小説

著者:桐山徹也
著者:乾くるみ
また本作はタイムトラベル系の小説ではないのだが、時系列をゆがめて描いているため、二度読みが必要だということ……。まだほかにも矛盾することがいろいろあるのだが、これ以上記すとネタバレになってしまう恐れがあるのでこのへんで止めておこう。
著者:乾くるみ
著者:東野圭吾

著者:蘇部健一


著者:大沢在昌
著者:天沢夏月
10年後に掘り起こすと約束し、小学生のころに埋めたタイムカプセルが今開かれる。幼い頃のひらがなばかりの文字と正直で純真な文面が懐かしい。だがそこには懐かしさだけではなく、現実の悩みとリンクする心の叫びが染みついていた。
本書はタイムトラベル小説ではないが、タイムカプセルが「止まっていた心の時間を動かした」と考えれば、ある種のタイムトラベルなのかもしれない。
さてタイムカプセルに詰まっていた少年少女の熱い思いを、10年後の彼らはどう受け止めるのだろうか。それが6人の悩める高校生たちの運命を変えてゆくパワーを生み出すことになるのだろうか。そしてその主役の6人については、それぞれにパートが独立していて、彼らが抱える特殊事情や心理状況が鮮明に描かれているところが嬉しいね。
ひきこもりの少年少女、自分の意志をはっきりと伝えられない少女、自分の進むべき道を見つけられない少年などが主役である。そして青春時代の葛藤が巧みに綴られてゆく。だからこそ、若い読者たちはかなり共感できるのだろう。さらにはオープニングの「浅井千尋の章」と、ラストの「矢神耀の章」が、実に見事に繋がってゆくではないか。
また暗い主人公が多いのだが、全般的に優しい世界観に包まれており、最後は皆前向きでハッピーに包まれるので安心して読めるだろう。天沢夏月作品は何冊か読んでいるが、本作の出来が一番かもしれない。
評:蔵研人
★★★★
著者:百田尚樹
最近、神木隆之介と有村架純主演の同名映画を観たばかりなのだが、幾つか気になってたシーンがあり、それを確認するためにこの原作小説を読んだ。
死が近い人の体が透けて見える能力を知った木山慎一郎が、恋人・桐生葵と幸せな人生を送るか、二人の不幸を犠牲にして幼稚園児を含む大勢の命を救うのかの選択に迷い、葛藤してゆく姿を描いてゆく物語である。また言葉を変えて言えば、SF風味を漂わせながら、ミステリアスでヒューマニズムを追求したラブストーリー、という贅沢な小説なのだ。
慎一郎は、透けて見えた人を救うたびに自分自身の命が蝕まれてゆく。それなのに自分の命と恋人を裏切ってまで「見ず知らずの人を助ける」という気持ちが、私にはどうしても理解出来ない。確かに目の前に死にそうな人がいて、助けられるかもしれないのに、知らんぷりをするのは寝覚めが悪いかもしれない。
だが本作の中で医者の黒川が言ったように、そんなことをしても誰にも感謝されないし、場合によっては変質者扱いされ、結局自分の命を削ってしまうだけじゃないか。それにある人を助けたとしても、それが殺人犯だとすれば、その反動で別の人が被害に遭うかもしれないのだ。だから簡単に人の運命を変えてはならない。
またどうしても透ける人を見たくないのなら、外出時は濃いサングラスなどをして他人のことをなるべく見ないようにすれば良いではないか。それなのに慎一郎は外出の都度、キョロキョロし過ぎるし余計な行動が多すぎる。その慎一郎の神経質な心証に、ずっとイライラさせるところが本作の狙いなのかもしれない。だがラストがあれでは、救いどころがなさ過ぎて今ひとつ感動に結びつかないのだ。
また本書を読むきっかけとなった「映画の中での気になるシーン」だが、かなり映画のほうに脚色があり、原作を読んでも全く解消されなかった。やはり映画には多少荒唐無稽でも見た目の派手さが必要だし、逆に小説のほうは心理描写に力点を置くことになるのであろうか。
それから余計なことかもしれないが、本作の解説文には呆れてものも言えない。素人が気張りすぎたのかもしれないが、7頁の解説文の中にはほとんど本作の解説はなく、ただ百田氏の作品は全部おもしろいと記しているだけなのだ。
あとは本書と関係のない私事をパラパラ綴っているだけなのである。この解説文を書いたのは素人なので、ある程度仕方がないとしても、こんな雑文をそのまま解説文として載せた新潮社の編集者の罪は大きいのではないだろうか・・・。
評:蔵研人
著者:藤崎翔
著者の藤崎翔はお笑い芸人だったが、6年間活動した後にお笑いコンビを解消。その後バイトをしながら小説を執筆し、様々な文学賞に応募を続ける。そして4年後の2014年にはじめて書いた長編ミステリー『神様の裏の顔』で第34回横溝正史ミステリ大賞を受賞して小説家デビューを果たす。 という苦労人タイプの小説家である。
本作は勉強嫌いでおっちょこちょいな笹森陽太と、学力抜群の相沢がコンビを組んで犯人探しをする学園ミステリーである。そしてストーリーは笹森の「俺」という一人称視点の軽いコミカルタッチで、まるで高校生の日記の如く飾り気なしにテンポ良く進んでゆく。なんとなくお笑いコントネタを小説にした感があるのだ。
さて主人公の笹森は、勉強も出来ないしスポーツもダメで、気が弱くていつも便利屋としてこき使われているのだが、ある日自分に特殊能力が秘められていることに気付く。その特殊能力とは、なんと「ひょっとこのような変顔をし、息を止めている時だけ時間を止めることが出来る」という信じられない超能力だった。
ただこんな動作は長続きしないため、時間を止めると言ってもせいぜい30秒くらいだ。だから時間を止めて、誰にもバレないうちに出来ることは殆どなかった。せいぜい女の子の後ろに回って時間を止めて、ちょこっとだけオッパイをもみもみする程度だけだろう。そう考えた笹森はさっそく意中の女子2人に対してもみもみ作戦を開始するのだが・・・。いずれにせよ、時間停止能力がつまらないことばかりに使われていて、もう一捻りが足りないところが非常に残念であった。
評:蔵研人
著者:佐藤正午
アルファベットの「Y」というタイトルの意味は、人生の分岐点と考えて欲しい。つまりあの日あのとき、もし別の選択をしていたら、現状とは全く異なる人生を歩んだかもしれない、ということで言葉を変えれば「パラレルワールドの世界」ということになる。
1980年9月6日、井の頭線・渋谷駅のプラットホームで、ある青年がかねてより想いを募らせていた女性を見かけて、同じ車両に乗り込むところからはじまる。そして彼は車内で彼女に声をかけることに成功し、二人して下北沢で降りることになる。だが手違いが重なって、ドアが閉まる直前に、一度ホームに降りた彼女が再び車内に戻ることになってしまう。この電車はそのまま発車し、そして運悪く次の駅の手前で凄惨な事故に遭遇してしまうのである。
それから18年後の8月に、主人公の秋間文夫は自宅で不審な電話を受ける。声の主は北川健と名乗り秋間の高校時代の親友だと言うのだが、秋間には全く心当たりがなかった。戸惑う秋間だったが、北川の必死な願いを受けて、彼の代理人と名乗る女性から、1枚のフロッピーディスクと巨額の預金通帳を受け取ることになってしまう。そして18年前に井の頭線で起こった大惨事の顛末を知ることになる。
というような荒唐無稽でミステリアスな時間SFである。そして秋間文夫の現状の生活と、フロッピーディスクに記載されている北川健の過去の話が並行して語られてゆく。なんとこの創作手法もまた、ある意味でパラレルワールドなのであろうか・・・。
本作は作中でも言及されているとおり、18歳から43歳までの25年間を何度も生き直す男の話を描いた、ケン・グリムウッドの『リプレイ』が下敷きになっている。さらに北村薫の『リセット』、筒井康隆の『時をかける少女』、さらに映画『恋はデジャヴ』などを参考にしているようだ。
いずれにせよ「あの日あの時、ああすれば良かった」「あの時に戻ってやり直しをしたい」という人間の永遠のテーマを描いたストーリーはかなり魅力的だ。もし私自身が現在の記憶を持ったまま過去の自分に戻れるとしたら、小学生になりたての頃に戻りたい。そして沢山の失敗を正してみたいのである。そしてその結果と現在の自分とを比較してみたいのである。もしかすると失敗ばかりの現在の自分のほうが、幸せなのかもしれないことを確認するために・・・。
評:蔵研人
編者:大森望
翻訳家・書評家でとくにSFに造詣の深い大森望氏が選んだ「タイムトラベルロマンス」の短編小説6編が収録されている。その中身を並べると次のようになる。
「美亜へ贈る真珠」著者:梶尾真治
タイムトラベルロマンスの達人である"カジシン"さんの処女作にしてかつ名作と言って良い作品。航時機という名のタイムマシン、その装置の中と外では時間の流れが異なっている。航時機に乘り込んだ男性を、外から見守るしかない女性のいじらしさと切なさを描いたポエムのような小品だ。
「エアハート嬢の到着」著者:恩田陸
長編小説『ライオンハート』の中の一節である。時代を超えて何度も出会う恋人同士の話で、ロバート・ネイサンの名作『ジェニーの肖像』の本家取りである。
「Calling You」著者:乙一
一時間時間のずれた「こころの電話」で知り合う男女の悲しく切ないラブストーリー。『きみにしか聞こえない』といういうタイトルで映画化されている。
「眠り姫」著者:貴子潤一郎
授業中に居眠りばかりしていた少女が、どんどん睡眠時間が長くなり目覚めるのに数年間もかかるようになるという話。手塚治虫の短編『ガラスの脳』も同じような話だが、本作のほうが後に書かれているので、手塚作品を参考にしたのかもしれない。
「浦島さん」著者:太宰治
太宰の小説なのでSFというよりは、昔話を皮肉とイヤミでくるんだ作品なのだろうか。竜宮との時間差、そして乙姫へのあこがれということで、実験的に本書に掲載したのかもしれない。
「机の中のラブレター」著者:ジャク・フィニイ
『ゲイルズバーグの春を愛す』の中に納められていた『愛の手紙』福島正実訳を、大森望の新訳にしてタイトルを変更したものである。古い机の引き出しを介して文通をする話で、韓国映画『イルマーレ』が影響を受けているようだ。さていつもながらだが、ジャク・フィニイの作品は、古き良き時代の風景描写が巧みだよね。
評:蔵研人
著者:梶尾真治
タイトルのクロノス・ジョウンターとは、正式名称を『物質過去射出機』という。人や物を過去の目的の時と場所へ放り込む装置、要するにタイムマシンである。ただその性能には幾つかの大きな問題があった。最大の問題は、人も物も過去では数分間しか滞在できないということである。後に過去での滞在時間を引き延ばす装置が発明されるのだが、それでもせいぜい数十時間しかもたない。
しかも現在に引き戻されるのではなく、現代と過去の長さが長いほど、遠い未来へ跳ばされてしまうのである。いわば時間流に逆らった罰金のようなものであるが、跳ばされた人間は浦島太郎状態になってしまうのだ。さらに過去のものを未来に携帯できないという制約もあるらしい。
本書はこんな開発途上のクロノス・ジョウンターを巡るタイムトラベルラブストーリー集であり、次の中編4話で構成されている。
第1話 吹原和彦の軌跡
愛する女性を大惨事から救うために、まだ実験途中のクロノス・ジョウンターで、無理矢理過去へ跳んだ吹原和彦の話。この頃はクロノス・ジョウンターが開発されて間もない頃なので、過去では数分間しか滞在できず、彼は何度も搭乗を繰り返すことになる。
第2話 布川輝良の軌跡
布川輝良がクロノス・ジョウンターに搭乗した頃は、当初より過去での滞在時間を引き延ばす装置が発明されたのだが、それでもせいぜい数十時間しかもたないという。彼の場合は吹原和彦と違って正式な実験に応募し、会社から未来へ戻った場合の保証も与えられている。また彼が過去へ跳ぶことを希望した理由は、過去にしか存在しない建物を見るためであった。さらに過去で偶然理想の女性と遭遇するのである。
外伝 朋恵の夢想時間
本作だけはクロノス・ジョウンターではなく、クロノス・ジョウンターと並行して開発されていたクロノス・コンディショナーと呼ばれるタイムマシンに搭乗し、自分の忌まわしい過去を改変しようとした角田朋恵のお話。なおクロノス・コンディショナーは、物質を過去に運ぶのではなく、精神だけを過去の自分に送り込むという装置なので、クロノス・ジョウンターのように数時間後に反動で未来に跳ばされるようなことはない。
第3話 鈴谷樹里の軌跡
子供の頃に病院で知り合ったヒー兄ちゃんは、難病「チャナ症候群」に罹って27年の生涯に終止符を打ってしまう。そして19年後、鈴谷樹里が女医となった頃に、「チャナ症候群」を治す薬品が開発されていた。彼女はその薬を携え、クロノス・コンディショナーに搭乗し、ヒー兄ちゃんを救いに19年前に跳ぶのであった。
評:蔵研人
★★★☆
編者:大森望
翻訳家・書評家でとくにSFに造詣の深い大森望氏が選んだ「時間テーマ」ものの短編小説7編が収録されている。その中身を並べると次のようになる。
「しゃっくり」著者:筒井康隆
時間が何度も繰り返すお話なのだが、一人だけではなく全員の記憶が残っているところがユニークである。ただ1966年に発表されたものなので、やや陳腐化してしまった感が否めない。
「戦国バレンタインデー」著者:大槻ケンヂ
ゴスロリ少女が戦国時代にタイムスリップし、そこで同年代のお姫様と意気投合という軽くてポップなお話である。
「おもひで女」著者:牧野修
幼い頃の記憶の中に恐ろしい女が立っている。その女は時間の中を少しずつ現在に向かって近づいてくる。といった恐ろしい記憶ホラーの傑作であり、本書の中では一番面白かった。
「エンドレスエイト」著者:谷川流
本書の中では一番長く、他の短編の2倍以上あるのだが、正直一番退屈であった。内容はタイトルの如く夏休みの8月17日から31日までを1万回以上繰り返す話なのだが、読者にはその感覚が全く伝わらず著者だけの独りよがりな感がある。
「時の渦」著者:星新一
時間が過去に向かって空転しながら、人間だけを回収するという摩訶不思議なお話。初出は1966年だが、全く古くささを感じない。さすがショートショートの名手である。
「めもあある美術館」著者:大井三重子
摩訶不思議な美術館での出来事を綴った児童文学の名作。
「ベンジャミン・バトン」著者:フィツジェラルド
産まれたときは老人で、だんだん若くなり最後は赤ちゃんから無にというベンジャミン・バトンの生涯を駆け足で描いた小説。どちらかと言えば、ブラッド・ピット主演の映画のほうが印象的である。
評:蔵研人
★★☆
著者:入間人間
本作には続編があるのだが、続編のタイトル名が『明日も彼女は恋をする』なので、間違ってそちらから読んでしまう人もいるらしい。確かに私自身も危うく間違うところであり、また連作と分かってもどちらが上巻なのか迷ってしまった。
これを区分するには目次を開いて第1章から始まるのが上巻で、第6章から始まるのが下巻と見分けるしかない。だがそれだと書店で手に取って買わねば分からないではないか。最近の傾向では、ネットで本を買う人が増えているのだから不親切としか言い様がない。読者側に立てば余り気取ったタイトルに拘らないで、素直に同じタイトルにして上巻・下巻と表記して欲しいものである。
いずれにせよ、本作は著者が明かしている通り、あの名作映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のパロディー小説であり、ドクに該当するのが松平博士で、タイムマシン・デロリアンに相当するのが、オンボロ軽トラという笑える構成になっている。
ニアのことが大嫌いなマチだが、9年前のあの出来事によってマチが障害者になるまでは大の仲良しだったはず・・・。そしてその9年前に2人でタイムトラベルし、その原因を取り除こうとするお話である。
上巻ではその原因が一体何だったのか、そしてそれはなぜ起きたかの説明は一切ない。だが何となく取り除いた雰囲気だけを残して、また現代に戻るのだが、大変な事態を巻き起こしているではないか。それでいやでも応でも下巻を買うハメになるのだ。
それにしても一人称がニアとマチにコロコロ変わり過ぎるので読みづらいことこのうえない。さらにテンポが悪くてクドいので、なかなか先に進まない。もっとテンポが良ければ上下巻に分割する必要もなく、一冊にまとめられたはずである。
そして下巻になっても、最後までマチが障害者になった原因が分からないのだ。まあ裏袋が代わりに障害者になった経緯が、たぶんマチが障害を負った原因なのだろうと想像するしかない。どうしてそんなにもったいぶるのか理解出来ない。
さらに下巻ではストーリーが現実離れしてきて、かなり意味不明な展開になってしまう。またそれにとどまらず、ストーリー自体が全く面白くないのだ。かなり期待して本書を手にしただけに、非常に残念な気持ちで一杯である。
評:蔵研人
★★★☆
著者:新井政彦
奨励会三段の棋士中島遼平が、時空を超えて幕末にタイムスリップしてしまう。彼は茶屋で仕事をしながらも、将棋の真剣師と対戦して連戦連勝を続け、とうとう伝説の棋士・天野宗歩の若かりし時代の天野留次郎と対局することになる。というなんとなく想像できそうなタイムスリップストーリーであるが、そのテーマが将棋だというところが斬新なのである。
江戸の町並みや風俗に関しては、かなり丁寧に調査した跡がみられ、読みやすいし、きよとの淡い恋もなかなか楽しめる。ただ棋譜とその解説の部分が異常に長く、将棋を知らない読者は完全に置いてけぼり状態。将棋を良く知っている私も、最初のうちは棋譜とその解説部分を丁寧に読んでいたものの、だんだん面倒臭くなり棋譜部分はカットして読むようになってしまったくらいだ。
この棋譜部分が特徴と言えばそれまでだが、本作は将棋本では無いのだから、棋譜部分はもっと簡略化したほうが良かったのでは無いだろうか。そのあたりの考え方は過去に大ヒットしたマンガの『ヒカルの碁』を参考にされたい。
またすぐ天野宗歩を登場させるのではなく、もう少しストーリーに幅を持たせた方が良かったのではないだろうか。さらにラストにどんでん返しや、過去との繋がりを示唆するような何かを用意しなかったのも味気なかったね。
評:蔵研人
著者:山田太一
奇妙なタイトルだが、「空を飛ぶ夢」というのは、青春真っ最中と言うことで、男女二人で飛ぶ場合は恋愛かつセックスの比喩だというらしい。ということで、本書の中身もエロチックで奇妙な展開が続くのだろう。
田浦が初めて病院で逢ったときの睦子は67歳の老女だったのだが、なんと退院後は逢うたびに若返ってゆく。2度目に逢ったときは40代の女盛り、3度目は20代半ばの美女、4度目は悪戯っぽい18歳位の少女、そして最後は5歳の幼女として田浦の前に現れるのである。
まさに女性版『ベンジャミンバトン』なのだが、本作の方が先に発表されているのでパクリではない。ただ『ベンジャミンバトン』の下敷きになったのが、1922年に書かれたF・スコット・フィッツジェラルドによる短編小説なので、そちらを参考にしたかどうかは著者に聞かないと分からない。
36年前の作品なのだが、全く色褪せていない。本作の主人公田浦修司は、建設会社の営業部次長で妻子のある働き盛りの男性である。ただどうした弾みで精神を病んだのかは説明されていないが、寿司屋の二階から飛び降りて骨折して入院する。そしてそこで自殺未遂で骨折した睦子という謎の女と遭遇するのであるが、エロチックでかつ謎めいた序段はなかなか秀逸であった。
本作は時間を逆行して生きる女性がヒロインなので、ある種のタイムトラベルファンタジーとも考えられるのだが、かなりきわどい性描写が多いのでエロ小説の趣も備えている。またある意味で、異常世界と精神異常と狂気の漂う純文学と言えなくもないし、当時50歳だった著者の「初老人の恋愛願望」かもしれない。
いずれにせよ、最初から最後まで目の離せない興味深い小説であることは間違いないだろう。ただ拳銃を携えて映画館で強盗事件を起こす下りは、全く必然性もなく馴染めなかった。またラストも予想の範囲内で、特に目を見張る展開がなかったのも味気なかったね。
さて余談であるが、本作は1990年に細川俊之、石田えり主演で映画化されているようなので、機会があればそちらも鑑賞してみたいものである。
評:蔵研人
著者:小松左京
私が読んだのはポプラ文庫の『小松左京セレクション2』に収録されたもので、タイトルの作品以外に四次元トイレ、辺境の寝床、米金闘争、なまぬるい国へやって来たスパイ、売主婦禁止法、愛の空間の6作も併録されていた。
『時間エージェント』は時間管理局の取締り話を面白おかしく描いた連作で、全8話構成で約220頁を占めている。また本収録7作品の中では、唯一のタイムトラベル小説だった。
本作が書かれたのは1965年だし、発表誌が平凡パンチということを考えると仕方がないのだが、読みやすいのは良いのだが、バカバカしくて単調で底が浅い小説だったのは期待外れであった。小説より漫画のような作品なのだが、なんと1979年にあのルパン三世のモンキー・パンチによって漫画化されているではないか。この漫画は未読だが、表紙を見る限りエロっぽさも含めてピッタシカンカンかもしれないね。
さて本書に収録されている『時間エージェント』以外の6作の短編についても、すべてが軽くてエロっぽいドタバタ作品で占められており、アイデアとしては面白いのだが、私が期待しているものではなかったのが残念であった。
評:蔵研人
★★☆
著者:萩原麻里
富士見ミステリーのライトノベルである。タイムトラベルものということで購入したのだが、どうも著者の作風と波長が合わないようだ。駄作とまでは言わないが、こんな軽い小説をなかなか消化できず、かなりまごまごしてしまった。そして昨日やっと読み終わったのだが、特に感動もなければ充実感も湧いてこない。
序盤は学園ラブストーリー風の展開だったのだが、中盤に明治時代にタイムスリップしたあたりから、急におどろおどろしい雰囲気に包まれて萬葉集まで飛び出してくる。さて「時置師」と書いてトキオカシと読むそうだが、彼等一族は永遠に若返りが止まらないため、他人の記憶を食らうことによって、一時的に若返りを阻止して現状を保持しているという。
トキオカシたちの目的は何なのか、そしてどんな活躍をするのだろうか。と目を皿のように読み進めたのだが、トキオカシの超人的能力は何も発動されないし、主人公は相変わらず弱々しくて、誰の力にもなれないのだ。
また登場人物や舞台などもかなり限定的で、スケール感も乏しくストーリーも単調である。そして退屈感ばかりが充満してのめり込めないまま、いつのまにか終劇となってしまったのである。なんだこりゃあ!。
せめてタイムスリップしてきた意味くらいは解明されてもよいのだが、思わせぶりな説明はあるのだが、なにかスッキリとしない。かなり中途半端な気分のまま、本書を閉じることになってしまったのである。
さてよくよく調べてみると、本作にはまだ続編があるようなのだ。その続編は「カタリ・カタリ トキオカシ(2)」なのだが、もう読む気はしないな…。
評:蔵研人
★★★☆
著者:廣嶋 玲子
ときどき思い出したように町の路地裏に佇む奇妙な駄菓子屋さん。そこで店番をしているのは、和服を着てどっしりとしたお相撲さんのようなおばさんである。真っ赤な口紅を塗りたくり、色とりどりの大きなガラス玉のかんざしを何本もさしている派手な彼女は「紅子」という名で、古いお金を集めているようである。
また店に置いてあるものは、「猫目アメ」、「骨まで愛して・骨形カルシウムラムネ」、「闇のカクテルジュース」、「妖怪ガムガム」、「ぶるぶる幽霊ゼリー」などなど、見たこともない摩訶不思議なお菓子ばかりである。そしてこれらを食べることによって、魔法のような不思議な現象が起こるのである。
本書では「型ぬき人魚グミ」、「猛獣ビスケット」、「ホーンテッドアイス」、「釣り鯛焼き」、「カリスマボンボン」、「クッキングツリー」、「閉店」の七短編が掲載されているが、読み易くて面白いので遅読の私でさえ1時間程度で読破してしまった。
好評につき、現在13巻まで出版され、アニメ映画化されたようである。なかなか面白い小説だが、なんとなく藤子不二雄の『笑うセールスマン』を思い出してしまうのは私だけではないだろう。
評:蔵研人
★★★☆
著者:今井雅之
そもそも本作は1988年に今井雅之が舞台用に書き上げた戯曲なのだが、これが好評につき1995年に小説化されたものである。その後映画化・テレビドラマ化されている。
その内容は関西の売れない漫才師二人が事故に遭い、その反動で過去にタイムスリップしてしまう。目が覚めるとなんとそこは終戦間近の航空隊基地であり、二人は神風特攻隊の訓練中に墜落事故を引き起こしたことになっているではないか。しかも実在の特攻隊員の魂と入れ替わってしまったようなのだ…。
ここまで書くと萩原浩の『僕たちの戦争』そっくりではないか。だが決してパクリではない。本作のほうが先に執筆されているからである。
著者の今井雅之の本業は俳優なので、小説の文体はやや大雑把であるが、気迫だけは十分に感じられるだろう。そして映画『静かな生活』のストーカー役で、1996年日本アカデミー賞優秀助演男優賞受賞。さらには本作をライフワークとして掲げながら、オフ・オフ・ブロードウェイで公演し成功を収めている。ただ残念ながら、大腸がんに侵されて2015年に54歳の若さで他界してしまった。
さて冒頭で、主人公が事故に遭遇し過去にタイムスリップしたと記述したのだが、タイムスリップというよりは、魂が過去の人物と入れ替わったのだから、SFしか物理学的な発想ではなく、輪廻転生など宗教観の漂う世界なのかもしれない。
評:蔵研人
著者:広瀬未衣
恋人と婚約した灯里が、京都の実家で高校時代に書いた若草色の日記を見つけた。だがそこに書いてあるべきある人の名前が空欄になっている。また物置で探した手作りの小さな提灯には、薄っすらと「コウ」と書かれた跡があった。
物語の大部分は、そのコウなる謎の人物が現れる満月の4日間の出来事に終始する。その4日間の青みがかった月をブルームーンと呼び、過去へ行けるという奇跡が起こるという。
まさに少女漫画をそのまま小説にしたような恋愛ファンタジー小説である。ただ理想の男性像のようなコウ君は、なんだか無機質の幽霊みたいで物足りないし、ストーリーにも全く幅が感じられない。また最終章の種明かしにも、余り工夫がなかったのが残念である。
京都の古い街並みや観光地の情景描写が、なかなか幻想的で美しく綴られているので、女子学生たちには楽しめるかもしれない。だが人間描写やストーリーの奥行きが薄いため、大人たちが読んでも、まず感情移入することはあり得ないだろう。
評:蔵研人
著者:萩原浩
現代に生きる根拠なしでポジティブなフリーター尾島健太と、昭和19年に「海の若鷲」に憧れる軍国青年の石庭吾一が、時空を超えて入れ替わってしまうという話である。そしてなんと彼ら二人は、顔や体格だけではなく、基本的な性格や趣向もそっくりなのだ。だからそれぞれの世界では、誰も彼等をその時代の彼等としてしか認めない。ただ時代背景が異なるため、心情は全く正反対だったのだが、なんとかそれぞれの境遇に順応しつつ、元の世界に戻る方法を模索するのだった。
単なるタイムスリップものではなく、瓜二つの人物がそれぞれ別の時代に跳んで入れ替わってしまう、というアイデアが素晴らしい。そして彼等がそれぞれの時代を受け入れるまでの心理状況と行動の描写が実に面白いのだ。
ことに過去から現代に来た吾一が見た「現代人や現代社会の異様さ」には、かなり共感してしまう自分も、年寄になったものだと実感してしまった。また吾一が少しずつ現代社会に慣れたのと同様、自分も知らぬ間に慣らされてしまったのだろう。
さて本作は、現代と戦時中を交互に描いたタイムトラベルものなのだが、SFという臭いは全くしないのだ。どちらかと言えば戦争と現代社会に批判と警鐘を鳴らしながら、二人の青年の成長と恋を描いた青春小説なのだと考えたい。
またぼやかしたようなラストは、読者の想像に委ねるという方法で収めているのだが、これには賛否両論があるかもしれない。もしタイムトラベル小説なら、それぞれが元の時代に戻ったあと、現代で過去の人たちとのめぐり逢いなどを絡めて締めくくるのが定番であろう。だが本作ではより文学的な締めくくりを選んでいるところが、青春小説たる所以なのかもしれないね…。
さらによく調べてみたら、2006年9月にTBS系のテレビドラマとして放映されているようである。主なキャストは、森山未來、上野樹里、玉山鉄二、内山理名、樹木希林などだと言う。是非DVDなどを探し出して観てみたいものである。
評:蔵研人
★★☆
著:ローレン・ビュークス
訳:木村浩美
時間を超越できる古い家。そこをねぐらにして、様々な時代で猟奇的な殺人を続ける精神異常の殺人鬼。そんな触れ込みのタイムトラベル・サイコサスペンスである。
アイデアとしてはなかなか斬新なのだが、10頁以内の短いスペースで、前後して時間が入れ替わり、次々に若い女性たちが無残に殺されてゆく。またその殺害の様子が酷過ぎる。ナイフで腹を裂かれて腸を引っ張り出されて、死体をグルグル巻きにするといった具合なのだ。そして殺害の動機もはっきりしない。まさにサイコ野郎そのものなのだ。
そして足が悪いのにも関わらず、この殺人鬼の強いこと強いこと、拳銃で撃っても1~2発では死なないし、もの凄い腕力と異常な精神力に支えられている。これではまるでジェイソンやターミネーターではないか。
まあそれはそれで許すとしても、余りにも内容が薄いため読みにくく、何度も投げ出しそうになった。少なくとも500頁近くある長編なのだから、もう少し登場人物の心理状態などを詳細に描いて欲しかったね。とにかく残酷描写とアクションの連続ばかりなので、小説より映画向きなのかもしれない。
とは言っても、ラストを除いてハラハラドキドキ感も余り湧かなかったし、肝心のタイムトラベルがらみの面白さも皆無だったのは非常に期待外れだったね。かなり無駄に時間を消費してしまったような気がする。あー疲れた。
評:蔵研人
★★☆
著者:桜庭一樹
本作は第1部から第3部までの3つの時代の話に分割されている。第1部の舞台が1627年のドイツ・ケルン、第2部が2022年のシンガポール・セントーサ島そして第3部が2007年の日本・鹿児島市である。
またタイトルの意味するところは何だろうと考えていたのだが、実はこの場所も時代も異なる3つのストーリー全てに登場する少女の名前だった。彼女の名前は「青井ソラ」まるで駄洒落のようなタイトルだったのである。
魔女狩りを扱った第1部はそれなりに面白かった。だが第2部と3部は全く面白くないし、何のためにリンクさせたのだろうか。確かにある少女のタイムトラベルを繋げるためには必要だったのかもしれないが、それぞれの話には全く関連性がないし必然性もない。ただ一番退屈だったのだが、著者の主眼としては、現代を描いた第3部にあるような気がしてならない。
アイデア的には決して悪くはないのだが、その世界観はほとんど理解不能だ。正直こんなものを読まされて、不愉快だけが残ってしまった。それにしても一部のネットでは、かなり好意的な評価が目白押しだったのには驚いたのだが、ついてゆけない自分が情けないのだろうか…。
評:蔵研人