タイムトラベル 本と映画とマンガ

 本ブログは、タイムトラベルファンのために、タイムトラベルを扱った小説や論文、そして映画やマンガなどを紹介しています。ぜひ気楽に立ち寄って、ご一読ください。

2019年07月

地球の放課後(全6巻)4

作者:吉富昭仁

 奇妙なタイトルだが、なんとなくそそられるタイトルでもある。日常系終末ストーリーというジャンルだというのだが、タイムトラベルの要素も含んだSFマンガとも言えるだろう。
 突如『ファントム』と呼ばれる謎の生命体が現れて、人類のほとんどが消滅してしまう。ところが何故だか分からないまま、数学に長けた4人の少年少女だけが残される。

 従ってこの物語の登場人物は、この4人だけに絞られるということになる。そして彼等の日常生活を淡々と描いてゆく。そして退屈しのぎのように、たまにファントムが現れるだけといった流れである。
 だが回を重ねるごとに、過去の回想やタイムトラベルなどが絡んできて、少しずつ登場人物も増えてくる。そして新たなる謎を提供しながらも、かつての謎を解明するという手法を使って話を膨らませてゆくのである。

 残された4人とは、高校生の正史のほかは、やはり高校生の八重子、早苗と小学生の杏南というハーレム状態。と言っても、このマンガはある意味健康的であり、水着や入浴シーンは頻繁に描かれるものの、セックスシーンは皆無である。そのあたりの展開については、もの足りない人もいるかもしれないが、安心する人もいるだろう。

 著者の吉富昭仁は、挿絵画家としてデビューしている。従って清楚で丁寧で美しい筆力を感じるのだが、逆に言えば癖がなく特徴のない画風と言えるかもしれない。だから女の子の顔が皆同じように感じてしまうのであろうか。
 まあそこいらは好き嫌いの分かれるところかもしれないが、私自身は極端に個性化された画風よりはまだ見やすいので良しとしたい。著者の代表作は本作ではなく『EAT-MAN』、『RAY』などの横文字タイトルらしいのだが、私自身は本作以外は読んだことがないので、機会があったら他の作品も読んでみたいと思う。

 さて謎の生物ファントムは宇宙人なのか、はたまた妖怪なのか、なぜ4人だけは切り刻まれなかったのか。その疑問は第6巻で全て解明されるのだが、「コティヤール予想」とか「シュバルツシルト面」という理論は全く理解できなかった。もう少し丁寧な解説をして欲しかったかな・・・。

評:蔵研人

ジャンパー3

製作:2008年 米国 上映時間:88分 監督:ダグ・リーマン

 テレポーテーション、つまり瞬間移動出来る超能力を持った青年のお話なのだが、ある意味タイムトラべルものと言えないこともない。つまり時間をかけずに遠距離を移動するわけであるから、時間を短縮する能力なのだと考えることも出来るよね。
 瞬間移動するときの映像は素晴らしいし、跳ぶ瞬間の効果音と映像は気分爽快だ。ただストーリーが単純過ぎるのが気になった。また車ごとジャンプするというのも、なにか腑に落ちないなあ・・・。

 異常能力者狩りをするサミュエル・L・ジャクソン達の行動も不可解で、ちょっとしつこい感じがする。それにただ全世界を跳びまくるだけではなく、もう少し上映時間を伸ばして、味のあるストーリーを構築して欲しかったね。前半は結構面白かっただけに、ちょっと残念な気分である。

 やはり何にも制約されずに簡単にジャンプ出来る、というのも単調かもしれない。ジャンプするための条件とか、弱点とかを設定するくらいのヒネリが欲しかったよね。
 さて貴方がジャンパーになったら、どこへジャンプしたいのかな。やはり世界観光旅行かしらん。僕だったら、毎日ギリギリまで朝寝坊して、会社までジャンプするけどね。

評:蔵研人


きみがいた時間 ぼくのいく時間4

著者:梶尾真治

 サブタイトルの「タイムトラべル・ロマンスの奇跡」が、この本の全てを物語っている。そう、カジシンさんの十八番ともいえる、時間テーマの中・短編ラブファンタジー集と言ってよいだろう。
 書き下ろしの『きみがいた時間 ぼくのいく時間』をはじめ、『江里の"時"の時』、『時の果の色彩』、そして処女作の『美亜へ贈る真珠』の四作が詰め込まれている。

 『きみがいた時間 ぼくのいく時間』は、著者の代表作『クロノス・ジョウンターの伝説』のサイドストーリーという趣きがある。主人公の里志は、事故で亡くなった妻の紘未を救うため、39年前にしか戻れないクロノス・スパイラルに乗る・・・という流れの中編小説だ。
 『江里の"時"の時』は、異なる次元に住む男女の恋愛をリリカルに描く短編。また『時の果の色彩』は、タイムマシンを使って、過去に住む女性と恋を描くユニークなお話である。

 『美亜へ贈る真珠』については、処女作にふさわしい初々しいファンタジーロマンスで、すでに名作ファンタジーとして認知されている。
 また巻末には、著者と『劇団キャラメルボックス』の脚本・演出を手がけている成井豊との情熱対談が収められていて、これも梶尾ファンにはなかなか楽しい対談で見逃せない。
 いずれにしても本書は、梶尾ファン必携の一冊と言ってよいだろう。是非ご一読あれ。

評:蔵研人


ルネサンスへ飛んだ男 Twice in time4

著者:マンリイ・ウェイド・ウェルマン 翻訳:野村芳夫


 時間反射機を使って、20世紀から15世紀のフィレンツェにタイムトラべルをした青年のお話である。タイトルやブックカバーのイラストから想像して、J・デヴローの『時のかなたの恋人』のようなラブファンタジーをイメージしていたのだが…。
 ところがこれが大いなる勘違いであり、そして嬉しい誤算でもあった。この作品でもリズという清楚で心優しい奴隷少女が登場するが、お互いにほのかな恋心は抱くものの、大恋愛には至っていない。

 どちらかというと、恋愛よりも史実に基づいた脚色の精緻さに重心を置いているようだ。従って荒唐無稽と思われる出来事が、全て歴史上の事実だったことを知ったときには驚愕の思いであった。
 そして科学的知識の豊富さと、絵に描いたようなラストのドンデン返しにも、誰もがきっと脱帽してしまうだろう。そして本作が書かれたのが、1940年というからさらに感心させられてしまう。

 それにしてもこれほどの力作が、なぜ2005年まで日本で翻訳されさかったのか。そのことについては、翻訳者があとがきで記しているが、完全版と削除改訂版の二つの版が存在しているのが原因らしい。
 もちろん本書は、完全版に基づいて翻訳されているのだが、削除改訂版の良い部分もかなり取り入れているという。ということは、翻訳者の力量も相当なものだということである。
 余り期待せずに買った本だが、時としてこのような幻の名作に出会えることがとても嬉しい。だから古本あさりを止められないのかもしれないね。

評:蔵研人

マルホランド・ドライブ 4

製作:2001年 米国 上映時間:146分 監督:デヴィッド・リンチ 主演:ナオミ・ワッツ、ローラ・ハリング

 田舎町のジルバ大会をトリミングした、オープニングシーンが面白い。ちょっと太めの女の子がシャカリキになって踊りまくる。飛んだり跳ねたり、逆さまに飛びついたり、パンツが見えそうで見えない。
 このポジティブなダサさが、これから始まるネガティブな本編に繋がる入口かと思うと、とてつもないアンバランスさを感じる。だがそれこそが、デビット・リンチ監督の持味なのだろうか。

 マルホランド・ドライブとは、ハリウッドの街を見下ろす峠道のことである。ここで美貌の女性が急に車を止められ、車外に引きずり降ろされようとした瞬間、突然二台の暴走車が激突する。
 生き残ったのは、美貌の女性一人だけだった。彼女はフラフラしながらも、ハリウッドに向かって丘を下ってゆく。くたくたになってやっと辿り着いた街の標識を見ると、「サンセット大通り」と書いてある。そして彼女は人目を避けるため、おもわずある家に侵入してしまう。

 このあたり展開は1950年に上映された、『サンセット大通り』を彷彿させられる。さらにこのあとハリウッド映画界の実態を、赤裸々に描いてゆくスタンスも同様である。きっとこの映画は、『サンセット大通り』のオマージュとして製作されたのだろう。
 それにしても謎の多い映画である。おそらくこの映画を一回観ただけで、完全に理解出来る人はほとんどいないはず。従ってネットの中でも多くの解析ブログが出回っている。

 それらのいくつかを読んで、さらにDVDでその回答を検証し、やっとこの映画の全体像がみえてきた。一度謎が解けると、何の脈絡もないと思われていた幾つかのサイドストーリーも見事に繋がってくる。
 この映画を難解にした最大原因は、なんの断りもなく時間軸を逆転させたことにある。だが『メメント』のように細切れに裁断して逆行させている訳ではない。
 あの「ブルーボックス」を開けた瞬間に過去に遡ってしまうのだ。つまりここを境に時間が逆転する。ただ一筋縄でゆかないのは、時間だけではなくヒロイン二人の人格も逆転してしまうからであろう。

 現実と妄想、あるいは生と死と考えればよいのか、我々は知らぬ間にリンチの術中にはまってしまう。
 30年前に処女作の『イレイザーヘッド』を観たときには、その混沌たる映像と精神世界に驚愕したものである。この作品にはそこまでの異常性はないが、クラブ・シレンシオの描写には『イレイザーヘッド』に通ずる世界観を感じるはずだ。
 それにしても、ナオミ・ワッツの飽きれるほど抜群の演技力と、小ぶりだが美しいバストには、完璧に魅せられてしまったね・・・。

評:蔵研人


時の”風”に吹かれて4

著者:梶尾真治

 タイムトラベルファンタジーの名手である梶尾真治の短編集である。書き下ろしではなく、既に発表されたものを集めたので、梶尾ファンなら読了したものが数編混ざっているかもしれない。
 全部で11作だが、得意のタイムトラベルものは、表題の「時の”風”に吹かれて」と「時縛の人」だけである。だがそれ以外の9作も、それぞれ独自の味がしてなかなか楽しめた。

 以下に11作について、簡単なレビューを書いておこうか。
1.時の”風”に吹かれて
 尊敬していた画家の叔父が遺した、白藤札子という美しい女性の絵。叔父が生涯独身を通したほど愛した女性でもあった。だが残念ながら、彼女は昭和36年のデパート火災で一命を落している。
 そして彼女は、主人公の恭哉にとっても、憧れの女性であったのだ。友人がタイムマシンを開発したことを知り、彼は昭和36年に戻って白藤札子を救おうと決意する。
 著者が得意とするリリカルな作品であり、11作の中でも一番心に残る作品であった。
2.時縛の人
 これもタイムマシンものであるが、前作とは全く異なる作風である。時間は瞬間の積み重ねという哲学の名句から、タイムマシンは「だるま落とし」の基本原理を使って過去に移動する。
 ところがその「だるま落とし」理論に見落としがあったため、過去に遡った途端に大変な問題に遭遇するのだ。 
3.柴山博士臨界超過!
4.月下の決闘
5.弁天銀座の惨劇

 3~5の3作とも、筒井康隆風味のドタバタナンセンス調が気に入らない。既に古い感性のSFで、どちらも僕の好みではなかった。
6.鉄腕アトム/メルモ因子の巻
 鉄腕アトムのオマージュであろうか。まるで手塚治虫の鉄腕アトムが、そのままマンガから小説の世界に入り込んだようだ。巧い!思わず手を叩きたくなる梶尾アトムだった。
7.その路地へ曲がって
 別世界のような路地裏に住んでいる年をとらない母に巡り合う息子の話。心の中に潜むノスタルジーを呼び起こすような珠玉のストーリーだ。
8.ミカ
 ある日突然、飼い猫が人間の女に見えてしまう哀れなお父さんのお話。家族に対する苛立ちが産んだ妄想なのだろうか。
9.わが愛しの口裂け女
 結婚した女が、実は口裂け女だったのだが、死ぬまで彼女を愛し続けた父親の話。とてもいい話なのだが、ラストにもう一工夫出来なかったのだろうか。
10.再会
 11作の中で、唯一SF味のしない作品である。ゼンちゃん存在がファンタジックではあるが、純文学風のあっさりとした味わいがあった。
11.声に出して読みたい事件
 3頁程度のショートショートだからしかたないが、ちょっと馬鹿にされたようなお話だったね。

評:蔵研人

ジャケット4

製作:2005年 米国 上映時間:103分 監督:ジョン・メイバリー  主演:エイドリアン・ブロディ、キーラ・ナイトレイ

 主人公ジャックは、心優しいのが災いし、湾岸戦争で少年に頭を撃たれるが、奇跡的に一命を繋ぎとめる。しかしその傷のおかげで、過去の記憶が消失してしまう。
 この悲しき兵士を、『戦場のピアニスト』のエイドリアン・ブロディが好演する。その後彼は、あてもなく彷徨ううちに、警官殺しの濡れ衣をかけられて逮捕されてしまう。しかし裁判で障害者と認定され、精神病院に収容されるのだった。

 そこでは、強度の障害者に対して、奇妙な治療実験を行っていた。患者に麻酔をかけ、拘束衣(ジャケット)で身動きを奪い、死体保管庫に数時間閉じ込めるのである。
 ジャックは死体保管庫の中で、苦痛と狂気に苛まれるうち、過去の記憶が断片的にフラッシュバックし、一瞬にして15年後の未来へ跳んでしまう。そしてストーリーは、ここを起点として大きく変貌してゆくのである。

 妻殺し未遂で精神病院に入院した患者に、『007カジノロワイヤル』のダニエル・クレイグ、ジャックの恋人役ジャッキーには、キーラ・ナイトレイと豪華なキャスティング。そして主演のエイドリアン・ブロディーは、心優しい表情といい、痩せこけた風貌といい、まさにピッタリハマリ役だった。
 生き馬の目を抜くような現代において、心の優しい人は損をする。だがそれは現世という束の間の思い出に過ぎない。来たるべき世界では、必ず報われるはずだ。
 死体保管庫の中は、決してタイムマシンではない。主人公が跳んで行くのは、彼の妄想と怨念が創り出す次元を超えた精神世界なのだろう。そこには、宗教的な香りのする死生観が漂っている。いずれにせよ、ジャックは辛い現世から開放されたのではないだろうか。

評:蔵研人

ステイ3

製作:2005年 米国 上映時間:101分 監督:マーク・フォースター
 
 この作品は、オープニングとエンディングが、メビウスの輪のように捻れて繋がってゆく。そしてエンディング直前の5分間がこの映画の全てとも言えるだろう。私にとってはなかなか興味深い作品であり、キャストも素晴らしいのだが、難解な内容のためか興行的には成功しなかったようである。

 精神的に不安定な青年(ライアン・ゴズリング)が、精神科医(ユアン・マクレガー)に自分の自殺を予言する。同時に青年は、その日に雹が降ることも予言し、それが見事に実現してしまうのであった。
 それ以来、精神科医は青年のことが頭から離れなくなる。そして何とか青年の自殺を食い止めようと奔走するうち、自分自身もだんだん虚構の世界にはまってゆくのだった。

 永遠に続くラセン階段や、デジャブ現象、歪んでくる幻覚と現実の境界線。幻想的な映像と、各シーンの繋ぎかたは、実に見事である。
 そして観客は多分よく分からないまま、スクリーンに釘付けとなり、感動的なエンディングを迎えるはずであった。確かにラストでどんでん返しが用意され、全ての謎が解明されるのだが…。しかしながら、単純な夢落ちではないものの、やはりこの手法は反則ではないだろうか。

評:蔵研人

幽霊人命救助隊4

著者:高野和明

 東大二浪で首吊り自殺した裕ー、キャリァウーマンになり損ねて飛び降り自殺した美晴、会社経営に失敗し服毒自殺した市川、ヤクザ稼業の限界に絶望し、短銃自殺した八木。この四人が神様の命令で、地上に降り幽霊になって100人の自殺願望者を救うという荒唐無稽なお話である。しかも夕イムリミットは49日間、1日2人以上のペースで自殺をくいとめなくてはならない。

 これが成功した暁には、成仏して天国ヘ行けるという。なんだか、浅田次郎の「椿山課長の七日間」と通じるものがある。
 彼等は人には見えない聞こえない、透過してしまう存在であるが、なぜか物質に対しては存在感がある。だが彼等は物質を動かせない。つまり、例えば誰かがドアを開けない限り、彼等だけではドアを開けられない、入れないのである。
 こんな状態で、どうすれば100人もの人間を救助出来るのか。ところが、彼等はこの八方塞がり状況を打破すべく「七つ道具」を所持していたのである。

 このマンガのようなバカバカしいお話が面白いのは、裕一以外の三人が自殺したのが、裕一よりずっと以前だったということだ。市川が15年前、美晴が17年前、八木に至っては、なんと24年前なのである。
 ということは、市川、美晴、八木にとっては、現代の日本はカルチャーショックで、まるでタイムマシンで未来に跳んできたのと同じなのだ。そのあたりの彼等の驚きようや、時代遅れな流行語が飛び交う様が楽しいよね。

 それから自殺願望者の大半は「うつ病」である。だから著者はうつ病について、かなり詳細に調べている。おかげで自殺とうつ病についての認識がかなり高まってしまった。楽しみながらお勉強出来るという具合で、一粒で二度美味しいのだ。
 ただ100人助けるまでに、何人もの同じような救助が続くので、途中少し辟易してしまうかも…。だが実は、最後100人目の自殺願望者の救助こそ、本作中最大の焦点なのである。この感動のクライマックスでは、きっと誰もが熱い涙を流さずにはいられないだろう。

評:蔵研人

プライマー3

製作:2004年 米国 上映時間:77分 監督:シェーン・カルース
 
 2004年度サンダンス映画祭で、審査員大賞を受賞した作品だという。この賞はインディペンデント映画に、ビジネスチャンスを与えてくれる。従ってこの作品が、大学の映画部で製作したようなチープな超低予算映画であっても文句はつけない。

 ストーリーのほうだが、べンチャービジネス志向の青年二人が、ある研究途上で偶然タイムマシンを発明してしまう。彼等は急上昇した株式銘柄を調べ、マシンに乗って過去へ行き、その株を買って儲けることを実行する。
 ここまでは良くあるお話なのだが、過去に戻ったときに、過去の自分に遭遇してしまうのだ。そして現在に戻るのだが、それをまたかつての自分が遠くから見ている。

 この循環が延々と続き、映画を観ているほうは、一体誰がオリジナルなのか、ダブル(分身)なのかさっぱり判らない。
 同じシーンが何度か続くのだが、ほとんどヒントになるものがなく、話の順序さえ見失ってしまう。ニューヨークタイムス紙で、この映画は5回以上観る必要があると掲載され、何度かチャレンジしたマニアックな人もいる。だがその人達をしても、いまだ完全には判らないという。
 果たして本当に答があるのか。まあどちらにしても、この作品を何度も観るほど辛抱強くはない。

 僕はタイムパラドックスを扱った作品が大好きだが、こんな判り辛い作品を観たことがない。難解という訳ではなくただ不親切なのだ。たまたまこのテーマが好きだから、ある程度楽しめたものの、このテーマに興味のない人にはお勧め出来ない。
 小説ならともかく、映画は情報量に限界があるし、観客は基本的に一回しか観ないのだ。ことに商業べースにするのなら、そこを考えてもう少し判り易く創らなければ、一発屋の単なる自己満足で終わってしまうだろう。

 タイムトラべルやパラドックスについて話を始めたら、夜を徹しても終わらない。だからここでは、その議論を飛ばしたい。
 もしかすると、この映画の真のテーマは、タイムパラドックスではなく、米国のベンチャー企業家たちの野心と葛藤と猜疑心だったのだろうか。

評:蔵研人

フローズン・タイム3

製作:2006年 英国 上映時間:102分 監督:ショーン・エリス

 現在はもう閉館になっているが、当時東京でこの作品を上映していた映画館は、渋谷QーAXシネマだけであった。この映画館は、カフェスタイルの飲食店が同居し、2つのスクリーンを持つユニークな映画館だったのだが、残念ながら僅か数年で閉館となってしまった。
 理由は定かではないが、駅からやや遠いこと、周囲にラブホテルが多いことなどが難点だったのかもしれない。しかし小綺麗でお洒落な雰囲気と、音響・映像においては、当時最高水準のTHXを採用していたようである。

 さて本作上映時には、264席ある館内は、ほぼ満席であった。これはこの作品に対する注目度なのか、映画デーの特別割引のお陰なのか、単館上映だったためなのかは不明である。
 そもそもこの作品は、2006年のアカデミー短編実写賞にノミネートされた18分の短編作品だった。それを商業べースで上映するために、102分に引き伸ばして再製作したのだという。

 当初の短編映画を観ていないので、比較は出来ないものの、やはり多少違和感を感じてしまった。
 おそらくスーパーの店員たちの「おふざけドラマ」や「少年時代の回想」などが追加シーンなのであろう。「少年時代の回想」はともかくとして、店員たちのドタバタシーンがなければ、この映画はもっと芸術的かつ幻想的な作品に仕上がっていたはずである。
 失恋のショックで不眠症に陥り、時間の概念にひずみが生じる。そしてあるとき、スーパーマーケットの中で、自分以外の時間が止まってしまう。

 そこまではとても秀逸な発想であり、時間が静止したときの映像も、二次元世界のようで幻想的だ。フォトグラファーである監督の手腕が、十分に発揮されたシーンであった。
 そして、最初はレジのおばさんにしか見えなかったシャロンが、だんだん美しくなってゆく。主人公の心の動きと、観客の視線を同調させたテクニックは実に見事である。

 だが、ファンタジーを、エロティックコメディーへとチェンジしてしまった感性はいただけない。ところどころで少数の人が、大声で笑うのだが、観客のほとんどはしらけ切っていた。
 ラストになって、今度はロマンチックなラブストーリー仕立てに軌道修正し、そこで観客の冷めた気持ちを温めて、ジ・エンドとなる。
 なんだか狐につままれた気分だが、「良い映画だったな」と満足して帰路につく観客たち。だが冷静に考えると、やはりなにか歯車が絡み合わない気がするのだ。 

評:蔵研人


とんだトラブル!?タイムトラベル3

著者:友乃雪

 児童向けの小説なのだが、大人が読んでもそこそこ楽しめるのが嬉しいので、子供に読ませる前に一読してみてはいかが。また本作は2008年に第25回福島正実記念SF童話賞大賞を受賞している優れモノなのだ。
 ある日突然、ぼくの部屋の壁に黒い渦巻が発生し、その中から小さいぼくと大人のぼくが飛び出してくる。小さいぼくは過去の世界から、大人のぼくは未来からやってきたのだった。

 未来では大変なことが起きている。それを修正するために未来からぼくはやって来たのである。そしてぼくたち三人で協力して、盗まれた父さんの発明品を奪還し、未来を救う行動に出るのであった。
 子供向けで大きく見やすい文字に、全ての漢字にフリガナがふってあり、僅か80頁なので30分くらいであっという間に読破してしまうだろう。もちろんラストはパッピーで単純、大人にはやや物足りないが子供には喜ばれそうである。

評:蔵研人

つばき、時跳び4

著者:梶尾真治

 短編ファンタジーの名手『梶尾真治』にしては珍しい長編ものである。
 曾祖父の代から熊本城下の山間にひっそりと佇む百椿庵。ここは名前の通り、椿の花が咲き乱れるお屋敷なのだが、現在は誰も住んでいないため、荒れ果てている。売れない作家の井納惇は、父に頼まれてこの屋敷を管理方々、住み込むことになってしまった。

 ところがこの屋敷には、昔から女の幽霊が現れるという。そしてある日、惇は若く美しい幽霊を見てしまうのだ。ところが暫くして、彼女は幽霊ではなく、幕末の百椿庵からタイムスリップしてきた「つばき」という名の美少女であることが判明する。
 ストーリーの舞台は、ほとんどが百椿庵とその周辺だけなのだが、全く退屈しないから不思議である。
 またタイムトラべルの仕組みや、タイムパラドックスには余り触れてはいないが、それはこの際どうでもよい。このストーリーでの興味の大半は、井納とつばきの清純で淡い恋愛だからである。

 原田康子の小説に『満月』という作品がある。こちらは江戸時代からタイムスリップしてきた武士と、現代の女性との恋を描いた作品だ。
 本作のほうは、『満月』とは男女の設定が入れ替わり、しかも百椿庵があたかもタイムトンネルかの如く、現代と幕末を男女が行き来するのである。
 そういえば、もうひとつ似たような小説で、石川英輔の『大江戸神仙伝』という小説があった。こちらは、江戸と東京を行ったり来たりするおじさんの、ちょっとエッチなラブコメ風味で紡がれている。

 その『大江戸神仙伝』でも、本作のつばき同様いな吉という若くて可愛い芸者が登場する。どちらの女性も、若いけれどしっかりもので、落ち着いていて、明かるくて、純真で、優しく男性を立ててくれるのだ。
 いまどき絶対に存在しない、全世界の野郎どものあこがれの女性像が満載なのである。しかも主人公はどちらもおじさんで、年もずっと離れているのにモテモテなのだから、これ以上望むことは何もないだろう。

 だから本作は著者の憧れの女性像を綴ったものでもあり、男性たち特におじさんたちに、泡沫の安らぎを与えるために書き下ろしたものなのかもしれないね。また熊本名物の由来や美人画の謎との融合は絶妙だし、「りょじんさん」との出会い方もなかなか洒落ている。なんとなく広瀬正の『マイナスゼロ』を髣髴させられるではないか。

 ただ惜しむらくは、あのとってつけたようなハッピーエンドである。あそこはそのままにして、いつものカジシンさん流「切ないラブファンタジー」で終ったほうが、いつまでも心に残る名作となったのではないだろうか。

評:蔵研人

きみにしか聞こえない4

製作:2007年 日本 上映時間:107分 監督:荻島達也 主演:成海璃子、小出恵介

 1時間の時差があるケータイ電話の恋。まるで韓国映画『イルマーレ』のケータイ版じゃないか。原作者は映画化作品の多い人気作家の乙一であるが、小説のほうはまだ未読である。しかしこの映画を観て、原作のほうも無性に読みたくなってしまったのは、決して私だけではないだろう。

 話すことが嫌いで孤独な少女と、話したくとも言葉を持たない聾唖の青年のラブストーリーなのである。それをとり持つのが、道端に捨てられていた不思議な携帯電話だった。
 この電話は心で話す事で相手に通じるのである。だから聾唖者でも会話が出来ることになる。そのうえ電話器がなくとも大丈夫なのだ。それではなぜ携帯電話など拾う必要があったのかと言いたくなるが、たぶんこれはイメージなのだと考えるしかないだろう。

 この映画の見所は二つ。一つは壊れたものを丁寧に修理して、大切に使う聾唖青年の優しい心象風景。そしてもう一つは、終盤のタイムパラドックスへの挑戦である。1時間の時差が、ここで本領発揮するのだ。
 またもう一人のケータイ友達である「原田」の正体も同時に明かされる。その手際良さは実に見事な職人芸である。
 もしかすると始めに終わりありきで、終盤の数十分のために創られた作品なのだろうか。このあたりの感覚はあの絶品名作『いま、会いにゆきます』とも重なってくるのである。

評:蔵研人

 

機械たちの時間4

著者:神林長平

 映画は断然ハードSFに限るが、小説はどちらかと言えば、ソフトタッチのファンタジーのほうが好きである。しかしたまには、ハード系のSF小説も悪くはないね。本作はタイトルからしてガチガチのハードSFのように感じるが、同じハードでもハードボイルドタッチに仕上げられているので読み易かった。

 未来の火星からやってきた主人公の邑谷武は、脳に組み込まれたTIPによって戦闘モードに変身すると、まるでターミネーターだ。そして敵の無期生命体マグザットは、マトリクッスに登場するイカ野郎のセンティネルを髣髴させられる。
 また本作では、時間軸を行ったり来たりするのだが、機械の未来は人間の過去であり、人間の未来は機械の過去だという発想がユニークである。だからこそ、著者が渇望した「未来に原因のあるSF」が完成したのであろう。

評:蔵研人

永遠に美しく・・・4

製作:1992年 米国 上映時間:104分 監督:ロバート・ゼメキス 主演:メリル・ストリープ、ブルース・ウィリス

 ちょっぴり古い映画の話をしようか。
 ロバート・ゼメキス監督が、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のスタッフ達を集めて創ったSFXコメディーである。

 気は弱いが辣腕の整形外科医アーネストをめぐって、競い合う二人の美女。彼女たちは、永遠の美を得られる「秘薬」を手に入れるのだが・・・。アーネスト役にはブルース・ウィルス。二人の美女は、メリル・ストリープとゴールディ・ホーンが演じる。彼等三人の演技力も素晴しいが、なんといっても年をとったり若返ったりする、メークというよりSFXの見事さは大注目なのだ。

 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のときも、主人公の両親が若返ったり老けたりするメークに驚いたものであるが、本作はそれを遥かに超えたと言ってよいだろう。余り書くとネタバレになるので多くは語らないが、この秘薬には思わぬ副作用があるのだ。あとは自分でDVDを観て確かめて欲しい。

評:蔵研人

おもいでエマノン4

著者:梶尾真治 

 ノーネーム(名無し)の逆さ綴り「EMANON」を通称とする少女「エマノン」。彼女は太古の時代からの記憶を持ち続けている。
 だがその記憶は、子供を産むとその子に引き継がれ、自分自身の記憶からは消去されてしまうのだ。そして記憶を引き継いだ娘がエマノンとなり、全国放浪の旅に出る。

 なかなか斬新なアイデアである。このエスパー少女を主人公にして、オムニバススタイルのショートストーリーが連なっている。本書にはタイトルの「おもいでエマノン」ほか全8作のストーリーが詰め込まれている。
 著者の梶尾真治は、初めの「おもいでエマノン」だけで完結にするつもりだったらしい。そのあと好評を得たため、何となくエマノンを登場させているうちにシリーズとなってしまったようだ。

 本作以外にも『さすらいエマノン』、『かりそめエマノン』、『まろうどエマノン』と、たて続けに出版されている。そして今も継続中である。小説のほうは無理に引き延ばしている感があり少し食傷気味かな。
 だが鶴田謙二が描くカバーイラストがとてもいいね。亜麻色の長髪をなびかせた大きな瞳の少女は、エマノンのイメージぴったりだ。きっとこのイラストに惹かれて、この本を手にする人も多いことだろう。

評:蔵研人

ファウンテン 永遠に続く愛4

製作:2006年 米国 上映時間:97分 監督:ダーレン・アロノフスキー 主演:ヒュー・ジャックマン

 10年以上前に製作された映画だが、ネットではかなり酷評が多く、本作の上映館もかなり少なかった。だから眠くなっても仕方がないと覚悟して劇場に入ったのだが、予想に反してかなり素晴しい作品であった。そのことを裏付けるが如く最終日にもかかわらず、当時の銀座テアトルでは座席の半数以上が埋まっていたことを記憶している。

 テ一マは生と死と愛。既に語り尽くされたテーマだが、人間にとっては永久に解けない命題でもある。
 時空を超えて三つの世界を生きる主人公。そしてファンタジックに輝く美しい映像。それは最愛の妻が書き残した物語なのか、それとも主人公の精神世界なのだろうか。

 ファウンテンとは、聖書に記された「生命の泉」のことである。癌に冒された妻を救うため、必死になってそれを探す主人公。一方妻のほうは、死を受け入れる決心を固め、書き残した最終章の完成だけを夫に託すのだった。

 究極的には生も死も超越し、「人と自然と宇宙」がひとつに融合するのだろうか。あるいは死こそ本来の生への入口なのか。そんなことを示唆するような作品で、改めて人の進むベく道を考えさせられた。
 そして何といっても、ヒュー・ジャックマンとレイチェル・ワイズの熱演が、ジンジンと観る側の心に響いてくるのだ。この映画は観る人によって感じることが、だいぶ異なるかもしれない。だが私にとっては、忘れていた「何か」を思い出させてくれた名作品であった。

評:蔵研人

ねじの回転4

著者:恩田陸

 恩田陸の文章は、どことなく小麦紛とバターの香りがする。だから翻訳小説のような、お洒落な雰囲気が漂う。また2.26事件という語り尽くされた題材を扱いながらも、全く斬新さを失っていない。
 2.26事件を背景に、同じくタイムスリップするお話として、宮部みゆきの『蒲生邸事件』がある。こちらはどちらかというと、タイムスリップという手法を持いたミステリーといった趣だ。

 一方本作のほうは、ハードな部分は「シンデレラの靴」とか「懐中連絡機」とか「不一致」とか、耳ざわりの良い言葉を使って回避しているが、ある意味ガチンコのSF小説といってよいだろう。
 また実在した人物三人を主役に据えたり、天皇に対しても触れたりと、かなり生々しい展開に終始する。ただ女性がほとんど登場しないため、ストーリーに暖かさが感じられないのがちょっと寂しい。
 そのためか、『蒲生邸事件』のように感情移入が出来ないが、SF小説としては決して悪くはない。ただストーリーの結未については、もうひと捻りして欲しかったね。

評:蔵研人

死者は黄泉が得る4

著者:西澤保彦

 前半はかなり読み辛い。舞台が米国で固有名詞が憶え難いこともあるが、「死後編」と「生前編」の時間設定が異なることが原因であろう。
 次々とゾンビの館を訪れる女達。彼女達はゾンビ達に殺され、生前の記憶を消去され、ゾンビ達の仲間入りをする。しかしその割には、ゾンビ達は増えるどころか、だんだん減っているような感じなのだ。

 また生前の世界では、美貌の人妻クリスティンを取り巻く人々が、次々と殺害されてゆく。犯人はまるで『13日の金曜日』のジェイソンのような不気味な男のようだ・・・。
 なんだかよく判らないままに、「死後」と「生前」のストーリーがジグザグに進行してゆく。ミステリーとホラーをミックスしたような展開にドキドキするものの、やはり正直言って意味不明なのだ。

 ところが終盤になると、生前の連続殺人の謎が、まるで難解なパズルを解き明かすように一挙に解明される。実に凝りに凝りまくっていて、お見事としか言いようが無いが、さらにその後にも「ドンデン返しの扉」が幾重にも張り巡らされているのだ。
 圧倒的に見事な結末とは言え、前半の出来事の大半は霧のかなたである。それで結局もう一度ページを戻して再確認することになる。まるでメビウスの輪の内側を歩いているうちに、いつの間にか外側に出てしまったような気分である。ただラストの「あれ」は何を意味するのだろうか。

評:蔵研人

デジャヴ4

製作:2006年 米国 上映時間:127分 監督:トニー・スコット 主演:デンゼル・ワシントン

 海兵隊員とその家族達が、続々とフェリーに乗りこんでくる。ミシシピー川でお祭りでもやるのであろうか。女の子がデッキの上から、人形を落としてしまう。可愛そうな人形は、海の中へ吸い込まれしまう。

 やがてフェリーは定刻に出発し、ブラスバンドの奏でる派手なマーチと、カーステレオから流れる古い音楽が重なり合う。そしてクレセント・シティ橋に近づいたとき、突然フェリーが大爆発する。この悲惨なテロ行為により、なんと543名の命が犠牲となってしまうのだった。
 長いオープニングである。その後、捜査員役のデンゼル・ワシントンが登場して、やっと本編が始まるのだから・・・。

 路面電車の走る街に、渋味がかった映像。音楽も効果的だし、ストーリー展開もスピーディーで小気味良い。サイコロジカルなサスペンスが似合いそうだが、実はテクノロジカルなSFだった。
 ストーリーが急展開し、「タイム・ウィンドウ」という、102時間前の過去を写し出す装置が出現する。まるでグーグルアースのように、地図上で場所を指定して、拡大し3D表示してゆく。さらにこのシステムでは、家の中の映像まで覗き見出来てしまうのだ。

 なにか現在の衛星監視システムを思わせるようであり、かなり気味が悪い。実際に我々も、衛星で私生活を覗かれているのだろうか。ただしこのシステムで覗くのは、過去の映像なのである。それがリアルタイムに、まるで現在の出来事の如く写し出されてゆく。
 ところでこれは一種のタイムトラべルであり、なかなか斬新で面白いアイデアではないか。思わずその後の展開に期待してしまったが、メモを過去に送るところから、どこにでもあるタイムマシンに成り下がってしまったのがやや残念だ。

 また可視範囲が限定していることと、ゴーグルの存在には全く説得力がない。たぶんアクションシーンにこだわり、ゴーグルを使ったカーチェイスシーンを挿入するための方便だったのだろう。このサーカスまがいのカーチェイスは、全く必然性がないばかりか、ストーリー全体のバランスを崩してしまった。
 またラストの展開は、思った通り再びあの長いオープニングシーンに繋がる。まさに最初のオープニングで、デジャヴを見たと言えるだろう。
 映画を観ている途中では、なぜラストで犯人がフエリーに戻ったのかが良く判らなかった。あの車を観て戻ったこと。逮捕されたとき、いやに落ち着いて「運命は変えられない」とほざいていたこと。
 もしかして、犯人も別のシステムを使って、未来から跳んできたのだろうか、あるいはデジャヴ能力を持つ超人だったのかもしれない。

評:蔵研人

なぎさの媚薬24

著者:重松清

 悲惨な女性の思い出を秘めて、渋谷の街を歩いていると、伝説の娼婦が現れ、セックスをしながら、男を過去に運ぶという。そして男に、不幸のどん底に沈んだ女を救わせるのだ。
 なんだかマンガのような話を、直木賞作家が大真面目に書き綴る。週刊ポスト誌に連載されたシリーズを、オムニバスにまとめた単行本の二冊目で、「哲也の青春」と「圭の青春」の2作が納められていた。

 どちらも似たような過激な性描写が多く、それが少しくどく感じられる。週刊ポスト誌の要求なのかもしれないが、もう少し控え目に描いたほうが、逆にもっと欲情すると思うのだが・・・。
 どちらかと言えば、僕には「圭の青春」のほうがお気に入りである。この作品では、義姉へのあこがれと郷愁が見事に融合し、心の琴線に熱いものが触れた思いがした。

 一方の「哲也の青春」は、ロックグループという馴染みの薄いテーマのためか、やゝ感情移入し辛かったね。
 ストーリー的には、どちらも良く練り込まれており、直木賞作家の力量をみた思いがする。こんな小説を読んでいると、僕も一人で夜の渋谷を歩いてみたくなってしまった。

評:蔵研人

二百年の子供4

著者:大江健三郎

 ノーべル賞作家「大江健三郎」が書いたとは思えない不思議なタッチの本である。恐らく彼がこのような小説を書くのは、最初で最後になるであろう。
 「二百年の子供」というタイトルは、120年前の過去と80年後の未来をタイムトラベルした3人兄弟の話だからなんだね。これはSFとかファンタジーというよりも、お伽ばなしというほうが似合っているかもしれない。

 三人でシイの木のウロに入って、手を繋いで同じことを念じると、その念じた時代にタイムリープするのだ。本当にタイムトラべルしているのか、はたまた同じ夢を観ているのかは最後まで謎のままである。
 ただ薬やナイフを置いてきたり、手紙や石笛を持ってきたり出来たのだから、夢ではないのだろう。しかし複数で同時に見るリアルな夢が、実はタイムトラベルなのかもしれない、というアイデアは仲々面白いよね。

 兄は知的障害者、兄思いの妹は感情の起伏が激しく、弟は機敏で老成している。とても個性のある兄弟達だが、三人三様で見事にジョイントするのだ。そして妹も弟も、兄のことを「真木さん」呼ぶのもユニークである。
 この小説は、2003年1月から10月まで、読売土曜朝刊に掲載されたジュブナイルである。これより9年前に大江氏は、ノーべル文学賞を受賞し、作家としての締めくくりを迎えたのであろうか。

 この作品では、子供と老人との関わりや、今という時間の大切さを優しく書き綴っている。少年少女向けと言いならがら、なかなか味のあるテーマと文章で紡ぎ込まれてあった。
 読み易いのであっという間に読了してしまう。まだ未読の方は、機会があれば是非読んでみて欲しいね。

評:蔵研人


10ミニッツ・アフター3



製作:2005年 米国 上映時間:87分 監督:デヴィッド・ヴァン・エッセン

 
 世界中の時間を、10分間だけ戻せる携帯用タイムマシンが完成。そしてマシンを奪った銀行強盗を追跡するドタバタSFである。低予算のB級映画だが、アイデア勝負の一発作品といったところか。
 ただタイムマシンを使うのが、序盤の銀行内と、ラストの飛行機内だけというのが大不満である。銀行以降はいつタイムマシンを使うのかと、引っ張りに引っ張り続けて、結局ラストに一回だけとはね・・・。

 これではインチキ見世物小屋に、騙されて入ったようなものである。中途半端なアクションはどうでもいいから、もっとB級に徹して、タイムマシンでいろいろいたずらして欲しかったんだが。
 この映画、なんだかこのラストシーンのためにだけあるような感じだ。これでは観客の心を掴めるはずはないよね。
 たまたま僕の好きなテーマで、アイデアが面白かったので、エコヒイキして★ひとつ大おまけである。もう少しストーリーを捻って、続編を創ってくれないかなあ。

評:蔵研人


時の行者 全三巻4

作者:横山光輝

 戦国時代末期から江戸時代中期にかけて、10年ごとに変らない風貌で現れる謎の少年。この少年は未来からのタイムトラベラーで、その目的はなかなか明かされないのだが、ラスト間近になってやっと明確にされる。
 少年は高熱線銃やバリヤー発生装置を身に着けているため刀や鉄砲などが通じず、昔の人々にはまるで超能力を駆使する行者に見えてしまう。ただ反撃を行う際には、一時的にバリアーを解除しなくてはならないし、長時間バリアーを張っていると窒息するという弱点がある。そのため二度不覚を取ってしまい、捕まって拷問にかけられてしまう。

 主な登場人物は、織田信長、豊臣秀吉、石田三成、後藤又兵衛、徳川家康、本多正純、徳川忠長、天草四郎、由井正雪、堀田正信、徳川吉宗、天英院、徳川吉通、大岡越前、紀伊国屋文左衛門、徳川宗春、徳川家重など錚々たる歴史上の人物が多い。また関ヶ原の戦い、大坂の役、宇都宮釣り天井事件、島原の乱、生類憐みの令、享保の改革、天一坊事件、宝暦の一揆などなど歴史上の重大事件を扱っているので、歴史入門書としても役に立つかもしれない。
 ただタイムトラベルものとしては、タイムパラドックスも発生せず、タイムトラベル手法についても今一つはっきりしないため、時間系のSFとしては少々物足りなさを感じてしまうだろう。まあ忍者を未来人に置き換えた『伊賀の影丸』だと思って読めば、かなりのめり込めるかもしれないね。

評:蔵研人

イエスのビデオ 3

著者:アンドレアス・エシュバッハ  翻訳:平井吉夫

 イスラエルの遺跡発掘で、2000年前の人骨と一緒にビデオカメラの取扱説明書が発見される。だがそれがソニー製のビデオカメラの取扱説明書だと明かしてくれるまでに、約60頁も退屈な前置きを読まされるのだ。
 出だしからこの調子だから、物語のテンポは甚だ良くない。何度か途中で投げようかと思ったが、そもそも翻訳モノは序盤の我慢が必要なのだ。そう自分に言い聞かせながら、とうとう上巻のラストに近づいてしまった。

 さすがにこの辺りになると、やっとボルテージが高まってくる。それにしても長いおあずけを食らったものだ。やっとストーリーに変化が現れて、暫くはむさぼるように読んだが、ビデオの存在はいまだ行方不明のままなのである。
 思いがけない場所で、やっとビデオを見つけ、それを確認するのが下巻の276頁あたり。しかしビデオに写された映像は、まだまだ観ることが出来ない。どうしてこれほどひっぱる必要があるのだろうか。

 やっとラスト近くになってビデオ映像が判明するのだが、ここはかなり感動するところである。そしてラストのドンデン返し。この終盤の構成は驚くほど巧みだ。この上下約800頁の長編小説は、まるでこのラスト前のわずか8頁のために存在しているといっても過言ではない。
 この小説を読むに当たっては、SFとかタイムトラべルを期待しないほうがよいだろう。むしろ冒険アドべンチャーとか、ミステリー好きの人にお勧めである。そしてまさに映画向きな作品といえよう。
 ・・・と考えていたのだが、なんと2003年に『サイン・オブ・ゴッド』というタイトルで映画化されているではないか。のちにこの映画をDVDで観たのだが、今一つの完成度であり「映画向けの作品」と吹聴してしまったことを後悔している今日この頃である。

評:蔵研人

バブルヘGO!!~タイムマシンはドラム式~4

製作:2006年 日本 上映時間:116分 監督:馬場康夫 主演:阿部寛

 1990年のバブル崩壊を阻止するため、洗濯機型のタイムマシンに乗って、17年前の東京にタイムスリップするというSFコメディー。
 バブル全盛期のディスコやワンレン・ボディコンなど懐かしい映像が楽しめるが、いささか極端な描き方をしている。ギャング達とのおマヌケなアクションには興ざめしたが、全搬的に楽しい映画だった。

 広末涼子の芸者姿は、いやに色ぽいね。もともと瓜ざね顔なので和服と日本髪が良く似合う。今後は時代劇に出演してみたらどうだろう。
 阿部寛のメイクは上出来で、17年間の顔と雰囲気の使い分けが見事だった。思わずバック・トウ・ザ・フューチャーの、父親役のメイクを思い出してしまった。邦画のメイク技術も進歩したものである。

 一番印象に残ったシーンは、ディスコシーンではなく、建造中のレインボーブリッジを見上げながらの、東京湾クルーズである。船内で踊り狂う若者達を尻目に、突然現代のステップで踊り出す広末涼子。それを見た若者達が一瞬ハッとして、全員踊るのを止めてしまうシーン。あの一瞬の空気感は何とも言えなかったね。
 タイムマシンものとしては、突込み所も多いが、バブル時代のファッションや芸能人達、街の風景や流行などなど、懐か楽しい雰囲気が盛り沢山である。余り深く考えずに、バブルに戻って楽しもうじゃないか。

評:蔵研人

君の名残を5

著者:浅倉卓弥

 本作はタイムスリップというSFアイテムを使った「歴史小説」であるが、このタイトルからは全くその内容を想像出来ないよね。また著者は10年間に亘って本作の構想を暖めていたという。そして本作を書きたいがために小説家になったらしい。だからこの作品を読んでいると、その確固たる情熱がヒシヒシと伝わってくる。

 著者の『平家物語』 に対する造詣の深さには、ただただ感心するばかりだが、ことに「木曽義仲」に対するラブコールは強烈である。まるで著者こそが「巴御前」の化身であるかの如く義仲にのめり込んでいた。
 この物語の舞台は、平家の衰退と源氏の台頭する時代にある。そしてその時代を確立させるために、なくてはならなかった三人の人物を、未来から呼び寄せるのだ。 

 タイムスリップさせるパワーの源は、『神』としか考えようがないが、この小説の中ではそれを『時』と呼ぶ。タイムスリップしてくるのは、白石友恵こと「巴御前」のほか、原口武蔵の「武蔵坊弁慶」、北村志郎の「北条義時」である。
 この三人はもとの世界では、仲の良い友人だったりと縁の深い関係なのだが、過去の世界では敵対する関係に転換してしまう皮肉な定めなのだ。そしてそれぞれが、異邦人でなければ成し得ない歴史上の役割を担うのである。

 巴御前は木曽義仲の妻として、彼に剣道の指導をしながら命がけで彼を守る。そして義仲ともども、平家を京都から追い払う。武蔵坊弁慶はやはり源義経に剣道の技術を授け、平家を壇の浦にて滅ぼす役割だ。
 つまりこの二人の活躍により平家が滅亡し、源頼朝が天下をとることが可能になるわけである。さらには朝廷に対する恐れを全く持たない北条義時こそが、「鎌倉幕府」という盤石の組織を作り上げてゆく。

 これは定められた歴史の一幕であり、何人もこの事実を揺るがすことは出来ない。だからこそ過去を知る友恵や武蔵ですら、結局はその大きな流れに逆らうことは不可能だったのである。
 それにしても流石に、満を持して書き込んだお話だけに、もの凄い迫力であった。ところどころに脚色が見えるものの、結局は全てが見事に歴史にリンクしてゆく。

 また著者自身が白状している通り、手塚治虫の『火の鳥』での死生感も併せて描き切っている。それはこのお話の狂言まわし「覚明法師」の容貌や、その不幸な生い立ちが猿田彦にそっくりなこと。平清盛の狂態や後白河法皇の悪役ぶりが、まさに火の鳥での描き方と同一であることでも判る。
 この長い小説を読み終って、なにかホットするような、心が解き放たれるような、不思議な充足感が得られた。SF好きな人にも、歴史好きな人にも、映画好きの人にも自信を持ってお薦め出来る。会心の一遍であることは間違いないだろう。

評:蔵研人

椿山課長の七日間5

製作:2006年 日本 上映時間:118分 監督:河野圭太 主演:西田敏行

 「いや~映画ってほんとにいいですね!」と思わず叫びたくなるほど超・面白い映画だった。ジャンルは珍しいファンタジックコメディといったところだろうか。
 デパートに勤務する椿山課長は、仕事中に突然死してしまう。だが天国に行く前に、初七日まで地上に戻ることを許される。そしてそこで、今まで知らなかったことが、次々と解明されてゆくのである。

 ところで彼が地上に戻ると、絶世の美女に変身していたのである。天国の使者曰く、全く正反対の姿に変身させたというのだ。この椿山課長にブクブクの西田敏行、変身後のスレンダーな美女に伊藤美咲とくれば納得、そして大笑い間違いなし。
 原作はここのところ映画づいてきた「浅田次郎」なのだが、因みに私はまだこの小説を読んでいない。
 さて、西田敏行と伊藤美咲という、美女と野獣のような組合せが、意外と良かったね。それに美女の伊藤美咲は、シリアスな役よりコミカルな役のほうが向いているようだ。

 また蓮子役の志田未来もなかなか可愛いい。彼女も死ぬ前は、少年だったのだが、蘇ると少女になってしまうのだ。
 施設で育った彼女(彼)は、実の父母に会いに行く。ここから先はネタバレになるので、詳しくは書かないでおこう。ただ例え姿形が変わっても、我子を見分ける母性愛に感動してしまった。
 あと椿山課長の同僚で、元カノジョの知子を演じた余貴美子が良い。彼女は目尻が下ったほのぼのフェイスで、私の好きなタイプの女性である。だから真実を知ったら、余計に切なくなってしまった。

 この作品のテーマは、生きているときは判らないことが沢山あるということだろうか・・・。人生には、知らないほうが良いこともある。だが椿山課長にとっては、真実を知って本当に良かったのではないかと思った。
 館内は笑いが絶えなかったが、時々すすり泣く声も聞こえた。またラストシーンも清々しく、こうした作品にありがちな後味の悪さは全くなかったね。久し振りに本当に映画らしい邦画にめぐり逢った気がしたものである。ただもうひと捻りがあると、100点満点だったのだが・・・。

評:蔵研人

神はサイコロを振らない4

著者:大下英司

 10年前に宮崎空港を飛び立ったまま消息不明になっていたYS-11機と乗客68人が、突然羽田空港に戻って来たからさあ大変!。
 実は10年前にマイクロブラックホールに吸い込まれ、10年の時空を超えて再び地上に降り立ったのだと言う。たちまちこの大ニュースは、世界中を激震することになってしまうのだった。

 ただこの事態を予測していた天才加藤教授によると、生還したYS-11機もろとも乗客全員が、3日後に再び消失してしまうというのだ。教授の理論が正しいのか、はたまた別の奇跡が起こるのか。
 『この胸いっぱいの愛を』と似たような展開だが、こららのほうが圧倒的にスケールが大きい。なにせ主な乗客・乗務員達の生還後のストーリーをパラレルに描いてゆくのだから・・・。

 著者の大下英司は、航空機に造詣が深く著書には戦記物が多い。だからメカニカルな説明も多く退屈な部分がある反面、説得力と迫真力が感じられる。
 タイトルの『神はサイコロを振らない』の由来は、アインシュタインが「偶然」を要素とする当時の量子力学を皮肉った言葉のようだ。
 日本の小説には珍しく、巻頭に登場人物の名前と特長が記されていたが、あとでそれがかなり役立つことになった。それだけ登場人物が多くて、名前とそのバックボーンを覚えることが大変なのである。
 またそれが、この作品の評価を分けることになるのだろう。スケールが大きくいろいろなサイドストーリーを楽しみたい人にはお薦めだが、心理描写や感情移入を楽しみたい人には、少し退屈で物足りないかもしれない。

 
 なお2006年に本作を原作とした連続TVドラマが放映されており、原作小説よりも評判が良いので、興味の湧いた方はDVDをレンタルしてみてはいかがであろうか。

評:蔵研人

恋はデジャ・ブ5

製作:1993年 米国 上映時間:101分 監督:ハロルド・ライミス

 私の「生涯べストシネマ」のうちの1本である。最近レンタルアップしたビデオテープを購入し、約20年振りに改めて鑑賞してみた。この作品を観るのはこれで4回目だが、飽きない、陳腐化しない、何度観てもワクワクして爽やかである。
 主演はビル・マーレイと私の憧れの君、「アンディ・マクダウェル」である。まあそれだけでも嬉しくなるのだが、ストーリーがとても面白いのだ。
 ビル・マーレイ扮する、イヤミで自己中な天気予報士フィルは、とある田舎町の聖燭節を取材に、アンディ・マクダウェル扮する美人プロデューサーのリタと同行する。

 ところが急に大雪になり、町から出られなくなってしまうのだ。そして翌朝ホテルで目覚めると、「昨日」に逆戻りしているではないか。しかもその状況が毎日毎日、エンドレスに繰り返されるのであった。
 フィルはこの退屈な繰り返しを、女性をくどいたり、悪ふざけをして楽しむことにした。やがてそれらに飽きた彼は、美人だが真面目でお堅い、リタを口説くことに専念する。
 彼女の好みを毎日調べあげて、手を変え品を変えアタックするのだが、あと一歩というところで巧くいかない。さてさて二人が、それからどうなるのかは、観てのお楽しみ!

 ・・・といった展開のラブコメであり、最後まで画面から目が離せなかった。
 ただ中盤、フィルが何度も生き返るシーンだけは、ちょっとしつこ過ぎるかな。一番のハイライトは、彼がけなげに何度もピアノレッスンに通って、パーティーで実力を発揮するシーンだね。
 本当にあれは良かった。最初は何故レッスンを受けているのか理解出来なかったが、後で「なるほどそんな遠大な計画だったのだ!」と感心しちゃったね。そして感動の余り、思わず涙ぐんでしまった。
 僕がアンディ・マクダウェルにメロメロになったのは、実はこの映画がきっかけなのである。

評:蔵研人

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