タイムトラベル 本と映画とマンガ

 本ブログは、タイムトラベルファンのために、タイムトラベルを扱った小説や論文、そして映画やマンガなどを紹介しています。ぜひ気楽に立ち寄って、ご一読ください。

小説

R&R 

★★★☆
著者:静月遠火

 どうも最近は読めない凝った名前や、男なのか女なのか分からん名前を名乗る作家が多い。本作の著者「しづきとおか」も、まさにその両方を兼ね備えた性別・年齢不詳の謎の人物といった雰囲気が漂う。

 タイトルの『R&R』は、Rock and Roll(ロックンロールの略)ではないし、Rest and Recuperation(慰労と休養の略)でもない。実はReset(やり直し)とRepeat(繰り返し)の意味のようだ。
 そう本作は、廻谷千瀬という高校1年生の男子が、5月6日を何度も繰り返すのである。そしてその都度、新海百音という初見の先輩女子高生と逢い、この繰り返し状況を解除する方法を話し合うというストーリーなのだ。

 本作の中でも語られているが、まさにあの名作映画『恋はデジャブ』とそっくりな展開と言えば、タイムトラベルファンならピンとくるであろう。ただこの毎日の繰り返し状況は、映像にすれば面白いのだが、小説として書くのはかなり難しいのではと考えていた。

 ところが本作はその難題を見事にクリアし、細部に亘るまで巧みに練り込また展開に終始している。またそのテンポの良さと、ミステリー、恋愛、青春、ファンタジーを少しずつブレンドした風味に酔いしれてしまうだろう。ただ残念なことにエピローグだけは、急ぎ過ぎたような、こじつけたような、無理矢理感が鼻を突いてしまった。

 それにしてもこの作家は、ペンネームも読みづらいが、登場人物の名前も読みづらいものが多いよね。例えば主人公の廻谷(めぐりや)とか、女子高生の外木(とのぎ)とか、わざわざ読みにくい苗字を使うのは、読者に対して不親切ではないだろうか。

評:蔵研人

時をかけたいオジさん3

著者:板橋雅弘

 タイトルやカバーイラストを見れば、誰でもあの名作『時をかける少女』を髣髴してしまうだろう。そして少女がオジさんに代わったパロディ版の『時かけ』なのだろうと想像するはずである。
 ところがぎっちょん、主人公のオジさん西東彰比古自身がタイムリープする訳ではないのだ。タイムリープするのは、彼の初恋の人で高校時代に同級生だった時岡留子なのである。
 
 その留子は謎の転校生として突然16歳の彰比古の前に現れ、ある事件を解決するといつの間にか消えてしまう。そして次は16歳のまま突如46歳の彰比古の前に現れるのである。
 年を取らない彼女は一体何者なのか、そしてどこからどんな目的をもって現れたのであろうか。それをバラせばこの小説の旨味は半減してしまうので、ここでは秘密にしておこう。

 文字が大きくてストーリー展開がテキパキしているので読み易く、あっという間に読了してしまった。また過去と現在を行ったり来たりするので、なかなか興味深かったのだが、途中から急に荒唐無稽でマンガチックな展開に染まってしまったのは筆不足かも・・・。ただラストのまとめ方だけは、そこそこ味わい深かったよね。

評:蔵研人

大逆転!ミッドウェー海戦

★★★☆
著者:檜山良昭

 ミッドウェーとは日本とハワイの間に位置する2つの島と環礁のことを指す。また『ミッドウェー海戦』とは、太平洋戦争中にミッドウェー島周辺で行われた日米海戦のことを言う。
 またその海戦において、日本海軍機動部隊は米国海軍機動部隊との航空戦に敗れ、空母4隻と搭載機約290機の全てを喪失してしまう。そしてこの敗北によって、戦争の主導権を米国に握られてしまうという、まさにターニングポイントとも言える戦いなのである。

 ただ日本海軍の戦力のほうが、米国海軍より遥かに上回っており、簡単に勝てたはずなのになぜ負けたのかと主張する人も多い。そして巷では、「日本海軍の暗号が筒抜けだった」とか「山本長官の作戦自体がおかしかった、または南雲艦長が無能だった」とか、「レーダーの性能が不完全だった」とか「零戦のパイロットが未熟だった」とか、数え上げればきりがないくらいの理由が論じられている。

 本作ではミッドウェー海戦直前に、突然UFOが出現して米国を有利な状況に導いたという荒唐無稽な設定となっている。そしてその謎を解明するために、現代(1988年)の米国軍隊が時空移動兵器を使って1942年のミッドウェー海域に調査隊を送り込むのである。ところが時空移動兵器の発動により巨大な竜巻が生じて、近くを航海中であった日本の自衛隊護衛艦4隻も巻き込まれて過去に送り込まれてしまうのだ。

 このあと自衛隊護衛艦が最新ミサイルを使って、1942年時代の米軍戦闘機・爆撃機を次々に撃ち落としてしまい、結果的にはタイトル通り『大逆転!ミッドウェー海戦』となり、歴史を塗り替えてしまうのである。不謹慎かもしれないが、このあたりの描写は、日本人ならきっとスカッとすることだろう。
 またここまで書くと、かわぐちかいじ氏の長編マンガ『ジパング』を思い出してしまった。ただジパングのほうが本作よりずっと後に発表されているので、本作から何らかの影響を受けたのかもしれない。

 それにしても著者の檜山良昭氏の、戦争や兵器に対する造詣の深さには脱帽せざるを得ない。本作のほかにも『日本本土決戦』、『アメリカ本土決戦』、『大海戦!レイテ海戦』、『大逆転!戦艦大和激闘す』など、数々のシミュレーション小説を世に送っている。タイムトラベルものとしては、やや物足りないかもしれないが、過去をひっくり返してスカッとするためにもう数冊読んでみようかな・・・。

評:蔵研人

フラッシュバック

★★★☆
著者:テリー・ヘリントン  訳者:進藤あつ子

 現代女性が過去にタイムトラベルをして、そこで逢った男性と恋に落ちるというお話である。ストーリー構成としてはよくある展開でハーレクイン・ライブラリーなどには似たような小説が目白押しだ。
 私が読んだものでは『時の扉とシンデレラ』、『恋はタイムマシンに乗って』、『時のかなたの恋人』、『ハイランドの霧に抱かれて』、『時の旅人クレア』などなど書き出したらきりがない。また逆バージョンで、現代男性のほうがタイムトラベルして過去の女性と恋に落ちる話としても『ある日どこかで』、『ふりだしに戻る』、『七年後の恋人』などがある。

 と言うことでストーリー構成には、目新しさが認められない。ただ本作が他の作品と異なるのは、ヒロインがタイムトラベルするたびに体力を消耗し、もしかすると命を落としてしまうことになるかもしれない、ということなのである。この設定によって、読めば読むほどドキドキ・イライラが募り、早く先を読みたいという欲望に駆られて、あっという間に読破してしまうのだ。

 ヒロインのセアラは、目の前で事故死した老人マーカスの遺品を調べるうちに、セピア色に染まった過去の写真の中に、若き日のマーカスと自分自身を見つけるのである。もしかすると、セアラとマーカスは過去の世界で恋人同士だったのかもしれない・・・。
 そしてセアラは、屋根裏部屋で古い写真機を見つけ、そのシャッターを押すたびに過去にタイムトラベルをするのだが、双子の妹カレンに呼ばれると、また現代に戻ってしまうのである。だがまたマーカスに逢いたくなり、古い写真機のシャッターを押すのだった。
 その都度セアラはかなり体力を消耗し、昏睡と入院を繰り返すのである。つまりセアラが命を懸けなければ、マーカスに逢うことが出来ないのだ。果たして時空を超えて出逢った二人の、切ない恋は成就するのだろうか・・・。

 それにしても命をかけたセアラの激しい恋心は、一体どこから湧き出てくるのだろうか。何となく幽霊に魅入られた『怪談・牡丹燈篭』の世界を想像してしまった。この辺りの女心は「恋を忘れたおじさん」にはちょっと理解できない。だがきっと恋する若者たちの気持ちは、小説に近いのかもしれない。まあそれはそれとして、切ない中にも心温まるラストシーンは実に見事であった。

評:蔵研人

涙のタイムトラベル3

著者:きむらゆういち

 ジュニア向けの小説で、事件ハンター・マリモシリーズのうちの一冊である。読者対象は小学生の中・高学年というこで、挿絵が多く文字が大きいので読み易い。さらに総ページ数も約160頁なので、わずか30分程度であっという間に読了してしまった。

 ストーリーの内容は、主人公のマリモちゃんが友だちのケイタと二人で、発明家のパパが創ったタイムマシンで、過去にタイムトラベルするお話である。半分はアクションシーンで占められており、タイムトラベルものとしては単純だが、意外と飽きることなく楽しく読ませてもらった。胸がキュンとなるシーンも含まれており、小学生に読ませるには良い小説かもしれない。

評:蔵研人

時の罠

★★★☆
著者:辻村深月、万城目学、米澤穂信、湊かなえ

 『時』をテーマにした4人の作家によるアンソロジー、と聞いて飛びついたのだが、私が期待したタイムトラベルものではなかった。初出誌はいずれも『別冊文藝春秋』で、タイムカプセルがらみの作品が2つ重なっているし、どちらかと言えば『時間の経過』をテーマにしたような話ばかりだった。

 まあだからと言ってつまらなかった訳ではなく、そこそこ楽しめたのでここにその四作の内容を簡単に記しておきたい。
タイムカプセルの八年  著者:辻村深月
 四作の中では本編が一番長編で、かつ一番出来が良かった気がする。さすが人気の辻村深月である。テーマのタイムカプセルよりも、いつまで経っても大人になり切れない『人見知り・事なかれ親父』の心情と家庭の事情を、面白おかしく上手に描いている。
トシ&シュン  著者:万城目学
 縁結びの神様が学問の神様の手伝いをするという荒唐無稽なお話。それの何が時間テーマに繋がるのかと言うと、神様と人間の時間間隔の違いと言うところかな・・・。
下津山縁起  著者:米澤穂信
 下津山の大規模土地開発にからむ出来事を2000年間に亘って語り紡いでゆくお話。出来が悪いわけではないが、四作の中では一番短編なのだが退屈だった作品でもある。
長井優介へ  著者:湊かなえ
 本作もタイムカプセルがらみの作品なのだが、主人公の耳が悪くて三秒後にしか相手の声を聴くことが出来ない。それが原因で相手に誤解を与えてしまい、いじめにあったこともある。だがある人にもらった『お守り』のお陰で無事成長することが出来た。その『お守り』とは一体何だったのか。実はタイムカプセルの中に封印してあったのだ。さすが実力派の湊かなえである。辻村深月作品といい勝負だね。

評:蔵研人

戦国スナイパー 信長との遭遇篇

★★★☆
著者:柳内たくみ

 著者の柳内たくみは、元自衛官という変わり種である。従って現代武器と戦略などについては、かなり造詣の深い記述がみられる。またデビュー作の『ゲート 自衛隊彼の地にて、斯く戦えり』も、自衛隊員の奮闘が物語のメインとなっている。

 さて本作である。いきなり訓練中に、一人だけ戦国時代にタイムスリップしてしまった陸上自衛隊員・笠間慶一郎二等陸曹。だが彼はタイムスリップしたとは思ってもいなかったため、身の回りに起きている殺戮と死体の山を見ても、時代劇の撮影現場なのだろうと、勝手に推測していた。やがてそれが本物の死体と惨劇だと気づき、火縄銃で賊に狙撃を受けていたのが、あの織田信長であることが判明する。

 と言う出だしでから、やっと戦国時代にタイムスリップしてしまったことを理解した慶一郎が、信長の配下として働くまでを描くSF時代小説なのである。慶一郎は狙撃の名手であり、現代の武器も装備しているのだが、人を殺すことが出来ない。
 本来なら現代の武器と狙撃技術及び軍事知識を駆使すれば、戦国時代ではスーパーマンとして活躍できるはずである。ところが本作では、現代人で殺人経験のない慶一郎には、人を狙撃することが出来ないのだ。

 それでスーパーマンを期待していた読者のイライラが募って来るのだが、作者はあえていきなり慶一郎を超人化せず、普通の人間として描きつつ、この時代に少しずつ慣れていく姿を描写しようとしているのだろうか。またそうした温い展開に終始することにより、いろいろなキャラクターを登場させたり、信長の信頼を得られるように配慮したのかもしれない。
 いずれにせよ、本作は全5巻であり421頁もある本書さえも、まだ序章に過ぎない。今後どのような展開になるのか楽しみであり、少しずつ続編を買い足してゆきたいと考えている。

評:蔵研人

ふりだしに戻る

★★★☆
著者:ジャック・フィニイ 翻訳:福島 正実

 イラストレーターのサイモン・モーリーは、ニューヨーク暮らしにうんざりしはじめていた。そんなある日、政府の秘密プロジェクトの一員を名乗る男が訪ねてくる。このプロジェクトの目的は、選ばれた現代人を、過去のある時代に送り込むことだった。そしてサイモンは、『青い手紙』の謎を解くために過去に旅立つことになる。

 ここまで書くとなんとなくSF小説のようだが、だが過去に跳ぶ方法はタイムマシンではない。実は過去そっくりに創られたセットの中で、過去の服装をして、自己催眠をかけるようにして過去に行くのである。
 この方法はリチャード・マシスンの『ある日どこかで』と全く同じ方法である。もちろん本作のほうが少し早く出版されているので、『ある日どこかで』のほうが真似たのかもしれない。いずれにせよ『ある日どこかで』同様、SFというよりはラブファンタジーとして分類したほうが適切だろう。
 
 本書が古典的な名作であることは間違いないのだが、1880年代のニューヨーク風景が延々と綴られるので、ニューヨークをよく知らない者や興味のない者にとってはかなりの苦痛となるはずである。かくいう私も、途中何度もこの本を投げたくなったものだ。
 広瀬正の書いた『マイナス・ゼロ』というSF小説がある。こちらはタイムマシンで昭和初期に跳び、古き良き東京の風景と人情を描いているのだが、昔の東京を知っているためか、懐かしくてなかなか味わい深かい作品であった。おそらく本書の風景描写も、古きニューヨーカー達にとっては、同様の気分を味合わせてくれる嬉しい描写なのかもしれない。

 さて本書は、上下巻それぞれ350頁程度ある長編小説なのだが、上巻は先に述べた通り古き良きニューヨーク風景描写に終始していて、ニューヨーカーでない我々日本人には、かなりの忍耐力が要求されるだろう。だが下巻になると、やっと登場人物間の会話や心理描写が介入しはじめて、俄然ストーリーもメリハリを帯びてくる。そして下巻の135頁頃からは、火災脱出や逃亡劇などのアクションシーンの応酬で息つく間もなく、やっと面白さが暴発するのだ。そしてそこからは、ホップ・ステップ・ジャンプで、一気にラストまで読み込んでしまうはずである。

 と言いながらも、相変わらず執拗に古きニューヨークの描写は途切れない。ほんとうにこの著者は、古きニューヨークにのめり込んでいるのだと、感心したり呆れてしまうのだが・・・。ただ写真やスケッチ、あるいは当時の新聞記事などを巧みに利用してマンネリ化を防止している。これは実に見事な創作手法ではないか!。ただあの傷んだ写真や絵は、一体誰がどこで手に入れたのかが気になるところである。

評:蔵研人

さよならアリアドネ

★★★☆
著者:宮地昌幸

 ある日のことである。未来からやって来た中年女の”アリアドネ邦子”に、「このままだと最愛の妻に見捨てられて不幸のどん底に落ち込みますよ」と忠告される。また「それを阻止するためには、15年後の未来に跳んで、同じ8月23日を72回繰り返して、未来を変える方法を見つけるしかありません」とも断言される主人公の服部政志33歳であった。

 著者はあの『千と千尋の神隠し』の助手を皮切りに、数々のアニメを手掛けている宮地昌幸である。そして本作の主人公・服部政志もアニメーターという設定であり業界人も登場するので、もしかすると半分は自分自身の心境を描いた疑似私小説なのかもしれないね。

 前半は政志が四苦八苦して、同じ日を72回繰り返してなんとかハッピーエンドを迎える。そして邦子が2050年の未来に戻り、時空興信所長に「業務報告書」を提出する。かなり長い報告書なのだが、少し分かり難かったストーリー全体をまとめてくれたので助かった。ところがここまでで、まだこの小説の半分を消化しただけなのである。

 この後一体何があるのかと思っていたら、また過去に戻ってきた邦子が、政志の前でとめどなく泣き崩れてしまうのである。おいおい一体どうしちゃったの?と首をひねっていたら、今度は邦子の不幸な物語の幕開けであった。そしてその不幸を少しでも緩和するために、二人はタイムマシンで過去(邦子にとっては過去だが、政志には未来)へ跳んでゆくのであった。

 結局のところ本作は、政志と邦子の二人の不幸を阻止するためのタイムトラベル小説だったのだ。ただ前半の政志のタイムループ話は少し退屈であり、後半の邦子の過去改変のストーリーのほうが面白かった。ただ改変した過去とのタイムパラドックスについては、やんわりとパスしているのでかなり物足りないのが残念であった。

評:蔵研人

時の扉とシンデレラ


★★★☆

著者:ヴィクトリア・アレクサンダー

 なんともくすぐったい様なロマンチックなタイトルではないか。それもそのはず、本書はハーレクイン文庫エロティック・コンテンツであり、著者はこれまでに20作以上のヒストリカル・ロマンスを世に送りだしている売れっ子女性作家なのである。
 さてハーレクインには、次のお約束があることはご存じだろうか。
1.どんな作品も必ずハッピーエンドで結ぶ
2.ヒロインは基本的に前向きで、美しさと強さを兼ね備えた女性であること
3.ヒーローは当然ハンサムで、財力・権力・知力のいずれも申し分のない男性であること
 つまり王道のラブストーリーだからこそ、女性読者たちは安心してその世界に没頭し、疑似恋愛を楽しめるのであろう。だが男性たちには非現実でばかばかしい小説に映るかもしれない。ただタイムトラベルファンにとっては、ハーレクインにはそこそこ没頭できるタイムトラベルロマンスが多いので馬鹿にすることは出来ないのだ。もちろん本書も大いに楽しめるはずである。

 本作は1995年の米国で暮らし、恋に縁遠かった26歳のヒロイン・マギーが英国旅行中に、1818年の英国にタイムスリップしてしまうお話である。そしてそこで出会ったハンサムな伯爵と恋に落ちるという、よくありそうなお話なのだ。
 このお話でタイムマシンの役割を果たしたのは、霧のロンドンに現れたアンティークで魔訶不思議な雰囲気の馬車である。だがこの馬車がタイムスリップしたのは、1995年からピッタリ177年前ではなく、そこから1か月間前のロンドンだった。と言うことは、1か月後にまた同じ場所に馬車が現れて、マギーはまた元の世界に戻るという理屈になるのだろうか・・・。

 主な登場人物はヒロイン・マギーのほか、アダムこと第七代リッジフィールド伯爵とその妹リディアであり、バックグラウンドもほぼアダムの屋敷の中という構成になっている。もちろん舞踏会やそこで知り合った数人の男女との絡みもあるのだが、それらを全て加えても約10名程度の配役に過ぎない。まるで舞台劇のようなこじんまりした世界なのであるが、そのお陰で登場人物の名前が覚えやすかった。

 なにせエロティック・コンテンツと銘打っているのだから、エログロに落ちない程度の子細な性描写と、燃えるような恋心とドロドロした猜疑心の心理描写が延々と続いて行く。また「マギーは未来に戻るのか否か」もだんだん気になってくる。
 そしてラストの大団円では、きちっとタイムトラベルもののお約束を守ってくれたではないか。だから男性読者たちでも、たまにこんな恋愛小説を読んでも決して損はしないだろう。さらにもしリディアがヒロインとなる続編が創られれば、是非とも読んでみたいものである。

評:蔵研人

リライト

★★★☆
著者:法条遥 
 
 リライト(Rewrite )とは、基本的には「書き直す」または「書き換える」といった意味の英語である。IT用語としては、既存システムの枠組みは維持しつつ使用言語(プログラミング言語)を改めることを指す。
 また編集用語では、著者以外の人が文章に手を入れて書き直すことを言う。もちろん高名な小説家に対しては、失礼になるため手直しはできない。どちらかと言えば、文筆家以外の人が書いた実用書などの文章を読み易くするために、無名のライターがおおもとを変えずに文章を手直しする作業を言う。

 ただ本作のタイトルである『リライト』の意味は、なかなか一筋縄では説明できない。まず目次を見れば分かるのだが、2002年と1992年を何度も繰り返している。そしてその都度「私」の視点が異なっているのだ。
 つまり同じ出来事なのに、それぞれ別人が主人公として描かれているということなのである。最初はそれに気付かないため奇妙に感じるのだが、その種明かしは終盤の同窓会二次会の中で明かされることになる。この繰り返しパターンを『リライト』と考えることも出来るのだが、単純に作家の高峰文子が書いた私小説『時を翔ける少女』の改竄のことを指しているのかもしれない。

 過去は絶対変わらない・・・はずだったのだが。西暦1992年夏。中学二年生の桜井美雪は、旧校舎に突然現れた転校生の園田保彦と出会う。ラベンダーの香りとともに現れた彼は、西暦2311年からやってきた未来人だった。
 なんとなく筒井康隆の『時をかける少女』に似ている。いや似ているというより、『時をかける少女』をより難解にアップデートしたオマージュ作品なのだろうか。いやいやもしかすると『時をかける少女』のリライトかも(笑)。

 いずれにせよ一度読んだだけでは、その意図がよく理解出来ない作品であろう。事実私自身も完全に読み解けないまま、本書の評を記しているという情けなさ・・・。だがよく理解できないながらも、本書がそこそこ味わい深く、楽しめる作品であることは否定できないのだ。

評:蔵研人

時をめぐる少女3

著者:天沢夏月

 本作は筒井康隆の『時をかける少女』とは、全く異なる話であり、そのオマージュでもない。ただあるとき時間の流れの中をさ迷ったことのある女性の日記帳のようなものである。

 本作は次の4つの章で構成されている。
1. 9歳(小学生)の私
2.13歳(中学生)の私
3.21歳(大学生)の私
4.28歳(社会人)の私

 9歳の時、近所の公園で、銀杏並木の奥にある「とけいじかけのプロムナード」という広場を見つける。そこで時計回りに歩くと未来に行き、逆に回ると過去に行くという。でもそれはいつでも誰でも経験できることではなく、私も通算4回しか経験がない。

 小学生の時は父と離婚して、転勤による引っ越しを繰り返す母との確執に悩む。また中学生の時は、転校生同士の葛藤により生涯の親友となった新田杏奈との交友を描く。
 大学生になると、上手くゆかない就職活動に悩み、恋人となる月島洸との出会いと戸惑いが描かれる。そして社会人となって、やっと落ち着いたかと思ったら、月島洸からの結婚申し込みによって、再び少女時代のような憂鬱が襲いかかって来るのだった。

 本作は一見タイムループ的な作品であるが、9歳と28歳の時に2度ずつ少しだけ時間の流れの中をさ迷っただけであり、本質は主人公の悩みと成長に主眼が置かれているのだ。従ってSFでもファンタジー作品でもなく、若い女性の手記を脚色するための道具立てとして、時をめぐるというメルヘン的なシーンを盛り込んだに過ぎない。

 まあ同年代の女性たちにはそこそこ受けるかもしれないが、少なくとも我々おじさんたちは、全く共感が湧かないであろう。ただ読み易かったので、それほど苦痛ではなかったのが救いであった。

評:蔵研人

21グラムのタイムトラベラー

 ★★★☆
著者:天沢夏月

 21グラム(3/4オンス)とは、人の魂の重さといわれている。それは1907年にマクドゥーガル博士が実験結果を学術誌に発表し、それを「The New York Times」が大々的に取上げたため、世界中に広く知られるところとなったものである。
 しかしながらやはり学術界では疑問視する声が多い。またヒトは死ぬ瞬間に肺で血液を冷やせなくなるため、急激に体温が上昇しスッと熱が引く現象が起きる。その際に発汗する量が21gなのだ。という説も囁かれているのだが、その真偽はいまだ藪の中である。

 21グラムの由来はそれくらいにして、つまり本作のタイトルは『魂(幽霊)のタイムトラベラー』をもじったものであろう。まず主人公の石崎すばるが、小学校の近くに咲いている紫陽花の中で美しい女性の幽霊に出会うところからはじまるのである。その幽霊は未来からやってきた大学生の相原琴奈だった。そして彼女は「今日転校してくる小学生の相原琴奈と仲良くしてはいけない」と言う。
 二人が仲良くすると、結局は二人とも不幸になると言うのである。その理由は教えてくれないのだが、二人が成長するごとに少しずつ小出しに明かされてゆく。そして22歳の梅雨がはじまり、全ての謎が解明されるのである。
 
 そして時間が巻き戻されて、今度は転校するために母親と小学校の近くを通る相原琴奈が、紫陽花の中で幽霊の石崎すばるに話しかけられるのだ。大学生の彼はこう言うのだった「今日、石崎すばるしいう男の子に出会うから、仲良くして欲しい。そして苦しいことがあったら一人で抱え込まないで、遠慮なく彼を頼って欲しい」

 エピローグは僅か4ページだが、実に感動的なのだ。このエンディングを記したいがために、延々と小学生時代から大学生時代までの二人の純愛を綴ったのだと言っても過言ではないだろう。実に見事な締めである。やはり不幸になるより幸せになったほうが泣けるよね。小説を読んで久々に大粒の涙を流してしまった。

評:蔵研人

イマジン

★★★★☆
著者:清水 義範

 この著者の作品はとても読み易くて面白いので、すぐに読むつもりだった。ところがいつもの薄い短編集ではなく、なんと667頁に及ぶ分厚い文庫本だったため、恐れをなして本棚の隅っこで眠ってしまったのである。だが本棚でこの本を見つけるたびに気になり、満を持してこの長編小説を読んでみたところ、超・遅読者の私でもあっという間に読破してしまったのだ。
 もちろんタイトルの『イマジン』は、あのジョン・レノンの名曲を意味しているのだが、直訳した「想像する」という意味も兼ねているようである。ある意味「若き日の父への想像や未来の自分自身への想像」、ということであろうか・・・。

 父親と大喧嘩をして一人暮らしをしはじめた19歳の翔悟は、どうした訳か何と23年前にタイムスリップしてしまうのである。だがその世界では使える金も知り合いもない。頼れるのはただ一人、若き日の父・大輔しかいないことに気づき、仕方なく父が暮らしていたというアパートを探し当てるのだった。
 そして翔悟は偶然、酔いつぶれて路上で倒れている若き日の父・大輔に遭遇し、彼を助けることになるのである。若き日の父はちょっぴり頼りないが、とても好人物で真面目な男だった。そして二人は互いに何か引き寄せられる絆を感じ合ってしまう。だからすぐに二人は親友になり、しかも息子の翔悟が、未来では厳しい父が出世する礎を創ってあげることになるのだ。
 さらに仕事の話が一段落したあと、まだ暗殺されていないジョン・レノンを救出するために、二人でニューヨークに向かうのである。そんな急展開・荒唐無稽・とんでもハップンな展開に、清水節が冴えわたることになる。

 さてタイムスリップして「若き日の父親に遭遇」というパターンは、浅田次郎の『地下鉄に乗って』、本多孝好の『イエスタデイズ』、重松清の『流星ワゴン』さらに映画においても『オーロラの彼方へ』、『青天の霹靂』など、実によくある話なのだが、きっと誰でも感情移入してしまう特効薬なのかもしれない。
 本作ではことに、過去から現在に戻ってからの「再遭遇」が実に感動的であった。父親と息子の関係とは、照れ臭さと反発さえ除外してしまえば、それほど素晴らしい絆で結ばれているのだろうか。中学生のときに父親が他界してしまった私にとって、親父と一緒に酒を酌み交わすことは、あの世で実現させることしか出来ないのが悲しいね・・・。

 さてそれにしても本作は、かなりの引用やオマージュが鏤められているものの、矛盾が生じないよう細かい部分に神経を配りながら、分かり易くて読後感のすっきりした作品に仕上がっているではないか。ただ唯一気に入らないのが、ダコタ・ハウスで突然出現するアーノルドの存在だ。この男の任務の設定が実に安易で古臭く、手垢が付き過ぎているからである。
 いずれにせよ歴史には拘らず、パラレルワールド含みのどんでん返しで締めくくっても良かったのだ。また歴史通りの進行を選んでも、あともうひと捻りの工夫が欲しかった、と感じたのは決して私だけではないだろう。だがその部分に目をつぶってしまえるほど面白い、「時を超えた父子の絆」を描いた感涙長編ファンタジー小説なのである。

作:蔵研人


クロノスの少女たち

★★★☆
著者:梶尾真治

 とても可愛いカバーイラストを見ればすぐに判るが、本作は中学生向きのライトノベルである。ちょっぴり教育的な部分もあるが、大人が読んでもワクワクしながら楽しめるので、どうぞご心配なくお読みください。
 本書の原典は週刊『朝日中学生ウイークリー』で連載された「彩芽(わたし)を救え!」と「水紀がジャンプ」の二作品である。それに加筆・修正して一冊にまとめたのが本書と言うことになる。

 どちらも梶尾ワールドの神髄である時間テーマものであるが、それぞれ「意識のタイムリープ」と「タイムマシンを使ったタイムトラベル」ものに分類すればよいだろう。
 「彩芽を救え!」は、交通事故で死にかけた少女の意識が、時空を超えて次々に身近な人々に乗り移りながら、なんとか自分自身を事故から救い出そうとするお話である。また「水紀がジャンプ」のほうは、変わり者の伯父さんが発明したタイムマシンに乗って、アラビアンナイトの世界と恐竜の世界を冒険する少女のお話である。

 どちらの作品も、時空の旅がテーマになっているのだが、次は一体どうなるのかと、気になりながらあっという間に読破してしまう構成も似ているではないか。また二作まとめて新書版で約220ページという手ごろな長さなので、速読の得意な人なら2、3日もあれば簡単に読了してしまうに違いない。とにかくライトノベルの名の通り、軽くて楽しい小説である。

評:蔵研人

クイックセーブ&ロード

★★★☆
著者:鮎川 歩

 普通の人間なら、人生は一回限りでやり直しがきかないのだが、本作の主人公は何度でもやり直しができる能力を持っている。つまり死んでも再生可能ということなのだが、事前にセーブしておくことが必要となる。そうすることにより死後に再生する時間と空間が、セーブした時点からのやり直しで済むことになるのだ。

 セーブそのものはただ頭の中で念じるだけなので、脳に針を突き刺すような感覚が一瞬走るだけなのだが、死ぬときの痛みと恐怖感は半端ではない。それでも主人公は何度も何度も自殺を繰り返して再生しているのである。その感性は余り理解できないし、主人公の暗くてドジではっきりしない性格も好きになれない。
 ただ唯一の協力者である「超能力研究会」の常盤夢乃先輩のキャラだけは、なかなか好感が持てるし、染谷の漫画チックなイラストもなかなか良い味を漂わせている。

 ストーリーは、幼馴染の女の子を救うために、主人公が何度も自殺と再生を繰り返して別の結果を導こうとするのだが、ドジで非力で弱虫のためなかなか思うような結末にならない、といったループものにはよくある展開なのだ。そして終盤になって致命的なミスを犯してしまうのだが、それが通常のゲームと違い平行セーブできないという弱点であった。

 いずれにせよ新鮮さやストーリーの緻密さにはやや欠けるものの、読み易さという面ではかなり評価できるかもしれない。なにせ超・遅読症の私でも、350ページ近い本作を、僅か3日間で読了してしまったのだから…。

評:蔵研人

約束

★★★☆
著者:村山由佳

 村山由佳がイラストレーターと創った絵本から、文章の部分だけを取り出して再構成した『絵のない絵本』である。子供向けで字数も少なく読み易いので、誰でもあっという間に読めるだろう。
 収録作品は表題の『約束』をはじめ、『さいごの恐竜ティラン』、『いのちの歌』の三作で紡がれている。
 この中で一番長いのが約80頁の『約束』で、4人の少年たちの友情をノスタルジックたっぷりに描いた『スタンド・バイ・ミー』もどきの小説である。その中で難病で入院した友達を助けるために、タイムマシン製作に夢中になってゆく3人の少年たちの涙ぐましい努力が実に微笑ましい。

 『さいごの恐竜ティラン』は、肉食恐竜に子供を食われた草食恐竜が、その肉食恐竜の赤ちゃんを育てるというお話。また『いのちの歌』は、人間によって汚染された海の中に迷い込んでしまったくじらの母子の愛情物語である。ともにいのちの尊さと母性本能の深さを、しみじみと描いてジーンとくる短編小説に仕上がっている。

評:蔵研人

タイムトラベラーK3

著者:本木治
 
 「人生どこからやり直す」というサブタイトルで、どうやら過去に何度もタイムスリップして人生をやり直すという『リプレイ』のような小説のようだ。そう聞いてタイムトラベルファンの私は、どうしてもこの小説を読みたくなってしまった。
 ところがなぜか現在アマゾンでは扱っていないのである。それに出版元が文芸社なので、半分自費出版のような扱いなのだろうか。
 そんな疑問を感じつつも半ば諦めていたのだが、ひょんなことからセブンイレブンのネットショップで購入できることが分かった。それで早速購入したのだが、なんと100ページにも満たない超薄い文庫本だった。従って超遅読者の私でも、あっという間に読破してしまったのである。

 本作の目次を見ると次のような構成になっている。
Ⅰ.序
Ⅱ.ナオコ
Ⅲ.マサコ
Ⅳ.ナオコとマサコ
Ⅴ.マサコ

 この中の序章は、まさに著者自身のことを書き綴っているようである。そしてその後のタイムトラベルは、著者の願望なのだろう。
 著者は貧しい家に生まれ育ったが、ハンサムで頭脳明晰で女性たちのあこがれの的だったという。ただ家が貧しく私立校には行けなかったため、必死で勉強ばかりしていたことと、吃音だったため内に籠り易く「強迫性障害」を患わってしまった。そのために望む職業にもつけず結婚もできず、50歳を超えて生活保護に頼るだけのただのデブおじさんになってしまったのだという。

 そんな現状を嘆きながらも、もし過去に戻ることが出来たら、もう一度人生をやり直したいと、考えながら自転車を漕いでいるとき、なんと脇道から急に飛び出してきた自動車に跳ねられて意識を失ってしまう(死んだ?)、という寂しく悲しい現状を嘆いているのである。
 
 まあここまでは良いとして、その後のやり直し人生については、K・グリムウッドの『リプレイ』のように複雑ではなく、学生時代に知り合った二人の女性と上手く付き合うということだけに絞った単調な展開なのだ。だから100ページに満たない薄さなのである。
 それにしても、もう少し複雑な展開やタイムパラドックス、どんでん返しなどを期待していた私には、かなり物足りない内容であった。まあだからと言って決してつまらない話でもなく、読み易くて楽しく読ませてもらったことも否めない。いま一つの展開と工夫があればと、残念さが身に沁みるような作品なのである。

評:蔵研人

パラドックス134

著者:東野圭吾

 いかにも私好みのタイトルだったので衝動買いしてしまったのだが、相変わらずの読書不精で1年以上も積読状態のまま本棚の隅っこに放置したままにしていた。だが読み始めると、この562頁の分厚い文庫本を、一気に読み耽ってしまったのである。
 さてタイトルの13とは何を意味するのだろうか。3月13日13時13分13秒、突然街から人と植物以外の生物が消えてしまう。だが無人のはずだった東京には、なんと境遇も年齢も異なる13人の男女だけが生き残っていたのである。そして首相官邸で見つけた『P-13現象』を記す機密文書には、13秒間の空白の謎が・・・。つまりタイトルの『パラドックス13』とは、全てが13に係ってくる大いなる謎と矛盾を意味しているのであろう。

 この小説を読むほどに、東京中心を襲う直下型大地震の恐ろしさを思い知らされる。飲料水や電気が供給されなくなるのは当然だが、首都圏を縦断する一級河川が氾濫して洪水となる。網の目のように広がる地下鉄によって道路が陥没し、地獄行きの暗黒トンネルと化してしまう。もちろん食べ物も、腐敗したり流されたり消費して徐々に消失してゆくだろう。
 またこの小説の世界では、13人しか存在しないので、誰も救援に駆けつけてくれない。だから13人全員が一体となって力を合わせて、なんとか凌いでゆかねばならないが、それも限界があるし、そもそも13人全員の心が一つになれるはずもないであろう。

 こうして物語の大半は、物語中の天候と同じように暗くくすんでほとんど救いようがない展開に終始する。僅かに冬樹と明日香の淡い恋心だけが唯一の救いなのだが、それもこうしたパニック状況下では成就するはずもない。そして一人死に二人死に、生存者が10人以下になった時、全員が失望しながらも、僅かな希望の灯りを求め仲間達は分裂してゆくのである。さて彼等は一体どうなるのか、謎の13秒間とは一体何なのか。極限状態の中で彷徨う人間の真理を追究した意欲作と言えよう。

評:蔵研人

九月の恋と出会うまで

★★★☆
著者:松尾 由美

 志織は入居したばかりのマンションで、不思議な現象に遭遇する。なんと隣室に住んでいるが、ほとんど話したことのない平野という男性の声が、エアコンの穴から聞こえてきたのだった。それも一年後の未来から話していると言うのである。
 はじめは信じられない志織だったが、翌日から先一週間分の新聞見出しを言い当てられ、未来からの声だということを信じざるを得なかった。それで未来の平野から、現在の平野を尾行するという奇妙な依頼を受けてしまうのである。

 登場人物が不動産屋、大家とマンションの住人4人しか登場しない。階下に住んでいる倉さんや祖父江さんとは、少し話をするのだが、それだけでほとんどいてもいなくてもよい存在だ。面白いのだがどちらかと言えば、ストーリーよりもアイデア優先の小説と言い切って良いかもしれない。

 タイムトラベルロマンスにややミステリアスな展開も含んでいて、梶尾真治の作品と似たような味がするのだが、過去改変の影響について、いま一歩深みにはまり切っていないところが物足りない。また序盤はやや読み辛いものの、中盤からは一気に読み抜けるところは好感が持てるものの、シラノの正体はすぐ分かってしまったし、その種明かしも単調過ぎるような気がする。

 まあワインにフレンチやイタリアンではなく、良い香りのコーヒーを飲みながら、とりあえず美味しいパンケーキを食べたいと言う方には、ぴったりの作品かもしれない。映画化されたので、そちらのほうもいずれ紹介したいと思っている。

評:蔵研人

PK

★★★☆
著者:伊坂幸太郎

 PKとは通常はサッカーのペナルティーキックのことだが、超能力の「念動力」(サイコキネシス)「psychokinesis」を略してPKと呼称される事もある。また本書ではその双方を描いており、中編を三部に分けて、最後にそれらが全て繋がるような展開に仕上げている。
 その中編とは主に次のような構成になっている。
「PK」サッカーのワールドカップ予選で、やや不調気味のスター選手が、試合終了間際に劇的なPKを決める話。
「超人」未来に起こる犯罪を予知する能力を持つ超人の荒唐無稽でちょっと怖い話。
「密使」ゴキブリの密使が過去にタイムトラベルし、地球を救うと言うもっともっと荒唐無稽な話と、これら三作の中編を過去・現在・未来で総括する話。
 
 タイムパラドックスの関係を回避しつつ、過去を変化させてもパラレルワールドの派生を防止して未来を明るい方向へ変革してゆくと言う論理展開は、さすが伊坂幸太郎!と唸ってしまった。だが正直いまだ良く理解できない部分もあり、読了後もやや消化不良の感が否めず、とくに感動することもなかったのが心残りである。まあ実験的な小説でもあり、一種のパズルだと考えれば納得出来るのかもしれない。だが少なくとも、私が期待したところのタイムトラベル小説ではなく、爽快感も得られずかなり読み疲れてしまった。

評:蔵研人

タイムマシンの殺人3

著者:アントニー・バウチャー 翻訳:白須清美

 表題作を含んだ、以下12作を集めた短編集である。
 1.先駆者
 2.嚙む
 3.タイムマシンの殺人
 4.悪魔の陥穽
 5.わが家の秘密
 6.もうひとつの就任式
 7.火星の預言者
 8.書評家を殺せ
 9.人間消失
10.スナルバグ
11.星の花嫁
12.たぐいなき人狼

 著者のアントニー・バウチャーは、米国ではミステリ評論家としての地位を確立しているが、ミステリ、SF、ファンタジーなどの作品を創作する作家でもある。さらには翻訳家でもあり、なんと編集者としても多大な実績を残しているのだ。

 表題作の「タイムマシンの殺人」は、45頁の中短編で42分前の過去にしか行けないタイムマシンを使って、巧みに殺人のアリバイ作りをするというSFミステリである。ただタイムマシンとかタイムパラドックスといった部分には余り拘りがなく、あくまでもミステリ小説として紡いでいるので、タイムトラベルものを期待しないほうが良いだろう。

評:蔵研人

時のむこうに4

著者:山口理

 偕成社の少年少女向けの、心温まるファンタジー小説である。
 小学5年生の田所翔太と2歳年下の妹・理子は、ある日買い物帰りに強烈な緑色の光に襲われる。気が付くとそこは終戦間近、昭和19年の東京だったのである。なんと二人は65年前にタイムスリップしてしまったらしい。

 歴史オタクと言われ、祖母の話してくれる昭和時代に憧れていた翔太だった。ところがこの時代は、戦争中で食料もなく、住む家もなく、特高警察に敵のスパイと勘ぐられたり、人攫いに襲われたり、米軍の空襲にも怯えて暮らす、辛く厳しい時代だったのである。
 普通なら平成生まれのひ弱な兄妹だけでは、とてもこんな世界で生きてゆけないのだが、栄二郎という同年代の不思議な少年に助けられ、ギリギリのところで生きてゆくことになる。そしていろいろな苦しさを乗り越え、なんとか終戦を迎えることが出来るのであった。

 気が付くとタイムスリップしてなんと2年間も経過していた。さてその後二人は、現代世界に戻れるのだろうか。そして謎の少年・栄二郎の正体は、彼は一体何者なのだろうか。いずれにせよ、ラストには感動的な結末が用意されているので安心して読んでもらいたい。

 とかくひとは現在に不満を持ち、過ぎ去った良き日のノスタルジーばかりを追い求める傾向がある。だがどの時代にも、光と影の部分が存在することを忘れてはならない。それならば、いま自分が生きている時代が一番良い時代なんだと信じて、胸を張って力一杯生きてみよう。それが著者からの熱いメッセージなのかもしれない。

評:蔵研人

伝書鳩クロノスの飛翔4

著者:中村弦

 クロノスという愛称の報道用伝書鳩が、50年の時を飛び越えて昭和36年と平成23年を繋ぐ。そしてその奇跡の飛翔が、日本の危機を救うことになるという、ファンタジックなサスペンス小説である。

 本作は時をテーマにしているが、時の流れを超えることが出来るのはクロノスだけであり、主役である昭和の坪井永史と平成の溝口俊太は、時を超えることは出来ない。彼等はただ自分たちが存在している世界で、必死になってその役割を遂行するだけである。
 そして彼等だけではなく、多くの協力者たちがクロノスの奇跡を信じ、最後まで諦めずにひたすら前向きに行動することによって日本は救われることになる。

 前半はやや読み辛いと感じたのだが、永史が拉致されるあたりからサスペンス風味が強くなり、俄然その成り行きが気になってくる。そしてラストの収束が実に見事であった。
 謎の人物の正体、明和新聞社の旧館が取り壊されなかった理由、クロノスの剥製などが、巧みに循環して繋がってゆくのである。だから読み終わった後に清々しさが残るのであろうか。

 さらに昔は新聞社で情報伝達手段として伝書鳩を使用しており、どの新聞社の屋上にも鳩小屋があったということを初めて知った。そして鳩たちは記事や写真を足や背中に付けて、新聞社の鳩小屋までの何百キロもの距離を飛んだらしい。
 もちろん近年は通信機器の発達により、伝書鳩の役割は終わってしまった。だがかつて彼等が命がけで特ダネを運んでいたのかと考えると、実に感動的な話ではないか。

評:蔵研人

All You Need Is Kill(小説)

★★★☆
著者:桜坂洋

 この舌を噛みそうな英語のタイトルは、1967年7月にビートルズが発表した15枚目のオリジナルである「All You Need Is Love」をもじっているのだろうか・・・。またストーリー構成や固有名詞のネーミングから、著者が元システムエンジニアで、コンピュータゲームオタクであることが、それとなく臭って来るようである。

 先日トム・クルーズ主演の映画を観て、なかなか面白かったので、原作本であるこの小説を読んでみることにした。原作ものの場合、通常は映画を観たあとに、よく分からなかったシーンや主人公の心象風景などを確認するために、原作の小説を読むというパターンが多いはずである。
 もちろん本作もその原則を踏襲するつもりで、先に買った小説はあえて伏せておき、映画を観た後で読んでみた訳である。ところが、「近未来に起こる宇宙人との戦争を舞台に、時間のループにはまるうち、だんだん戦闘能力をアップさせてゆく主人公の成長と運命を描いた物語」という基本的なポリシー以外は、映画とはかなり異なるストーリーだった。

 原作の主人公はまだ20代であるが、映画のほうはトム・クルーズが主演のため、かなりの年齢差がある。そこでその年齢に会った役柄に変更して、脚本も大幅に書き直したらしい。しかしながら今回はその脚本変更が大正解で、映画のほうが原作を凌いで、大勝利を収めてしまったような気がする。
 というのも、小説を読んでもかなり読み辛い文章であること。最近の日本SFにありがちなカタカナ表記が多く、また注意して読まないと、誰が喋っているのかよく分からない会話が多用され過ぎているため、珍しく映画のほうが分かり易くなっているからである。

 さらには、なんと映画ではハッピーエンドだったのに、原作のほうはかなり悲壮感の漂う文学的な終わり方をしている。そして何といってもループの論理とそのシチュエーションが全く異質であり、小説のほうはよく読み込まないと理解出来ない難解さを伴っている。いずれにせよ、近年の日本SF小説は、年配のおじさんにはだんだん理解し難くなってしまったな・・・。

評:蔵研人

青天の霹靂 小説

★★★☆
著者:劇団ひとり

 それにしても劇団ひとりは器用な男である。もともとは漫才師にはじまり、お笑い芸人、作詞家、俳優、作家、監督、脚本家と何足ものわらじを履き続けている。
 この小説については、タレントだから出版されたのかもしれないが、それにしてもなかなか味があって面白かった。だからこそ本人が準主役で映画化され、脚本と監督まで手掛けているのであろう。

 映画のほうを先に観て、その解説用も兼ねてあとで小説を読んでみた。ストーリーは、ほとんど映画と変わらないが、映画のほうは小説の登場人物を少し絞ってシンプルに仕上げており、ラストもかなり説明不足のまま終劇となっていた気がする。
 ただ先に観た映画のほうが感動的だったのは、先手有利という定石なのであろうか。いずれにせよ、234頁とそれほど長くないし、気取らず分かり易い文章なので、誰が読んでもあっという間に読破してしまうことだろう。
 なおストーリーの概略については、映画のレビューの中で触れているため、ここでは省略することにした。もしストーリーを知りたければこちらの記事を覗いてみて欲しい。

評:蔵研人

刻謎宮4


著者:高橋克彦

 なんと新選組の沖田総司が死後に蘇生され、時空を超えて古代ギリシャに跳び、そこでアンネ・フランクやヘラクレスらと出会い、ギリシャ神話の世界を創造してゆくという、とてつもなく荒唐無稽で壮大な幻想歴史ファンタジーである。

 余りにもハチャメチャな展開なので、読む人によってはアレルギーを起こすかもしれない。だがマンガやSFや映画の好きな私にとっては、思わず夢中になるくらい面白い作品であった。また今後ギリシャ神話に触れる折にも、沖田総司が扮したアポロンなどを重ねてみると楽しさが倍加するはずである。

評:蔵研人

妖魔ヶ刻4

 井上雅彦が編集した「時間怪談」の傑作選で、2000年に徳間文庫にて出版されている。同じ編者による似たようなアンソロジーの『時間怪談』が1999年に廣済堂出版から出版されているが、こちらとは全くの別物である。つまり『時間怪談』が書き下ろしであるのに対して、本作は過去に発表され、評価の定まったものや、埋もれた作品を募集・選別したものである。

 収録された作品は14点で、2点のマンガを含む下記の構成となっている。
 1.制 服       安土  萌
 2.ねじれた記憶    高橋克彦
 3.フェイマス・スター 井上雅彦
 4.迷宮の森      高橋葉介 マンガ
 5.骨董屋       皆川博子
 6.骨         小松左京
 7.時の思い      関戸康之
 8.サトウキビの森   池永永一
 9.時の落ち葉     田中文雄
10.二十三時四十四分     江坂  遊
11.長い夢       伊藤潤二 マンガ
12.天蓋        中井英夫
13.昨日の夏      菊池秀行
14.老人の予言     笹沢佐保

 いずれも劣らぬ傑作ではあるが、個人的にはともに切なくノストラジーを感じさせてくれる『ねじれた記憶』と『時の落ち葉』の二作を絶賛したい気分である。

評:蔵研人

恋はタイムマシンに乗って

★★★☆
著者:スーザン・サイズモア

 歴史学者のジェーンは、若き天才物理学者ウルフが発明したタイムマシンに、無理やり押し込まれ十三世紀のイングランドへ送られてしまう。そしてそこで修道院へ入る予定だったのだが、聖務停止命令が出されていて、それが無理だと知ることになる。
 偶然若くて優しい城主ステファンに助けられ、荒れ果てた城の整備や切り盛りを任せられることになる。若いステファンはジェーンに好意以上のものを抱いてしまうのだが、以前より男爵の一人娘シベールと婚約することになっていた。またジェーンは、ステファンの友人で、国王の騎士であるダフィッドという逞しい男を紹介され、彼を恐れながらも惹かれはじめてしまうのだった。

 前半は不潔で恐ろしい中世の世界が刻々と描かれている。床は泥だらけで蚤や虱の巣窟であり、いたるところに動物の糞尿が巻き散らかされており、部屋の隅にはネズミがチョロチョロしている。また外に出れば、野党や無法者の群れが襲ってきて、女たちは無理やり陵辱されてしまう。
 さらには国王や兵隊たちさえも油断が出来ない。ちょっとでも隙を見せれば、衆人環視の中で女たちは無理やり手篭めにされてしまうのである。なんて厭な時代なんだと思いながら読み進んでゆくうち、ジェーンは何度も危機一髪の状況を、ダフィッドに助けられることになる。

 そして中盤以降は、ジェーンとダフィッドのラブロマンスが始まり、二人のセックスシーンも克明に描かれてゆく。このあたりから少し安心して読めるようになるのだが、終盤になると思ってもいなかったどんでん返しが待っていた。
 果たして二人は、幸せに結ばれるのだろうか、そしてジェーンは現代に戻れるのであろうか。その結末を知りたければ、是非ともこの小説を手にとってもらいたい。

評:蔵研人

かたみ歌4

著者: 朱川湊人

 東京の下町、アカシア商店街に起きた摩訶不思議で心暖まる7つの物語を、芥川龍之介似の古本屋店主を狂言回しに仕立て全編を紡いでゆくオムニバス小説である。
 
 時代背景は昭和30年から40年代で、西田佐知子の「アカシアの雨がやむとき」をはじめとして、「シクラメンのかほり」、「愛と死をみつめて」、「好きさ好きさ好きさ」、「モナリザり微笑み」、「ブルーシャトウ」、「いいじゃないの幸せならば」、「世界の国からこんにちは」、「圭子の夢は夜ひらく」、「瀬戸の花嫁」、「心の旅」などの懐かしい歌謡曲が全編に流れている。
 さらには、もう死語になっているトランジスタラジオやメンコ、そしてエイトマン、忍者部隊月光、鉄人28号、少年探偵団、ハレンチ学園、タイガーマスクなどのテレビ番組も登場する。とにかくこのあたりの時代で青春を送った者たちには、涙が出るほどなつかしいもののオンパレードなのである。

 まさに朱川ワールドとも呼ぶべき、独特の作風で小説としての完成度もかなり高い。ちなみに収録されている7作品を並べてみると次の通り。
「紫陽花のころ」
「夏の落とし文」
「栞の恋」
「おんなごころ」
「ひかり猫」
「朱鷺色の兆し」
「枯葉の天使」
 冒頭に記したとおり、これらの全てが摩訶不思議で心暖まる秀作なのであるが、私的には時空を超えた切ない恋を描いた「栞の恋」が一番気に入っている。それから締めくくりの第7話「枯葉の天使」では、全編に登場する古本屋店主の正体が明かされることになる。

評:蔵研人

BT’634

著者:池井戸 潤

 タイトルのBTとは、ボンネットトラックのことであり、63とは1963年のことであろう。一応銀行員は登場するものの、あの「倍返し」半沢直樹の原作者が書いたとは思えない異色サスペンス巨編である。
 主人公の大間木琢磨は、精神分裂病で2年間の闘病生活を余儀なくされ、会社を退職し妻とも離婚せざるを得なかった。そんな彼が5年前に亡くなった父の遺品を手にすると、視界には四十年前の風景が広がってくる。気が付くといつの間にか、自分自身が若き日の父・大間木史郎の意識の中へタイムトリップしているのだった。

 父・史郎が生きている時は、寡黙で生真面目だけが取り柄のようなつまらない男にしか見えなかった琢磨だったが、何度もタイムトリップしているうちに、何度も父・史郎の燃えるような生きざまを目の当たりにする。そして琢磨自身も現実世界の中では、自分探しの旅も兼ねて、父・史郎が残した数々の足跡を辿って行くことになる。とにかくテンポの良い展開で、BT21というボンネットトラックが、過去と現在を繋ぎながらこの作品のキーとなり、かつ道案内もつとめてくれるのである。

 タイムスリップという手法を使って、父と息子の葛藤と愛情を描いているところは、なんとなく浅田次郎の『地下鉄に乗って』とか重松清の『流星ワゴン』を彷彿させられる。ただこの物語は単にそれだけに終わらず、恐ろしい二人の殺し屋の存在と、彼らが演出するおどろおどろしい犯罪との絡みにも、つい恐いもの見たさで覗き続けずにはいられなくなってしまうのだ。
 ただ父の恋人・鏡子の余りにも救われない人生や、後半のややご都合主義的であっけない展開には多少疑問符が付くかもしれない。しかしながら、そうしたマイナス点を差し引いても、読めば読むほどぐいぐいと心が惹き込まれて、あっという間に読破してしまうほど面白い小説であることは否めないだろう。

評:蔵研人

青春の神話3

原作:森村誠一

 甲賀忍者の小平太は、忍者の掟に嫌気がさし抜忍となる。ところが逃げている途中で竜巻に巻き込まれ、気が付くと現代にタイムスリップしていた。
 ここまでの展開は『満月』や『ふしぎの国の安兵衛(ちょんまげぷりん)』と通じるところがある。だが本作の主人公は17歳であり、現代の高校に入学し野球部で大活躍。廃部寸前の野球部が甲子園で優勝するまでの原動力となるといったところが面白い。

 そして野球だけではなく、同時に悪徳市長と暴力団を退治するという、まさにマンガチックなお話なのである。SFというよりスーパーヒーローものといった趣きで、読者対象も中学・高校生といったところだろうか。だからタイムスリップというのも、単に忍者と言う超人を現代に呼び込むための方便に過ぎない。

 暴走族やヤクザに留まらず、自家用消防車をはじめ、ライフル男・毒男・爆発男の三奉行の登場。どんな悪事を働いても警察は全く関知せず、小平太がたったひとりで彼らを蹴散らしてしまうという痛快さ。と言うより、度を超えた幼稚さには時々ついて行けなくなる。だがこれは小説ではなくマンガなんだと考えれば、腹も立たずに最後まで楽しみながら読破出来るだろう。

評:蔵研人


ムーンライト・ラブコール3


著者:梶尾真治

 リリカルファンタジー小説の御大・梶尾真治の短編集である。中味は表題の「ムーンライト・ラブコール」のほか、「アニヴァーサリィ」、「ヴェールマンの末裔たち」、「夢の閃光・刹那の夏」、「ファース・オブ・フローズン・ピクルス」、「メモリアル・スター」、「ローラ・スコイネルの怪物」、「一九六七空間」の8篇で構成されている。

 表題作は月面基地勤務の彼から地球の彼女に届けられた、壮大な愛のメッセージを描いた超・ロマンチックな話であり、全般的に宇宙を舞台にした物語が多い、これらの短編がのちの大長編SF『怨讐星域』の下地になっていたのだろうか。
 まあ全てそこそこ面白いのだが、私が期待していたタイムトラベルものは『一九六七空間』だけで、ちょっと淋しかったね。その『一九六七空間』とは、タイトル通りビートルズ全盛時代の1967年にタイムリープして青春をやり直す話である。よくある話であり、ラストの落としどころもいま一つで、私の期待には100%答えてくれなかったのが残念であった。

 それにしても尾之上浩司氏が書いた本書の解説は、なんと22頁にも及ぶのである。その内容は梶尾真治の代表作のランキングとその書評に終始していて、梶尾真治超入門書そのものなのだ。それはそれで良いとしても、本書にに収められている作品の解説が「一つもない」のは、ある意味で手抜きではないのだろうか。

評:蔵研人

つくられた明日

★★★☆
著者:眉村卓

 タイムトラベルも絡んでくる学園SFミステリーである。氏名、生年月日、血液型、住所、職業、性別などを総合し、人間を260のタイプに分類し、それぞれのタイプごとにその年の全ての日についての出来事が記載されているという画期的な占い本が発売された。
 その本に記載された運命は、まるで未来予告のようにぴたりと当たるものだから、次第にマスコミも取り上げることになり、どんどん販売部数が増加してゆくのだった。

 ところがその本を手にした主人公の運命は、11月から先が空白となっていたのである。つまり彼は10月末に死亡するということなのだろうか。そんなことを悩んでいるうちに、主人公の親友と彼女が何者かに拉致され、行方不明になってしまうのである。
 占い本を発行しているのは誰だ、そして親友たちを拉致したのは誰か、さらにはそれらの真の目的は何なのか?。古い作品でかつジュニア向きなので、少し陳腐感が漂うのは否めないかもしれない。ただ低年齢層向けのジュブナイル小説としては、良くも悪くも無難な内容ではないだろうか。

評:蔵研人

復活の条件

★★★☆
著者:森村誠一

 飼い猫・ミーの毒殺事件を境に、それまで順調だった会社役員・石塚の人生は、大きく狂い始めてしまう。家庭の崩壊、家族や隣人の喪失、親会社の倒産と次々に不幸の嵐が駆け抜けてゆくのだった。
 失意のまま死を覚悟したとき、亡母の声に導かれて「人生再スタートライン」にタイムスリップすることになる。記憶は残ったままなので、同じミスを繰り返さず、ミーの殺害を食い止めて、不幸の連鎖から逃れて、幸福だった人生を取り戻そうとする。果たして石塚の新しい人生やり直しゲームは成功するのだろうか。

 ホームドラマからはじまり、SF、ミステリー、企業小説へと変化してゆく展開は一貫性がないとも言えるのだが、巧みにその全てが繋がって違和感のないストーリーに仕上がっている。ただタイムスリップものとして考えると、タイムパラドックもどんでん返しも、科学的な理論武装も、何もないのでかなり物足りない。
 まあ、人生のやり直しという部分にタイムスリップを利用しただけと考えたほうが良いだろう。結局は森村節の家庭と企業を抱き合わせたミステリー小説なのである。まあいずれにせよ、80歳近くになって、新しい手法に挑戦した森村御大の気概には敬服したい。

評:蔵研人

時の塔

★★★☆
著者:レイ・カミングス/川口正吉訳

 作者のカミングスは、1887年ニューヨーク生まれのSF作家であるが、なんとあの発明王エジソンの秘書を5年間務めたという。本作は1929年に書かれた古典SFである。
 「時の塔」と呼ばれる塔の形をしたタイムマシンで未来からやって来た少女が、悪人ターバーの病院に監禁されてしまう。それを主人公のエドと親友のアラン、そしてその妹のナネットが救い出すのだが、その代償にナネットがターバーに捕まってしまう。
 なぜかターバーもタイムマシンを所持しており、地球征服の野望に燃え、以前からナネットと結婚しようと目論んでいたのだ。ところが主人公のエドとナネットは相思相愛の仲であり、ナネットを取り返すべくエドとアランの長い旅路が始まるのであった。

 はじめはSFというよりも、こじんまりとした冒険小説のような佇まいであった。ところが太古の時代から超未来へ、そして未来でのターバーとの戦いが始まると、俄然スケールが大きくなってくる。映画にしても良いのではと思ったが、現代では古典SFとなってしまい、かなり古臭いストーリー展開なので、現代風にアレンジする必要があるかもしれない。
 またタイムトラベルものとしても、まだまだ単純でタイムパラドックスなども考慮されてあらず、単に冒険を広げるためにタイムマシンを利用しただけに留まっている。まあこの時代のSFなので仕方がないと言えばそれまでであるが、タイムトラベルファンには、ちょこっとばかり物足りないかもしれない。

評:蔵研人

冷たい校舎の時は止まる4

著者:辻村深月
 

 辻村深月のミステリーで、第31回メフィスト賞受賞作である。主な登場人物は、青南学院高校3年生10人程度。別段実話でもないのに、その中の一人に作者と同姓同名の「辻村深月」がいるのは笑えるよね。
 ストーリーは、雪の降るある日、いつも通りに登校した8人の高校生が学校に閉じ込められてしまう。開かない扉、無人の教室、5時53分で止まった時計。寒々しい校舎の中からどうしても出ることができない。きっとこれは2ヶ月前に、学園祭の最中に死んだ同級生の精神世界の中なのだろうという推測。だが閉じ込められている8人全員が、その自殺した同級生の顔も名前も思い出せない。

 結局はこの自殺した同級生は、一体誰だったのだろうか、ということがこのミステリーの謎解きテーマである。それにしても、それだけのことを解明するために延々と物語は続いてゆくのだ。社会問題や恋愛などを描くわけでもなく、高校生の心理状態だけを克明に追いかけてゆく。普通の社会人にはかなり退屈な前半であった。ところが後半になって登場人物の過去の背景などが語られ、犯人らしき人物が登場してくると、俄然面白くなってくる。そして前半の10倍のスピードで一気に読み終わってしまった。まさに想像外の犯人とラストのどんでん返しは、流石にメフィスト賞受賞作だと唸ってしまった。

 もともとこの本を読むきっかけになったのは、タイトルの「時は止まる」がタイムトラベルものをイメージさせたからである。だがその期待は見事に裏切られてしまった。確かに時計は5時53分で止まっているのだが、それは同級生が自殺した時間であり、時を止めるというより幽霊の時間という感じだった。まあ犯人いや自殺した人物探し、ということではミステリーと言えるが、どちらかというと女子高校生たちの心理やいじめなどを巧みに描いた青春学園ドラマという趣でもあった。社会経験豊富な大人には、ちょっと物足りないが、中学生や高校生ならば大感動間違いなしであろう。

評:蔵研人

未来からの恋人4

著者:リンダ・ハワード

 1985年、米国南部の穏やかな田舎町での出来事。郡庁舎の広場にタイムカプセルが埋められ、開封予定は百年後となっていた。ところが、わずか二十年後に、カプセルは何者かに掘り返され、同じ夜に弁護士が槍で突き殺されたのである。郡・捜査官ノックスは、殺害現場でFBIを名乗るニキータと出会うのだが、間髪をおかず何者かに狙撃されるのだった。

 実はニキータは、200年後の世界からタイムトラベルしてきた未来のFBI捜査官だったのである。はじめはその身分を隠していたのだが、殺人現場にいた不審者としてノックスに逮捕されたため、その身分を明かさざるを得なかった。幸いその場にはノックスしか居なかったため、未来人であることは二人の秘密にし、当面ニキータはノックスの家に泊まることになる。

 一つ屋根の下に男女が暮らし始めれば、何も起こらないはずがない。ましてやニキータは美女だしノックスはイケメンなのだから…。ある事情から最初はノックスのアタックを拒んでいたニキータだったが、緊張感の張りつめたある夜に、とうとう結ばれてしまうのだった。
 ここにいたるまでの展開はかなりダラダラしていてちょっと飽きていたのだが、二人が結ばれる晩あたりからは、急に話のテンポがよくなり、また殺人鬼の追撃がしつこくなりドキドキ感がヒートアップしてくる。それで一時も本を手放したくなくなり、一気に読み進めたくなってしまうのである。

 タイトルそのまま、基本的にはSFロマンス小説といってよいだろう。ノックスとニキータの二人が結ばれるまでの過程をなぞるのも楽しいが、私には未来社会での慣習や小物類の描き方もなかなか興味深かった。ただ未来と過去を行ったり来たりする訳ではないので、タイムパラドックスについては、ほとんど言及しないところが、タイムトラベルファンとしては、やや物足りないかもしれない。
 ただエピローグで、過去から200年後の未来に手紙が届くところは、なかなか洒落たエンディングだと思った。映画化にはおあつらえ向きの作品なので、いずれは映画化されるかもしれないね。今からそれが楽しみである。

評:蔵研人

七年後の恋人4

著者:スーザン・ブロックマン

 科学者のチャックは、自らが発明したタイムマシンに乗って七年前の過去に遡る。それは七年後に起こる大規模テロを阻止し、愛する女性マギーを救うためであった。だがなんとテログループたちも、別のタイムマシンを駆使して追いかけて来るのだった。

 七年後に起こるテロを撲滅させるには、まず自分自身がタイムマシンを発明しないことが必要であり、それを過去の自分自身に伝えて実行させるには、どうしてもマギーの愛が必要であった。というより、それよりほかに方法が無かったのである。そのためにはもちろんマギーの理解と協力が必要であり、彼女を危険に晒してしまうリスクも覚悟しなければならないという、矛盾の渦の中で計画は実行されるのだった。

 本作では未来の自分と過去の自分が並存して、お互いに顔を合わせる訳であるが、未来から来た主人公をチャックと愛称で呼び、過去の主人公の方をチャールズと呼ぶことによって同一人物の二人を区別している。苦し紛れかもしれないが、この方法はなかなか見事で、面白いアイデアだと思った。自分がこの手の小説を書く場合の参考にしたいね。また二人の自分と恋人との三角関係という設定や、過去の自分が新たに経験したことでも、未来の自分に記憶として引き継がれると言う理論もなかなか面白いではないか。

 約300ページの長編であるが、テンポが良く二人の主人公とマギーの愛し合うシーンが、とても巧妙かつエキサイティングに描かれているため、あっという間に読了してしまった。そしてSFとサスペンス、アクションとロマンスが見事に絡み合い融合し楽しい作品に仕上がっている。まさに映画向けの小説であり、是非近いうちに映画化して欲しいものである。

評:蔵研人

時砂の王3

著者:小川一水

 西暦248年、邪馬台国の女王卑弥呼は、突然おぞましい「物の怪」に襲われるのだが、「使いの王」と呼ばれる未知の人物に助けられる。実は「使いの王」とは、遥かな未来から時空を超えてやって来たメッセンジャーと呼ばれる人工生命体であり、オーヴィルの頭文字Oを王と聞き違えて、この時代では「使いの王」と呼ばれることになったのである。
 邪馬台国の時代より遥か2300年後の未来においては、謎の増殖型戦闘機械群により地球は壊滅してしまい、さらに人類の完全殱滅を防ごうとその機械群を追って来たのがメッセンジャーたちであった。またその邪悪な機械軍が、邪馬台国の時代には物の怪と呼ばれる存在であった。

 邪馬台国の時代を中核に描きながらも、オーヴィルたちが戦い続けてきた別の時代やパラレルワールドを交錯させながら、この壮大なストーリーは紡がれてゆく。この大作を僅か300ページ足らずの文章にまとめた技巧は実に見事である。ただそのためか、状況説明的な文章が多くなり過ぎて、登場人物の背景や心理描写などが希薄になってしまった感が否めない。
 このあたりが最近のSF小説の特徴で、データー量の多さや精密な論理については申し分ないのだが、ジンジンと心に響き渡ってくるような熱い感情が湧かないのだ。ただこれが小説ではなく、映画やアニメやゲームの原作となると、小説では見えなかった映像や音源などとの融合により、迫力ある素晴らしい作品となるのだろう。事実この作品もハリウッドで映画化されることが決定されたようである。

 もし若者たちから、「それが現代SFなんだよ、おっさん!」と叱られれば、「さようでございますか、勉強不足で申し訳ございませんでした。」と応えるしかないだろう。ただ良い悪いは別にして、星新一や小松左京たちが活躍していた頃のSFと比べると、もう全く別ものと言って良いほど、近年のSF小説が変わってしまったことは間違いない。またSF小説だけではなく、マンガもアニメ風の絵柄に変化しSF同様の道を辿っているような気がしてならない。

評:蔵研人

去年はいい年になるだろう 4

著者:山本弘

 文法的に齟齬感のある奇妙なタイトルである。だが時間を遡るタイムマシンが登場する話となれば、なんとなく納得出来てしまうのが、タイムトラベルファン心理である。
 もし2001年9月11日、米国で起こったあの悲劇が起こらなかったら、世界の歴史はどのように変遷していたのだろうか。きっと誰もが考えそうなテーマである。

 そして本作では、24世紀から巨大タイムマシンに乗ってやってきた500万体のアンドロイド集団「ガーディアン」が、大規模な歴史改変を開始するのだ。彼らは人類を攻撃するのではなく、テロや事故や犯罪を未然に阻止するために未来からやってきたのである。
 さらに彼らは、全世界の軍備を無力化し、一部の独裁政権を解体することにより戦争を不可能にした。これはあくまでも人間を守るための手段であり、それこそが彼等の本能的行為でもあった。

 ここまで書くと、一大スペクタクルSF巨編というイメージが先に立つのだが、実は作者である山本弘氏自身が主人公の私小説的SF小説なのである。従って彼の家族や友人、編集者たちまでもが実名で登場し、彼の著作物やイベントなども全て実際にあるものばかりと、かなり凝りまくっている。
 著者自身が主人公になるSF作品はほかにもあるが、ここまで実名に拘ったSF作品は読んだことがない。まあ、ある意味現実感が伴って面白いのだが、山本氏のことを十分に知っている読者でない限り、少々うざったい気分になりかねない。ただ壮大でシリアスな展開の中に実生活を組み込んだことで、妙な親近感が沸き、かなり読み易くなっているで、あっという間に読破出来たのは良かった。

 本作は無数の改変されたパラレルワールドと、その結果生じるパラドックスを見事に描いた傑作であることは間違いないだろう。ただ余りにも私小説的手法に拘って描いたため生活臭が漂い過ぎて、壮大なるSFというイメージとねじれ現象を引き起こしてしまった感がある。また著者が真面目なのか妻に遠慮したのか、あの美少女アンドロイド・カイラとの絡みが、いやにあっさりし過ぎていたのが物足りなかった。

評:蔵研人

日本SF名作集成1 タイムスリップの不思議4


 2005年にリブリオ出版から発行された『日本SF・名作集成 全10巻 大きな活字で読みやすい本シリーズ』の第一巻である。このシリーズは活字が大きくて年配者にはとても読み易くて嬉しいのだが、残念ながらリブリオ出版が2015年に倒産してしまいこのシリーズ本も絶版になってしまった。
 私は地元の図書館で偶然本書を見つけて早速借りたのだが、選択された4作もなかなかの佳作揃いだし、とにかく文字が大きくて読み易く、遅読の私でも僅か3日で読了してしまったのである。

 その内容と寸評は次の通りである。
1)時間鉄道の夜(著者:大場 惑)
 10年に一度だけ列車が走るという、伝説の時間鉄道の謎に挑むモラトリアムな青年たちのお話。

2)竜の侍(著者:山田正紀)
 江戸末期、奥州の小藩での淡い恋物語。SFとは全く関係ないのだが、乙女心と時間の流れを巧みに描いた傑作と言える。

3)時の果の色彩(著者:梶尾真治)
 リリカル・タイムトラベル小説のご本家カジシンが描くほろ苦く切ない物語と、ユニークな時間理論が融合したラブファンタジー。

4)フライデイ(著者:谷 甲州)
 船内で冷凍睡眠を繰り返しながらも、帰還までに数十年を要する宇宙探査に志願した私が遭遇した謎の生命体との出来事。

評:蔵研人

黄昏のカーニバル4

著者:清水義範
 本作は1990年前後に、今は途絶されてしまった『SFアドベンチャー』誌に掲載された清水義範の短編小説をまとめた文庫本である。その中味は次の7篇のSF作品で構成されている。

1.外人のハロランさん・・・子供の頃に出会った外人の正体は?
2.黄昏のカーニバル・・・某国が発射した核による世界終末の空しい話
3.唯我独存・・・世界の全ては僕が創成したもの
4.嘉七郎の交信・・・宇宙人とコンタクトする爺さんの話
5.デストラーデとデステファーノ・・・時間が逆流する世界
6.21人いる・・・未来の自分が20人登場する話
7.消去すべき・・・全てを消去する自分とは何者

 いずれも懐かしき良き時代の読み易い短編SF小説で嬉しくて堪らない。また現役でこのようなアイデア重視で、わくわくするノスタルジックSFが書ける人は、本作著者の清水義範氏や梶尾真治氏ぐらいだろうか。

 さてこの中で一番興味深く読んだのは、「この世の全ては自分自身の想像力で創成されている」という唯我論をテーマとした『唯我独存』である。まあ唯我論について解説すると長くなるので後日に譲るとして、タイムトラベルファンとしては、プロ野球と時間逆転の『デストラーデとデステファーノ』と、押し入れから出てきた20人の未来の自分の謎を探る『21人いる』も、見逃せない短編であることは間違いないだろう。

評:蔵研人

昨日公園 『都市伝説セピア』4


著者:朱川 湊人

 家に帰ると、ついきっきまである公園で一緒に遊んでいた親友が、交通事故にあって死んでしまったという連絡を受け、遠藤少年は呆然としながらも信じられない気持ちでいっぱいであった。傷心の遠藤少年は、翌日になって、ぼうっとしながら図書館に行った帰り道のことである。あの公園に入るとそこには、昨日死んだはずの親友が元気に遊んでいるではないか。

 その親友は幽霊ではなく、実は遠藤少年がこの公園に入ると昨日にタイムスリップしてしまうのであった。そのことに気付いた少年が、親友が事故に遭わないような手だてを講ずるのだが、残念ながら親友は別の事故で死亡してしまうのだ。がっかりした少年だが翌日になって、またあの公園に入ると、またも親友が声を掛けてくるのだった。

 どうもこの公園に入ると何度でもタイムループが起こって、昨日に戻ってしまうようである。喜んだ少年は今度こそ親友が事故に遭わないように、いろいろと画策を施すのだが、やっぱり親友は別の事故に遭遇して死んでしまうのだ。何度繰り返してもダメだった。それどころか事態はだんだん酷くなり、親友だけではなくその家族たちにも被害が拡大していってしまうのである。

 というような展開で話は進んで行く。短編小説であるが、次の展開にうずうずしながら、あっという間に読破してしまった。ただ最近このようなお話は決して珍しいものでもなく、小説や映画で何度も読んだり観たりしているため、あっと驚くような斬新さはない。とはいうものの、ラストの切ないシーンには泣かされるし、なかなか完成度の高い作品であることは否めないだろう。

 なお本作は2006年に、堂本光一主演でテレビドラマ化されているようである。また原作者の朱川 湊人は、出版社勤務を経て、2002年年に「フクロウ男」でオール讀物推理小説新人賞を受賞してデビューし、2005年に『花まんま』で直木賞を受賞している。なお本作は短編のため、他の作品と併せて『都市伝説セピア』というタイトルで文春文庫から出版。その中には新人賞受賞の『フクロウ男』のほか、『アイスマン』、『死者恋』、『月の石』の五作が収められており、どの作品も素晴らしいので是非ご一読されたい。

評:蔵研人

タイムトラベル さまよえる少年兵4

少年兵
著者:内田 庶

 一也と未来は、児童館の「昭和」をふりかえる写真展で、年月の異なる何枚かの写真に、同じ青年の姿が写っているのを発見して不思議な気分になる。そしてなんと会場に、その青年が現れたのだった。はじめは合成写真ではないかと疑っていた二人だが、青年が行った「ある実証実験」を見て、彼がタイムトラベルをしていることを信じないわけにはいかなかった。

 青年の名前は西沢昭平といい、見知らぬ少女から貰った「時空大明神」のお守りによって、特攻機が墜落する寸前に、昭和天皇崩御の日にタイムスリップしたという。そしてその後にいろいろな時代にタイムトラベルをして、写真展の写真に写ったと言うのだ。
 そしてこれから、太平洋戦争の原因となった満州事変をくい止めるため、過去に戻って歴史を変えるつもりだという。それを聞いた一也と未来は、危険だからダメだという昭平を説得し、一緒に昭和6年6月26日の満州へ跳んで行くのだった。

 児童向けの小説なので、文字は大きいしページ数も少なく、分かり易い表現で記述されているため、凄く読み易くて嬉しかった。それで電車の行き帰りの一時間くらいで、あっという間に読破してしまった。

 太平洋戦争の原因について簡単に触れていることや、当時の天皇についての記述などは少年少女向けに優しく解説されていてなかなか良かった。ただどうして昭平が、はじめから空襲の東京へタイムスリップして母や弟を助けなかったのか疑問が残る。これはもしかすると、家族の安否という個人的な事情より、日本人全体に拘わる戦争そのものを重要視したからかもしれない。

 さて、それと未来の正体については、はじめからなんとなく判っていたが、彼女の役割が余りにもドライというか、マンガチックだったのはちょいと残念だった。もう少しパラドックスがらみで、ノスタルジックな展開を望んでいたのだが・・・。その辺りは児童書ということで割り引くしかないだろう。

評:蔵研人

七瀬3部作4

著者:筒井康隆

 もうかなり前の作品だが、筒井康隆の書いた、『家族八景』、『七瀬ふたたび』、『エディプスの恋人』という小説群がある。この3作は、全作が火田七瀬という、テレパシー能力を持つ美女が主役のSFで、『七瀬3部作』とも言われている。

 『家族八景』は、七瀬が八軒の家のお手伝いさんをしていた頃のお話で、SF版『家政婦は見た』のようなオムニバス短編集である。彼女はテレパシー能力に勘づかれないよう、お手伝いさんとして8つの家庭を転々とする。超能力者ゆえに、それぞれの家庭に散在する欲望や狂気を読み取ってしまい、怒りと失望感を味わい葛藤してゆく。本書が三部作の中でも一番評価が高いようである。

 『七瀬ふたたび』は、その続編であり、七瀬がいろいろな超能力者と出合ってゆく話。ここでタイム・トラベルが可能な超能力者と出会う。これもある程度連続性のあるオムニバス作品である。また『七瀬ふたたび』については、2010年に芦名星主演で映画化されているが、残念ながら余り評価は高くなかった。

 そして最終巻の『エディプスの恋人』だけが、長(中)編で、作風もそれまでとは異なり、急にシリアスになってしまった。
 そしてラストは宇宙だの神だのと、スケールも大きくなってくるのだ。だから、従来の展開を期待した筒井ファンには、余り評判が良くないようである。但し私の評価は決して低くはない。いろいろな展開があっても良いし、長(中)編で、じっくりと謎を解いてゆくのも楽しいと思ったからである。

評:蔵研人

パンドラの火花4

著者:黒武洋

 タイムトラべル小説なのだが、今だかつて読んだことのない展開であった。ある意味、罪と罰の根源を問うクライム・サスペンスともいえるだろう。従ってタイムトラべルファンではなくても、十分に読み応えのある重厚な作品に仕上がっている。

 背景は2040年。死刑制度が廃止になるのだが、すでに死刑執行が決定していた死刑因たちの処遇が宙に浮いていた。そこで政府は、すでに完成しているタイムマシンに模範死刑因を乗せて過去へ跳び、死刑因自身に過去の自分を説得するよう命じる。そして過去の凶行を未然に防げれば、死刑囚の罪は消えると言うのだった。

 かくして3台のタイムマシンが、それぞれ死刑因と監視員の2人ずつを乗せ、35年前の世界へと時空を跳び立ってゆくのである。ストーリーはこの三人の死刑因達の行動を、それぞれ角度を変えて描くオムニバス形式になっているが、ラストの帰還編とエピローグで見事に一つの話として繋がってゆく。実に興味深い話ではないか。

 また、この小説を原作にしたデジタルコミックもネットで発売されている。こちらのほうはまだ未読であるが、近藤崇氏の現実的な中におどろおどろしさを併せ持つ、魔化不思議なタッチの画が気になってしょうがない。こちらも是非一読してみたいものである。

評:蔵研人

届かぬ想い4

著者:蘇部健一

 イケメンパパの小早川は、美しい妻と可愛い娘に恵まれ、平和で幸福な日々を送っていた。ところがある日、娘が何者かに誘拐され、そのまま生死も確認出来ないまま行方不明となる。さらにそれを苦にした妻が自殺をし、彼はさらに苦境に追い込まれるのだった。

 その後にひょんなことから、彼は再婚することになるのだが、生まれてきた二人目の娘は、不治の病に侵されてしまう。度重なる悲劇に、彼は絶望の淵にたたされる。
 だが娘を難病から救う方法がひとつだけあるという。それは、何と秘密のタイムマシンに乗って未来へ行き、そこですでに完成している難病の薬を手に入れるという荒唐無稽な話だった。

 タイムトラべルにからむパラドックスが盛り沢山なのだが、広瀬正やハインラインなどの臭いが強烈にする。また人間として絶対にやってはいけないことを平然と描いているのも気になった。
 だから何となくキワモノの感があるのだが、タイムトラべルファンなら夢中になってあっという間に読破してしまうことだろう。

評:蔵研人

帰還4

著者:リチャード・マシスン



 実はキャメロン・ディアス主演の『運命のボタン』という映画を観て、どうもボタンを押した後の成り行きとか結末がはっきりしないのでリチャード・マシスンの原作を読むことにしたのである。ところがこの原作は、僅か17頁の超短編であり、結末も赤の他人ではなく自分の旦那が事故で死ぬのだ。しかも100万ドルではなく2万5千ドルの生命保険が手に入るという皮肉。さらに「知らない人が死ぬと言ったじゃないの!」と抗議すると、「あなたはほんとうにご主人のことをご存知だったと思いますか?」と問われる超皮肉。
 実にシンプルなのだが、だらだらとおかしな方向転換をしてしまった映画よりずっと出来が良い。そりゃあ原作だから当たり前か・・・。

 さてそんなわけで超短編の原作は、わずか10分程度で読み終わってしまったのだが、この『運命のボタン』以外にもマシスンの短編・中篇が以下の通り12篇収録されている。
『針』、『魔女戦線』、『わらが匂う』、『チャンネル・ゼロ』、『戸口に立つ少女』、『ショック・ウェーヴ』、『帰還』、『死の部屋の中で』、『子犬』、『四角い墓場』、『声なき叫び』、『二万フィートの悪夢』

 ほとんどがホラーまたはSFであり、どの作品もなかなか面白かった。その中で偶然タイムトラベルものが一作見つかったのである。タイムトラベルファンとしては嬉しくて小躍りしてしまった。『帰還』という作品である。

 愛する妻を残して、タイムマシン(時間転移機)で500年後の未来に跳び立つ男の話だが、ちょっとしたミスから安全ベルトが外れてしまう。しばらくして気が付くと500年後の世界にたどり着いているのだが、そこの住人に元の世界には戻れないと言われる。だが彼はもう一度愛妻に逢いたくて、無理やり元の世界を目指すのだった。
 といったお話であり、その後マシスンは同じ設定のタイムマシンを使った連作中篇シリーズを思いつき、『ショック・・・・・・』、『旅人』などを書いたという。なんとなく梶尾真治の『クロノス・ジョウンターの伝説』みたいだな。是非この二作も読んでみたいのだが、絶版なのかなかなかみつからないのが残念である。

評:蔵研人

虹色ほたる3

著者:川口雅幸

 上下巻を合併しても約500頁程度の小説だが、なぜ上・下二冊に分冊したのだろうか。出版社側の経営判断なのだと思うが、文庫本を二冊合計して1000円を超える価格はちょっと読者側には厳しいね。だがそれにしても、どの書店にも平積されているところをみれば、かなり売れているのだろう。

 著者の川口雅幸氏は、1971年生まれの中年男性であるが、ホームページ上で本作を連載していたという。それをアルファポリス社に見い出されて、2007年に単行本として上梓され、出版界にデビューしたという。最近こうした作家が増えてきたことは、同様の志を持つブロガーとしては実に喜ばしい限りである。

 さてストーリーのほうだが、夏休みのある日、小学6年生のユウタは、亡父との思い出の残る山奥のダムを一人訪れる。そこでユウタは突然雷雨に襲われ、足を滑らせて気を失ってしまう。気がつくとそこは1970年代の村の中であり、まだダムも作られてはいなかった。
 そこにはカブト虫やクワガタ虫がうじゃうじゃ生息し、蛍もたくさん飛び交っている。まさに失われた日本の原風景が目前に展開されていたのだ。そしてその世界では、同年令のケンゾーとの冒険、そして妹のような謎の少女・さえ子との出会いがある。

 いずれは元の世界に戻らねばならない運命のユウタは、夏休みを思い切りこの不思議な村で遊びほうけることに決める。そしてやがてやってくる友たちとの別れの日…。
 ラストはいきなり10年後の世界だ。そこで感動のクライマックスを迎えることになる。本作は、誰の心の中にも存在するノスタルジーを、甘く切ないオブラートで包んだファンタジー作品と言えよう。

 やや子供向けの作品であるが、大人が読んでも十分楽しめるだろう。ただ少し残念なのは、過去にも未来にも亡父が現われないことである。そのあたりも含めて、余りにもべタ過ぎる展開が物足りない。無印良品ではあるが、ファンタジーとしては、もうひと捻りが不足していたのではないだろうか。

評:蔵研人

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