またこの展開を分かり易く説明するような、エンドロールの映像配置もグッドタイミングだし、音楽もなかなか良い味付けに仕上がっていた。
ただ登場人物が少なく、ほぼ喫茶店の中だけの話に終始するため、劇場映画というよりはテレビドラマで十分だったかもしれない。まあいずれにせよ、原作が良かったのか脚本が良かったのか、そこそこ泣けるし後味の良い楽しい映画であることは間違いないであろう。
評:蔵研人
製作:2017年 韓国 上映時間:90分 監督:チョ・ソンホ
主人公の有名な医師が、旅客機に乗って娘に逢いに行くところからはじまる。ところがその娘は、交通事故に遭遇し死亡してしまうのである。だが次の瞬間、医師は旅客機の座席で目覚めるのだ。そして見たことのある風景と出来事が続く。つまり目覚めると、何度も同じ一日を繰り返すのである。
そして目覚めるたびに娘が事故に遭わないように奔走するのだが、どうしても上手くいかない。そこに突如同じ事故で妻を亡くして、何度も同じ一日を繰り返している男に出逢うことになる。
本作は私の大好きなタイムループ作品であり、この手のテーマがお得意の韓国映画ということで、かなり期待し過ぎてしまったようだ。もちろん駄作ではないし、伏線もしっかりしていてアイデアも秀逸である。だがストーリー展開にかなり無理があり、どんでん返しや感動的なシーンも無く、いまひとつのめり込めなかったのが残念であった。
評:蔵研人
製作:2014年 日本 上映時間:112分 監督:武内英樹
初回作は未だかつてなかった奇想天外な展開に驚き大笑いしたはずである。だが第二作ともなるとかなか難しいのだ。ことにこうした「ショートストーリーの繰り返し」のようなパターンでは、もはや笑うことさえ出来なかった。原作にはなかったけれど、せめて上戸彩と阿部寛のラブストーリーをもっと煮詰めていれば面白かったと思うのだが・・・。
唯一の収穫は、久しぶりに何とあの『てなもんや三度笠』で藤田まこととコンビを組んでいた「白木みのる」がラーメン屋のおやじ役で出演していたことである。いやーっそれにしても懐かしかった。83歳になったらしいけど、まだまだ元気だったんだね。
まあもう三作目はないと思うが、これで打ち止めにして欲しいよね。さよなら、さよなら。
評:蔵研人
製作:2016年 韓国 上映時間:111分 監督:ホン・ジヨン
原作はフランス作家ギヨーム・ミユッソの小説『時空を超えて』である。またこの映画の韓国での公開時には、大幅な観客を動員してかなり注目を集めたようだ。
ジャンルとしては韓国が得意とする「タイムトラベル系ラブストーリー」であるが、タイムトラベルの方法は、カンボジアの不思議な老人からもらった錠剤を飲むことで、30年前にタイムトリップするというやり方である。ただ一回のタイムトラベルは、20分間しか続けられないという制約があった。
なぜ30年前なのか、それは外科医で主人公のハン・スヒョンが、30年前に相思相愛の恋人を亡くしていたからである。そして過去の自分と遭遇し、二人で協力して恋人の命を救う計画を立てる。ただし若き日の自分に、恋人とは決して結婚しないことを誓わせるのだが…。果たしてそんな希薄な約束が守られるのだろうか。私なら絶対に守らないね、と言い切りたい。
さてさてタイムトリップ出来る錠剤の数は10錠だが、ハン・スヒョンが使った錠剤は9錠、残りの1錠の存在が本作最後のキーとなる。そうしてタイムトラベルもののお約束とは言え、ラストの見事な連続ドン伝返しへと繋がって行くのである。
小説のほうは9年前に読んだので、大部分は記憶から消えてしまっている。そこで本ブログの過去記事を確認したところ、本作はかなり原作に忠実な展開なのだが、フランスと韓国のお国柄などの違いもあり、まるでオリジナルのような完成度を感じさせてくれた。
ただしやはり先に読んだ小説のほうが感動的だったような気がする。そのほかにもいろいろ書きたいことがあるのだが、過去の記事と重複してしまうのでここまでにしておきたい。なお過去の記事を参照したい方は、『時空を超えて』をクリックしてみてね。
評:蔵研人
製作:2016年 米国 上映時間:116分 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ
原作はテッド・チャンの短編小説『あなたの人生の物語』である。この小説はだいぶ以前に購入していたのだが、いまだ読まないうちに映画のほうを先に観ることになってしまった。追っかけ早速小説のほうも読んでみたいと思う。
ストーリーは巨大な球体型宇宙船が全世界の12か所に降り立ち、世界中が不安と混乱に陥ってしまう。人類はエイリアンたちと接触して、来訪の意図を探るのだが、お互いの言語構成に大きな違いがあり、なかなか理解することが出来ない。そしてついに業を煮やした中国がエイリアンに宣戦布告し、全世界もそれに追随しようと決断してしまうのだった。
何日間もエイリアンたちと接触し、彼等の言語を理解しようと必死に勤めてきた言語学者のルイーズが、やっと彼等の意図を理解出来たのだが、時すでに遅しの状況である。果たしてこのまま宇宙戦争に突入してしまうのだろうか。
前半はあのスピルバーグ監督の名作『未知との遭遇』と似たような雰囲気が堪らなく懐かしかったのだが、後半になってだんだん哲学的なムードが漂ってくる。さらにはオープニングや時折流れる娘の回想シーンとの関連が全く理解出来ず、ますます難解さを深めてゆく。だがその難解さの謎がこの映画から一瞬たりとも目を離せなくしてしまうのである。SF映画ながらあのアカデミー賞にノミネートされた理由がやっと判ったと言いたい。
評:蔵研人
製作:2017年 日本 上映時間:103分+126分 監督:深川栄洋 原作:河野裕
原作の小説は未読だが、この映画を観る前に吉原雅彦が描いたコミックは読んでいる。ただコミックを読んだ時にも感じたのだが、正直言ってこの作品については作者の意図が見えないし、ストーリー展開についても私には理解し難い感がある。
映画についても、前・後編の作に分割するほど大長編に組む必要があったのかと疑問が残ってしまうのだ。ことに後編では中盤までは睡魔に侵されて辟易してしまった。もう少しすっきりとまとめて2時間半くらいの作品に仕上げて欲しかったね。
と言っても、能力をコピーする能力とか、写真の中に侵入する能力とかは、なかなか斬新で面白い発想だと感じた。またキャスト的には不満はないのだが、こうした作品はどうしても説明が多くなり、無理矢理映像化した感も否めないね。
いずれにせよ、なかなか評価の難しい作品であることは間違いないだろう。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2017年 日本 上映時間:120分 監督:鈴木雅之
京都の路地裏にひっそりと佇む『本能寺ホテル』のエレベーターは、戦国時代の『本能寺』へのタイムトラベルの入口だった。そんな荒唐無稽なお話で、綾瀬はるかのOLと堤真一演じる織田信長の出逢いをコミカルに描いた楽しい作品である。
さて『本能寺ホテル』のエレベーターで戦国時代に跳んでゆくには、織田信長が使っていた言う古い時計を起動する必要があり、逆に現代に戻ってくるためには、ホテルのロビーカウンターにある呼び鈴を鳴らさなければならない。従って自分の意志では現代に戻ることは出来ず、偶然呼び鈴が鳴らされるのを待つしかないのが難点なのであった。
綾瀬はるか演じるOLはボーッとしていて、流れに逆らわずに生きている目的のない女性なのだが、この物語全体の雰囲気もなんとなくぼんやりしていて灰色めいている感があった。そんな訳でこの話を通して何を主張したいのかが伝わってこないのが少し残念である。
またこうしたお話には、必ずラストのどんでん返しが用意されるはずなのに、それもほとんどなくただただ素直に終わってしまったところに脚本力の弱さを感じてしまった。
評:蔵研人
製作:2003年 米国 上映時間:116分 監督:リチャード・ドナー
原作は『ジェラシック・パーク』のマイケル・クライトンのベストセラー小説である。クライトンの小説では、量子物理学上のタイムトラベル理論や中世フランス史についての正確な描写が書き綴られているらしい。だが時間的な制約と万人受けに縛られる映画においては、そのあたりを詳しく再現することは難しい。
とは言いながらも、アクションシーンだけに集約してしまったのも、なんだか物足りない気がするのだ。それにいかにも悪人というレッテルを貼った人物が、二人も登場するのも子供騙しのようで気に入らない。
またオープニングの石像の謎と種明かしは、タイムトラベルもののお約束的なループなのだが、ラストシーンを待たずとも中盤ですぐに気が付いてしまったのも残念だ。
実はこの映画は、16年前に映画館で観て次に記したような評価をくだしている。2時間にまとめたところに無理があると感じたのは今回と同じなのだが、今回戦闘シーンやラストシーンに余り感動しなかったのは、16年前とはいえ一度観ていたからかもしれない。
(16年前のメモ)
マイケル・クライトンの原作は何度かブックオフで買おうと思ったのですが、なかなか上下巻が揃わないまま買いそびれていました。その後映画化になると聞いて、ずっと楽しみに待っていたのですが、映画の評判は余り良くないですね。
確かに肝心のタイムトラべル理論については、かなり省略されていたようですし、登場人物の描き方も今一物足りない気がしました。
だいたいこのような大作を、2時間程度の粋の中で描くこと自体に無理があります。TVシリーズとして、10回位の連続ドラマにしたほうが正解だったのかもしれません。また壮大なストーリーにしては、余り製作費をかけなかったのも、中途半端な作品にしてしまった要因だと思います。
苦言ばかり並べましたが、もちろん良い面もあります。囚われたヒロインが、わらの屋根を移動するシーンにはドキドキしましたし、火の玉投石と火矢を使った迫力ある戦闘シーンにも好感を持ちました。そして現代と過去を結ぶ感動的なラストシーンでは、思わず予期せぬ涙を落としてしまいました。
こんなところかな・・・。(-_-;)
評:蔵研人
★★★☆
製作:2003年 ドイツ 上映時間:110分 監督:セバスチャン・ニーマン
原作はアンドレアス・エシュバッハの大作『イエスのビデオ』で、早川書房から上下2巻にわたって出版されている。
ストーリーは、イスラエルの遺跡発掘場所で、2000年前の人骨と一緒に、何とSONY製のビデオカメラの取扱説明書が発見されるところからはじまるのだ。そして一緒に残された文書から、イエス・キリストが撮影されたカメラが存在することを知るのだが、その肝心のカメラの行方が分からない。
そのあとは、主人公たちが延々とビデオカメラを探す行動が続くのだが、カメラはなかなか見つからないどころか、謎の組織に追いかけられつかまって、殺されそうになる展開がしつこく続く。そして終盤まで散々引っ掻き回された敵が壊滅し、ビデオの映像が解明されるのはラスト直前の数秒間という、長過ぎるひっぱり具合に呆れたと、言うより腹が立ってしまった。
ところが10年前にこの原作を読んだ時に、このブログに掲載した記事を再読しまたまた驚いたところである。なんと既にこの映画もGyaOで鑑賞済みだったのである。しかも原作を超える良い出来だと高評価しているではないか。これはどうしたわけであろう。
つまりこの映画だけを観ると、書き切れないほど突っ込みどころ満載で、SFというよりも、ドタバタアクションに終始し、キリスト動画だけをネタにひっぱり過ぎるというがっかり映画なのだが、実は原作はもっともっと酷かったんだね。
という訳でこの映画に不満を漏らす人は、是非原作を読んで映画の出来の良さを再評価してみよう。ととと、これは皮肉なのだろうか・・・。
評:蔵研人
製作:2016年 日本 上映時間:110分 監督:三木孝浩
長ったらしいが、なにげにタイムトラベル系のストーリーを彷彿させられるタイトルである。原作は七月隆文のファンタジー小説なのだが、タイムトラベルものに敏感な私にしては、うかつにもまだ未購読・未読であった。
ただタイムトラベルものと言っても、タイムマシンなどで過去と現在を行き来すると言うような展開ではなく、時間が逆行する男女のラブストーリーというユニークな設定なのだ。
こうしたお話は、余り詳しく紹介するとネタバレになって感動が薄れてしまうため、レビューを書くのはなかなか難しい。もっとも韓流ドラマにはよく似た話がありそうなのだが、邦画としては珍しい展開である。
それにしても、主人公の福士蒼汰と小松菜奈はなかなかいい雰囲気で、びったしカンカンの配役だったね。だから荒唐無稽なストーリーにも拘らず、かなり共鳴してしまい涙が止まらなかった。
ただやはり時間の逆行という現象にはなかなか馴染めず、なんとなくしっくりこなかったのだが、ラストの逆行シーンでやっとそれを体感したような気がした。ここでまた涙・涙・涙となる。近いうちに是非、原作の小説を読んでみたいものである。
評:蔵研人
製作:2017年 日本 上映時間:129分 監督:廣木隆一
東野圭吾原作のファンタジー作品である。原作本はだいぶ前に購入していたのだが、読むタイミングを失って映画のほうが先になってしまった。というのは、小説を買って数日後に映画化されることを知り、先に小説を読んだら映画がつまらなくなるので、保留していたという訳なのだ。
ナミヤ雑貨店というのは、昭和時代に開業していた駄菓子屋のような店で、西田敏行扮するところの老人が一人で店番をしていた。そしてこの店では、閉店後にシャッターの郵便受けに悩み事を投函すると、翌朝牛乳受けに返事を書いて置くというサービスもしていたのである。
時は流れて、いつの間にか2012年になってしまった。とっくに閉店した「ナミヤ雑貨店」は風化してしまったが、まだ店だけは残ったままである。そこに侵入したのは、悪事を働いて逃げ込んできた三人の若者達であった。
そして突然驚いたことに奇跡が起こったのである。なんとシャッターの郵便受けに、32年前からの手紙が届いたのだ。
この『時空を超えた手紙のやり取り』という手法は、韓国映画の『イルマーレ』をリスペクトしたのだろうか。こうしたタイムスリップ系のお話は、それまで謎だった事柄が終盤になって全て繋がってきたり、どんでん返しが用意されたりするものだが、本作でもいろいろな人物を繋ぎ合わせて見事にラストシーンへ収束しているではないか。
さてこの映画の観客には、なぜか若い女性たちが多く賑やかだった。不思議に感じて後で調べたのだが、主演の三人のひとりに山田涼介という若者がいて、なんとこれが『男性アイドルグループ・Hey! Say! JUMPのメンバー』だというのだ。結局かの女性たちは彼を観にやってきただけだったのである。
その山田涼介君以外の二人は村上虹郎君と寛一郎君なのだが、三人ともおじさんには全く無名の俳優たちが主演を張っていたとしか思えなかった。もちろん、西田敏行をはじめ小林薫、萩原聖人、吉行和子、尾野真千子、成海璃子など、おじさんでも良く知っている俳優もかなり出演していたので、決してB級作品ではない。それにしてもあの昭和時代の雰囲気を漂わせている商店街は、今でも現存しているのだろうか。当然セットやCGも援用していると思うのだが、エンドロールで協力商店街名が流れていたので『本物』なのであろう。
評:蔵研人
★★★☆
製作:2007年 カナダ 上映時間:98分 監督:ジェイソン・ボルク
民間旅客機が時空を超えた異次元空間に移動してしまい、機内ではこれを元の世界に戻す努力が続けられる。またその航空機には、離陸直前に緊急事態で呼び戻された主人公・ケイレブの妻と娘が搭乗していた。地上に残されたケイレブは、必死になって手掛かりを捜査するのだが、なかなか思うように進展しない。
ところでなぜ航空機が異次元空間に跳んでしまったのかを説明すると、かなりややっこしいのだが簡単に要約すると次の通り。
●国家最高機密の「時空間移動装置」が開発者のウィンター博士に盗まれてしまう
●博士は悪人ではなく、その装置を政府が戦争に使用するのが耐えられなかった
●政府は国家機密の漏洩を恐れて、戦闘機を派遣して航空機ごと爆撃しようとする
●それに気付いた博士が、急遽機内で「時空間移動装置」を稼働させ、間一髪のところで航空機は異次元空間に消え去る
と言う流れである。それにしても簡単に一般の乗客全員を犠牲にしてまで守る国家機密なのだろうか。ちょっと待ってくれよと叫びたくなるではないか。
タイムトラベル系の作品は大好物で、ワームホールがどんどん巨大化して建物や人を次々飲み込んでゆく。そしてアメリカだけではなく、地球丸ごといや宇宙全体を破壊してしまうという超壮大な発想に、なんとなく同調したい気分に巻き込まれたのだが…。
その後の余りにも陳腐で理不尽な展開にむかっ腹が立ってきた。宇宙が破壊されてしまうという状況下で、なぜ機内でも地上でもアホなお邪魔虫がしつこく絡みついてくるのだろうか。もっともそれらの悪役が登場しないと、変化に乏しい退屈な映画にしかならないからかもしれない。
まあ娯楽作品なのだから、多少の無理が目についても目を瞑るしかない。だがこのような安易な展開ならば、あえてタイムトラベル系の映画にしなくとも、テロでも脱獄でもとにかく単なるハイジャク映画にすれば良かったのではないだろうか。
評:蔵研人
製作:2016年 米国 上映時間:113分 監督:ジェームズ・ボビン
2010年に製作された『アリス・イン・ワンダーランド』の続編である。監督がティム・バートンからジェームズ・ボビンに変わったが、主なキャストはジョニー・デップ、ミア・ワシコウスカ、ヘレナ・ボナム=カーター、アン・ハサウェイと、全く変わらない。ただ前作では20歳だったアリス役のミア・ワシコウスカが、完全に大人の女性に成長してしまったことにだけ違和感を覚えた。
前作はルイス・キャロル原作の『不思議の国のアリス』をアレンジしたようなストーリー展開と、超美麗でファンタステックな映像に驚かされたものである。だが本作はさらに脚本が練り込まれたようで、超美麗な映像のままストーリーにも深みを感じた。またVFXも格段に進化し、まるで『ハリーポッター』を観ているような感があった。
前作は映画館で観て、本作はDVDで観たのだが、本作も映画館で観ればもっと素晴らしかったに違いない。またストーリーの核が『時間テーマ』であり、タイムマシンで過去に戻ったり、パラドックスと世界崩壊を描いているところが面白かった。そして「幸せと愛に溢れた」エンディングにも感動できた。ただ赤の女王の過去だけは、気の毒としか言いようがなかったね・・・。
評:蔵研人
製作:2000年 米国 上映時間:104分 監督:ジョン・タートルトーブ
ブルース・ウィリス演じるところの主人公ラスは、イメージ・コンサルタントである。彼は著名人にイメージ・アップのためのアドバイスをして、かなり裕福な生活を送っている。
だが金儲けに走り過ぎる彼は、余り人に好かれない。ただ同僚のエミリーには少しだけ好感されているが、恋人とまではゆかない微妙な関係だ。
そんな彼の元に、ある日奇妙な少年が現れる。その少年の名もラスで、何となくどこかで見たような顔つきなのである。いろいろ話してみると、なんと少年は30年前のラス本人であることが分かる。
少年はラスに向かって「将来の自分が、望んだ職業にもつけず、結婚もせず、犬も飼わないとは最悪だ」と言う。どのような方法で、何の目的でラス少年が現れたのかは不明である。また常に大空からラスを監視しているような小型飛行機の存在も謎であった。
少年時代に同級生からいじめを受け、母親の死も自分のせいのように罵った父親。それらの嫌な過去を全て忘れ、必死になって勉強して今日の富を築いたラスだったが、人間として何かかが足りない。
そう夢や希望がないのだ。そのことを大人のラスが少年のラスに教えられるのである。ラストは感動の涙が止まらない。実にディズニーらしい映画なのかもしれない。心温まるハートフルな映画であった。
評:蔵研人
製作:1997年 米国 上映時間:100分 監督:ピーター・ハウイット
米国製のラヴ・ストーリーとしては、ちょっと異色な作品かもしれない。重大会議のある朝に遅刻してしまったヘレンは、ほかにもいろいろあってクビになってしまう。それでしょげかえって、そのまま帰宅しようと地下鉄の駅に向かう。
改札を潜ると、ちょうどホームに電車が到着したところだった。急いで階段を走るのだが、途中で子供とぶつかり電車のドアは閉まってしまう。だがその瞬間にもう一人の自分がいて、子供との衝突を避けて間一髪で、ドアをこじ開けて電車に乗ることが出来るのである。
もしあの時こうしていたら、運命はこう変わっていたという題材でスタートするこの作品。ここからは二人のヘレンのパラレルワールドが始まるのであった。二人を区別するため、電車に乗れたヘレンは髪を切りブロンドに染める。
では二つの運命はどのように変わったのだろうか。実はその後事故が発生し、この次の電車が大幅に遅れてしまうのだ。さらには電車に乗れたヘレンは、車内で隣席のジェイムズという男と運命的な出会いをすることになる。
だが早く帰宅したため、同棲しているジェリーと浮気相手の情事の真最中に遭遇してしまう。一方電車に乗れなかったほうのヘレンは、電車の遅れとひったくりによる怪我などのお蔭で帰宅は大幅に遅れ、その間にジェリーの浮気相手は帰り、浮気現場に遭遇することは無かった。
こうして二人のヘレンとその後の展開がパラレルに進行してゆくのだが、ストーリーは二転三転してゆく。果たしてどちらのヘレンが幸せになれるのだろうか。とワクワクしながら、あっという間に意外なラストへと進んでゆくのである。
まるでヨーロッパ映画のような展開で、よく練り込まれたちょっぴりお洒落な脚本といえるだろう。またヘレンを演じた長身の女優も、なかなかキュートで魅力的だなあと思いながら観ていた。
実はそのヘレンを演じた女優こそ、この作品から11年後に製作された『アイアンマン』でヒロインを演じるグウィネス・パルトローその人だったのである。
評:蔵研人